第1章:戦場を駆ける、白き閃光

「――システム、起動します」


 少女の声が、コクピット内で反響する。

 間もなくして、格納庫の様相がメインモニターに映し出され、甲高いジェネレータの鳴動が伝わってきた。



 だが、正面にある搬入口の隔壁は歪んでいる。

 その向こうから聞こえる爆発音と共に、また大きく形を変えた。


 ――急がないと!


 機体を動かそうとフットペダルを踏んでみるが、びくともしない。

 操縦桿のスロットルホイールを動かしても同様だ。


「ヒカリ、この機体は動くのか?!」


「今、OSの書き換えをしています……」

「なんで今やる必要があるんだ!?」


 思っていたより大きな声を出してしまったらしい、彼女は身体を大きく震わせながら作業を続ける。


「この機体は、ゲイツさん用に調整されています……」

「それでも動かせるだろ」

「――ダメなんです」


 彼女は手を止め、こちらに振り返る。

 あの真っ直ぐな瞳が僕を捉えていた。


「この機体は一部の制御を思考操作で行います。設定した脳波パターンが無いと動かせないんです」


 ――思考操作? 脳波? 何を言ってるんだ。

 わけのわからない言葉に苛立ってしまうが、手元の操作系が反応しない以上は動かせない。

 だから、彼女に任せるしかないだろう。



「ベーシックのOSがあるだろう、それをこっちの操縦システムに反映してくれ」

「――やってます」


 背中越しにも、彼女の焦りを感じる。

 ヒカリはパイロットだと名乗っていたが、彼女もゲイツ大尉の教え子ということになるのだろう。


 本来、ストライカーは1人乗りだ。

 復座型コクピットというのは聞いたことが無い。旧式の航空攻撃機のように操縦と火器管制を分けているのかもしれない。

 だが、そうなると後席である僕が『火器管制』ということになるのだろうか?



「ユーリさん、あなたの脳波パターンが登録されていないので姿勢制御ができません。わたしの蓄積データで制御を行いますが、すぐに空中戦はできないでしょう」


「――ベーシックのOSがあるって言ったじゃないか!」

「この機体には共用OSは使えないんです! もう少しで機体を動かせるようになるので待ってください!」

 ――とんでもない機体だ。


 普通、どんな機体でも最低限の動作や基本的な挙動を行えるようにするOSがある。

 多少の世代差があっても歩くことくらいはできるはずなのだ。


 だが、この最新鋭機には……それが無い。




 正面の景観に変化が現れた。


 歪んだゲートハッチが爆発と共に、吹き飛ぶ。

 閉じられていたはずの向こうから黒煙と炎が入り込んできた。



「――今すぐ使える武器は無いのか!? なんでもいい!」

「――胴体の機銃なら……」


「それをアクティブにしてくれ!」


 小さな電子音と共に、視界に新たな表示が現れる。

 視界の中心にガンレティクルが表示され、視界の下側にある小さなモニターには武装の名称が追加された。


「――7.62ミリ……?! こんなの対人兵装じゃないかッ!?」


 この機体は空軍仕様かと思っていたが、これでは陸戦仕様だ。

 今すぐにでもやってくる敵機に対して、こけおどしにしかならない。良くても、センサーや武装に傷を付けるのが関の山だ。


 ――無いより、マシか……!


