第1章:一筋のヒカリ 3

 銃撃を避けながら、僕らは格納庫のある区画までやってきた。

 あと少しで、目的の新型機が搬入されている場所に辿り着けるはずだ。


 先を急ごうとする僕を、ゲイツ大尉が止める。

 悠長にポーチから電子タバコを取り出していた。


「……大尉、搭乗前のニコチン摂取は判断力を鈍らせますよ」


「わかってるっての、お前は俺の女房かよ」


 通路の途中で、壁に背中を預ける大尉。

 電子タバコがチカチカと光り、大尉の口元から紫煙が溢れ出す。

 満足気に鼻から煙を吹き出すと、もう1本の電子タバコを取り出し、僕に向けてきた。


「お前も吸うか?」

「任務中ですから」


「昔は吸ってたってのに、愛嬌の無いヤツに育っちまったな」


 たしかに大尉の部下だった頃は吸っていた。

 その前から煙草を吸っていたし、当たり前だと思っていた。

 だが、ニコチンを摂取しないことの方がメリットがあることに気付いてからは、ほとんど吸っていない。


『――こちらポーン1、敵はあらかた片付いた。国連軍兵士が巡回しているらしい、そのまま格納庫までパイロットを送り届けろ』


「ポーン6、了解です」


 上官からの通信を終え、改めて周囲を見回す。

 通常の作業区画、その通路だ。


 さっきまでの居住区画とは違い、この辺りには汗と油の匂いが漂っていた。

 すぐ近くに整備士のロッカールームでもあるのだろうか。


 大尉の煙草休憩が終わったので、前進を再開。

 通路は広いわけでもなく、遮蔽物も無い。銃撃されればひとたまりもないだろう。


 僕は大尉から離れず、足早に進む。

 後に続く大尉は、どこか楽しそうな表情をしていた。


「なぁ、ユーリよ」


「なんでしょうか?」


 僕は足を止めずに大尉の方を向く。

 一方、大尉は僕の拳銃を弄んでいた。手の中でガンスピンさせ、ゆっくりと歩いている。


「それにしても、なんで戦闘員なんだ? パイロット業はどうした?」


「まず、拳銃で遊ぶのやめてもらってもいいですか?」


 先に安全装置を掛けていたから大丈夫だろうが、大尉が銃の扱いに慣れているとは思えない。

 この人はずっとパイロット一筋だった、銃撃戦なんて経験したことも無いだろう。



「――ったく、俺の弟子だぞ? なんで歩兵に甘んじてンだ?」


 僕と大尉はストライカーの空戦技の基礎を作り上げた。

 前にいた民間軍事会社の任務によってエースパイロットになり、大尉はそのまま各国軍に出向いて戦技を披露して回った。

 一方、僕はそれに付いていくことは許されなかった。


 僕は、元テロリストの戦闘員。

 それ故に、どこにいても、どんなに功績を残しても、信用されることは無い。


 だから、捕虜になった僕を受け入れて、一流のパイロットにして、1人の人間として扱ってくれた。

 そんなゲイツ大尉には、いくら感謝の言葉を並べても足りないだろう。


「……わかってるでしょう」


「お前はスペシャルだ、専用機があれば誰もがお前を認めるだろ」

「――その専用機が無いから、僕はこうして自動小銃を手にしてるんですよ」


 僕は普通のパイロットではない。

 実力を発揮するためには、僕が独自にチューンしたオペレーション・システムOSと機体の最適化を行わなければならないからだ。


 シミュレータはもちろん、通常の機体を数時間で調整するのは不可能だ。

 元テロリストだった男に専用の機体を与えたがる組織なんてあるはずがない。


 ゲイツ大尉がいたから、認めてくれたから、僕は戦えたのだ。


「まったく、お前はクソ真面目だよな。たまには正攻法以外にも手を出せよ」


「それをしたら、首が飛ぶだけじゃすみませんからね」

「――ホント、空戦であんなにエグい戦い方するってのに、これだよ」


 大尉が肩を竦めているのを見て、僕は視線を正面に戻す。

 格納庫が近付いているせいか、ロッカールームや倉庫のドアが増えてきた。


 通路にコンテナや荷物が置かれ、死角が増え始める。

 襲撃しやすいロケーション、追い込むのにちょうど良い空間だ。



「――なあ、この拳銃はどうやって撃つんだ? トリガーがめちゃくちゃ硬いんだが」


「安全装置が掛かってますし、不用意に発砲しようとしないでくださいよ……」

「いやぁ、予行練習しとこうと思って」


 ――相変わらず、とんでもない人だ……


 足を止め、振り返った瞬間。

 通路の奥から、人影が現れる。


 その装備や様相は国連軍の巡回兵だ。

 だが、その兵士には違和感があった――


「――大尉、伏せて」

 僕は咄嗟に自動小銃を構える。

 だが、それより早く銃声が通路に鳴り響く。


 近くに積まれた資材ケースを遮蔽物にしながら、襲ってきた兵士を撃つ。


 発砲、発射炎――床に転がる空薬莢。

 

 物陰から顔を出した兵士は、目出し帽バラクラバを着けていた。

 国連軍の一般部隊では、顔を露出するのが基本になっている。

 旧式の装備を使い続けている国連軍では、個人の特定が難しくなっているのも理由だ。


 こうやって、入れ替わられることを防ぐために――



 物陰に隠れた敵に向けて数回発砲、制圧射撃。

 敵が頭を引っ込めたのを見計らい、僕は大尉へと駆け寄る。


「お怪我は?」


「――大丈夫、まだッ!?」

 不意に、大尉が僕を突き飛ばす。

 そして、拳銃を手にした大尉が行く先の方に向けて構えていた。


 その方向にはドアがあって、そこから自動小銃を手にした男が現れた。

 銃口は僕ではなく、大尉に向けられている。

 ――ゲイツ大尉がやられる!