 トリガーを引く。

 メインモニターの視界、その外側から光弾が飛び立つ。

 それは曳光弾だった、ダメージが与えられるものではない。



「スラスターだけでもいい、動かせないか!?」

「——今、動かせます」


 咄嗟に操縦桿のスロットルホイールを弾く。

 同時にフットペダルをスライドさせた。


 コクピットが大きく揺れ、機体を保持していたガントリードッグが崩れ去る。

 刹那、さっきまでの位置を火線が貫いた。吹き飛んだゲートの向こう、通路の奥からの攻撃だ。


 ——間一髪だな。


 機体が直立状態を保てず、ぐらぐらと揺れる。 

 それを操縦桿の姿勢入力でなんとか立て直す。


「腕の機関砲はさすがに実弾だな?!」


「そのはずです――姿勢制御を調整、20ミリがアクティブ!」

 ヒカリがそう叫ぶと、機体の揺れが収まる。

 視界に機体のステータス表示が追加され、ヘルメット内のサブモニターに2つの映像が流れる。


「——強行突破する!」


 両手に握る操縦桿、その照準操作用の小さなスティックを指で弾く。

 だらりと垂れ下がっていた腕が、正面に向けられた――


 トリガーを引くと、激しい発射炎の明滅が視界を灼き、回転銃身のモーター音がコクピットまで伝わって来る。


 そして、ヘルメット内のサブモニターに映っていたのは両腕の機関砲に搭載されたガンカメラの映像だった。

 機関砲弾が飛び込んでいく通路の奥で、微かに火花が散ったのが見えた。命中した手応えを感じる。

 

「――空中姿勢制御、クリア……航行可能です!」


 スラスター推力を制御するスロットルホイールをゆっくりと回し、出力を上げていく。

 やがて、足下が浮いた感触を掴んだ。


 ――まだ5%くらいしか回してないぞ、とんでもない推力比だ。

 通常の機体ならば、20%くらいの出力で機体が浮き始める。

 たった、5%のスロットルワークで浮いてしまうということは、この機体のスラスター推力が異常なまでの高出力だという証拠だった。



 機体が上昇、完全に離陸したのを確認。

 フットペダルを踏み込んで、スラスターの噴射方向を偏向。前進を開始。



 スロットルやペダルワークの浅い入力の段階で、平均的な機体の巡行速度並の数値が出ている。

 こんな機体で全力加速、激しい回避機動を行ったらどうなってしまうのだろうか。

 少なくとも、パイロットスーツを着ていない状態で試すわけにはいかない。



「――アクティブセンサー、起動」

 

 視界の中にレーダー画面のようなものが表示された。 

 どうやら、この機体は全方位への探知機能を備えているらしい。


 だが、この閉鎖空間では使い物にならないだろう。



 ゲートが塞いでいた通路へと向かう。

 狭く、薄暗い通路を通り抜け、施設内を移動する。



「無線やデータリンクは使えるか?」

「繋ぎます…………どうぞ」


『――こちらUNBCブリザード、エックスレイへ。聞こえる?』


 ――女性の声――艦長のミランダ中佐だ!

 コンソールを操作し、通信の設定を確認。応答する。


「こちらポーン6、現在ルクスに搭乗中。これから、脱出を試みる――」

『――なんですって、あなた一体……!?』


 狭い通路から一転、広い空間へと躍り出た。

  

 刹那、電子アラームが鳴り響く。

 センサー画面にはいくつかの光点が映り、ミサイルアラートの警告が表示される。


『――状況を報告しなさい』

「交戦中です――!」


 白煙を引きながら飛んでくる誘導弾頭、その群れを引き離すように急加速――

 強烈なGに全身が押し潰されそうになるのを、ただ耐えるしかない。

 

 敵機が発射したマイクロミサイルが柱のような構造体に着弾、回避成功。

 両腕の20ミリを構え、別々の敵機に向けて発砲――命中せず。



「敵機は……くそ、動き回るヤツだ」


「あの敵機は<スコーピオン>タイプです、見たところランチャーしか装備してません」

「ならば――」

 ――接近戦だ!


 接近すれば、搭載したミサイルの安全装置が作動して撃てなくなるはずだ。

 そこを狙えば、倒すのは容易い。


「――レーザーブレードを使ってください」

「レーザー……だって?」


 ステータス表示に、新しい項目が追加。

 兵装の内容に、レーザーブレードという武装が使用可能になったことが通知される。

 

 操縦桿のスイッチを弾き、兵装を変更。

 すると、バイザー越しに新しい照準が現れる――


 いくつかのモーションデータを元にした近接格闘照準、視界そのものを刻むように描かれた斜線。それがレーザーブレードを浴びせる太刀筋のイメージなのだろう。



 再び鳴るミサイルアラートを聞きながら、フットペダルを蹴り込む。 

 G、痛み、ブラックアウト、苦痛に苛まれながらも敵機へと肉迫する。


 視界いっぱいまで敵機へと接近、ガンシップのようなメカとすれ違う瞬間――トリガーを引く。



 刹那、白い閃光が視界を灼く。

 機体の左腕から放出された光刃が大気を焼き、敵機を切断していた。


 交差、背後で爆発が起きたのを外部センサーが確認。


 ——これは、凄まじい威力だ。


 いくら旧式の機動兵器といっても、レーザー兵器で撃破するには5秒近くの直接照射が必要なはずだ。

 それをたった、一瞬で破壊してしまう。そんな高出力な兵装があるとは想像もしなかった。


 本来なら、レーザー兵器は水上船舶や航空戦艦にしか装備できない。

 つまり、このルクスという機体はそれだけの出力を賄えるジェネレータを搭載していることになる。



「――敵機、正面です」


 ヒカリの声で、僕は我に返る。

 使用兵装を20ミリ機関砲に戻し、敵機に向けて発砲――命中せず。


 回避した敵機の横をすり抜け、そのまま奥の通路へと向かう。

 ここで時間を使ってはいられない。



『——今どこにいるの!?』


「プランB、ストライカーで搬出するルートに従って移動しています」

『……ということは、内部都市を通るつもりなの!?』


 この航空プラットフォームには、内部に商業都市が構築されている。

 予定ではこの都市区画へ移動し、外殻を開放。そこから外へ出て母艦と合流することになっていた。


 当然だが、施設外殻も閉じたままになっている。

 頭上が天窓のように透けていて、そこから陽の光が入り込んでいた。

 しかし、それは特殊合金製の天窓だ。戦艦の主砲でも使わないと破壊できない。



「――都市内に敵機がいます!」


 メインモニターの隅に、ヒカリが補足している敵機を表示したウィンドウが現れる。

 建造物や木立を盾に、こちらに武器を向けていた。


『現状では南側のゲートしか開けられない。なんとか突破して!』


 現在地が都市区画の真北。

 だから、待ち構える敵機を突破しなければ、解放される南ゲートまで辿り着けない。


「これでは……」


 民間人に被害が出るのは避けられない。

 敵を誘いだそうにも、高度が取れないプラットフォーム内ではどうしようもない。


 敵機の頭上を高速で駆け抜けたとしても、流れ弾が建造物に命中する可能性がある。

 しかし、敵機とまともにやりあえば、都市区画はめちゃくちゃになってしまう――




「ユーリさん、機体を目の前の丘に着陸させてください」

「――どうするつもりだ?」


 ――解決策があるっていうのか?


『――ヒカリ!? まさか、レールガンを使うつもりなの?』

「――はい」


 彼女が示した位置に降下、接地。

 すると、ステータス画面に新しい兵装が追加された。


「――88ミリ!? そんな大口径火器がどこに……!?」

 本来なら、狙撃用の長砲身バレルや専用のOSを搭載しなければならないような代物だ。

 だが、そんな大砲を搭載しているようには見えなかった。



「わたしが火器管制を行いますので、姿勢制御をお願いします」


 ヒカリがそう言うと、機体の左右の腰にあるパーツが前に伸び始めた。

 両サイドにあるそれは、どう見ても砲身のような形状をしている。

  

『そんなものを内部都市で使わないで!』

「――大丈夫です、威力は調節します……!」


 少なくとも、僕には状況を打破する手段は無い。

 彼女と、この機体に託すしかないようだ。



「――撃ちます!」


 甲高い発射音、駆け抜ける閃光、その弾筋を目で追うことはできなかった。

 そして、ビルの影に隠れていた敵機の武器を破壊したという結果だけが、そこにはあった。


「次――」


 まるで射撃の練習でもするかのように、レールガンが次々と発射される。

 砲身から解き放たれた88ミリ徹甲弾は、瞬きする間に敵機の武器や腕を破壊していった。


 姿勢制御を頼むと言われたわりには、反動も小さい。

 まるで現実味が無い。こんなものが、存在すること自体がとんでもないことだ。


 ――たしかにこれは……敵には渡せないな。


 おそらく、兵装だけでも既存のストライカーとは比べものにならない技術力が注ぎ込まれているはずだ。

 思考操作、脳波を読み取るシステムとやらも不可解だが、こんな機体の技術が量産機にも使われるようになったら……間違いなく、戦場は一変するだろう。



「――敵機の無力化を完了、突破してください」


「了解した」


 スロットルを解放、フットペダルを蹴り込んで加速。

 そのまま上昇し、都市上空を通過する。


 どうやら武器だけではなく、スラスターやブースターに損害を与えた機体もあるらしい。

 静止状態とはいえ、これだけの精度で攻撃できる兵装だとは思わなかった。

 これもヒカリの――この機体のシステムの性能ということなのだろうか。



 ビルや支柱の合間を通り抜け、都市区画の南端へと向かう。

 そして、音を立てて開いていくゲート。そこから垣間見えるのは、雲1つ無い青空と爆発、複雑に絡み合う筋雲ヴェイパー、黒煙、ミサイルスモーク、曳光弾の軌跡――戦場の空だ。




『UNBCブリザードCICより、エックスレイ』


 若い男性オペレーターの声と共に、データリンクが接続されたという通知がバイザーに現れる。

 視界の映っている簡易レーダー表示に敵味方識別情報が反映され、数多のアイコンが追加された。


 敵の数は圧倒的だ。それに対して、友軍機は数えるほどしかない。



『頼りになるのは君だけだ、友軍機を支援してくれ。当艦は近接防御しかできない』


 〈UNBCブリザード〉

 僕が乗艦していた航空母艦。

 特殊任務用のステルス強襲母艦で、搭載火器は自衛用程度にしか搭載していない。

 だから、ストライカー同士の空戦や対艦戦闘においては、ただの盾になること以外にやれることはないだろう。

 それでもいないよりはマシだ。



「――マイクロミサイルランチャー、アクティブ。誘導装置を起動します」


 ゲートから飛び出し、蒼空へと躍り出る。

 激しい空戦、その渦中でもこの白い機体は目立つはずだ。



「敵機を引きつける、派手にミサイルをばらまくんだ!」

「――いいえ、それはしません」


 機体の操縦権限はこちらにあるが、強力な兵装はヒカリが掌握している。

 両腕に搭載された機関砲だけで敵機とやりあうのは困難だ。


「敵の航空戦闘艦を叩きます」


 彼女の迷いの無い言葉に、僕は絶句した。

 たしかに、この空域で最も脅威度が高いのは航空戦艦だ。

 それを無力化できたら、戦況は僅かでも好転するはず――



「プランはあるのか?」


「敵艦の装備を破壊して、使用不可能にします」


 88ミリのレールガン、高出力レーザーブレード、そんな装備があるなら航空戦艦を撃墜するのは難しくないはずだ。

 しかし、彼女は『装備』を破壊すると言った。



 近付いてくる敵機に向けて機関砲を発射、牽制。

 時折、撃ち込まれるミサイルや砲撃を避けつつ、敵艦へと向かう。


「敵艦はイージスクラスです、ミサイルとレーザーに気を付ければ対処可能です」


「レールガンだな? 姿勢制御を――」




「――BIDを使います……!」


 ――BID? なんだそれは?


 聞いたことの無い単語、ストライカー関連でそのような略語も聞いたことは無い。

 機体のシルエットを映したステータス表示、その翼のようなバックパックに新しい通知が現れる。

 羽根のようなパーツ、それがハイライト表示された。



「これはどんな兵装なんだ?」

「――ユーリさんは敵艦を捉え続けてください」


 正面に見える巨影、巨大なブースターで空に浮かぶ要塞、航空戦艦。

 艦影を正面に捉えていると、機体から何かが飛び出した。


 先ほどまでハイライトされていた羽根のようなパーツが消えている。

 そして、飛んでいった何かが敵艦近くまで到達した――



「……これならっ!」


 敵艦で小さな爆発が連鎖的に発生、炎上。艦影が黒煙に包まれる。

 間もなくして、飛んでいったパーツが戻ってきた。

 その小さなパーツは自分の居るべき場所に戻るように、機体背後に回り込む。ステータス表示にも羽根のようなパーツが戻ってきた。



「これは一体……」


 正面に見据えたままの敵艦は、まだ轟沈していない。

 速度を落としてはいるが、健在のようだった。

 

「――くそ、どうなってるんだ?」


 ヒカリが使った兵装で無力化したのではなかったのか。

 実戦で運用していなかったから威力がわからなかった可能性もある。



「大丈夫です、あの艦の武装は全て破壊しました。無視して構いません」

「――武器を破壊したら、撃墜できるだろ。なぜ、やらないんだ?!」


 僕の問いに、彼女は応えない。

 その代わりに、新しい座標を指示される。


 敵艦は退避行動に入っている。敵機も火力支援を失って逃げ腰だ。

 彼女の判断は悪くない。だが、詰めが甘い。

 これでは、いつかは足を取られることになるだろう。




 ヒカリが指定した座標は我々の母艦、UNBCブリザード級の上空だった。

 戦況は好転しており、友軍は残党狩りを始めている。


 速度を落とし、母艦の後部ハッチ手前の位置を保つ。

 ゆっくりとハッチが開いていくのが見える。完全に解放されるまで待つしかない。



 全身が切り刻まれたように痛む。

 Gスーツを着用せず、回復用に医療用ナノマシンを体内に注入しなかったのが原因だろう。

 ストライカーパイロットはこれまでの航空兵器とはGの掛かり方が違う、何の装備も処置も受けていない人間が耐えられるほど、機動兵器は生易しい動きをしていない。



「――ユーリさん」


 突然、ヒカリが話し始める。

 体力の限界を感じつつも、僕は彼女の言葉に耳を傾けた。


「……人間同士はわかりあえるはずなんです。その機会を奪うわけにはいきません。それはどんな人にだって、平等に権利や時間があるはずです。だから――」


「だから、殺さない……のか?」


 なんとなくわかっていた。

 レールガンで狙撃した時、敵艦を無力化した時、確かに撃墜に至るまでの攻撃は実施されていない。

 思い返せば、僕がコントロールしているはずの20ミリ機関砲でさえ、微妙に照準が逸らされていた。レーザーブレードも同じく、狙い通りに攻撃出来てはいない。



「人はわかりあえるはずなんです。だから、人は……殺しません」


 ――誰も殺さずに、生き残る?


 ――そんなのは、絶対に無理だ。


 だが、この機体の性能なら……出来るかもしれない。

 圧倒的なスペック、一撃必殺の兵装、遠距離攻撃できる特殊兵装。

 これだけ手札が揃えば、青臭い正義を振りかざしても生き残れる確率が上がるかもしれない。


 彼女が口にした誰もが笑うような理想論を、僕は否定出来ない。

 ヒカリ・タカノはこの機体の正式なパイロットだ。おそらく10代、そんな若さで戦場に出る決断をしたのは、きっと並々ならぬ意思があるはずだ。



 本来なら、彼女を守るのはゲイツの役目だったに違いない。

 だが、彼の役割を引き継ぐとしたら――僕しかできないだろう。



 彼女を、ヒカリ・タカノを生還させる。

 そのために、僕は彼女のルールを受け入れるしかない。


 ルクスという機体は、ヒカリのために作られたのだろう。

 だから、彼女が掲げる『理想』のために、彼女を生還させる。

 敵を殺さず、母艦を護り、自分の身も守り通す――



 ――やれやれ、厄介な案件だ。





「――約束してくれ」


 ブリザード級の後部ハッチが完全に解放された。

 今にも途切れそうな意識をなんとか繋ぎ止めるために、僕はヒカリに告げる。





「誰も殺さないために、君が死ぬことは……絶対に容認できない」


 ゆっくりと艦内に進入。整備クルーが操作するキャッチネットに機体を突っ込ませる。


「――君が誰も殺さないと決めてるのは、どうでもいい」


 スロットルを緩め、入力を反転。制動を開始。



「でも、僕は自分と君の身を守るためには……君のルールを破る。だから、僕の操縦にちょっかいを出さないでくれ――」


 充分に速度が落ち、機体を受け止めるネットに無事収まった。

 間もなくして、機体の出力が低下していき、メインモニターが消える。



 薄れ行く意識の中、最後に見たのは――僕を睨んでいる少女の姿だった。

 



 


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