 咄嗟に身を捻るようにして自動小銃を向け、トリガーを引く。

 3つの銃声が重なり、空薬莢が床を跳ねていく。

 

 近くのドア、第41倉庫と書かれたドアから飛び出してきた作業服の男が倒れ、血溜まりを作る。

 わずかに痙攣しているが、的確に急所を撃ち抜いているはずだ。



「……大尉?」


 視界の端に見えるのは、僕が手渡した拳銃。

 さっきまで大尉がいた所を見ると、飛び散った血が床や壁を汚している。


 そして、ゲイツ大尉は青ざめた顔で膝を着いていた。

 手で押さえていた脇腹や太股からは鮮血が滴っている……


「ゲイツ大尉!」


 後方に向けて牽制射撃をしつつ、拳銃を拾い、大尉に肩を貸す。

 このままでは格納庫まで辿り着けない――



 敵が出てきた倉庫のドアを開け、そこに身を隠す。


 中は薄暗い物置のようだ。

 埃、作業油、鉄、ひんやりとした室温が、その部屋の全てだった。



 全身から冷や汗が吹き出てくる。

 パニックになりそうな頭を、なんとか回転させて、装備の中から応急処置キットを取り出す。

「――しっかりしてくれ、ゲイツ」



 さっきまで笑っていた男が、青白い顔をしている。

 この部屋が薄暗いからではなく、複数箇所を被弾したからだ。


 止血パッドを負傷箇所に押し当て、止血を試みる――

 だが、負傷箇所をよく見ると、弾丸は貫通していないようだった。


 ――これはまずい。


 すぐにでも医療設備や外科手術が出来る人間のいる所に連れて行かなければならないだろう。

 だが、敵はこうしている間にも集まってきているかもしれない。



「……なあ、ユーリよ。俺の頼みを聞いてくれるか?」


「――喋らないでください、今から医療用ナノマシンを注入しますから――」

 ナノマシンリキッドを注射すれば、少なくとも失血とショック状態は防げる。


 無針注射器にアンプルを装填し、ゲイツ大尉の首筋にあてがおうとすると、彼の右手が僕の腕を掴んでいた。


「それは、お前が使え……」

「――何を言って……」


 ゲイツ大尉は抱えていたヘルメットを、手に取った。



「俺の知る限り、この世界で俺の次に最高だと思えるのは――」


 掴んだヘルメットを、ゲイツ大尉は僕に押し付ける。

 通常とは異なる規格の形状の、真っ黒のパイロットヘルメット――



「……お前だよ、ユーリ。アレに乗るのは、お前こそが相応しい」


「アレ? アレってなんですか」


 痛みに耐えながらも、大尉は答えを口にする――




「最新世代型ストライカー、〈OHS-X1〉……ルクスだ」


 聞き覚えのない名称、型番。

 それは大尉が関わっていた機体なのだろう。



「それはあなたが――」

「――俺は足手まといだ、お前だけなら突破できるだろ」


 たしかに、ゲイツ大尉の言うとおりだ。

 敵がどこまで侵入しているかわからない以上、ここで助けを待っているわけにはいかない。最新鋭機の確保が最優先になるだろう。

 ストライカー部隊からの報告が無い。空域に展開していた部隊は全滅した可能性が高い。


 ――だけど、大尉を見捨てるわけには……


 任務と私情、どちらを優先するべきかはわかりきっている。

 だが、ゲイツ・クリューガという男が成し遂げた功績はとても大きい。


 元来、ストライカーという兵器は『数』で優位を得るという、ただの量産兵器でしかなかった。

 そこには戦略はあっても、戦術など無い。

 ただ、撃ち合い、殺し合い、頭数が多い方が勝つ――あまりにも単純で、くだらない。無駄な犠牲とコストを産み出すだけでしかなかった。


 僕とゲイツ大尉は、そこに戦技を作り出した。

 より強い者が生き残り、量ではなく質を求めるべきだと、本来あるべき戦場――兵器としての本質を取り戻すことが出来た。



 だから、ゲイツ大尉はこれからも……もっと多くの強いパイロットを育てていくことができる。

 それが、彼の役割で、彼の使命なのだと思っていた。



 その強いパイロットたちが抑止力となり、多くの弱い人々を守る。

 銃を手に取る必要のない人を増やさないために、僕も、ゲイツ大尉も、尽力している。


 ここで彼を死なせてしまえば、その理想の実現が遠のいてしまうことだろう。

  

「――行けッ、彼女が……待ってる」


「彼女?! 何を言ってるんですか!?」



 僕の疑問に答えず、大尉は瞼を閉じてしまった。

 出血量は酷い、ナノマシンアンプルを注射しても3時間しか持たせられないだろう。

 その間に仲間が駆けつけてくれるという望みは薄い。



 手にしたままの無針注射器を、大尉の首筋に打ち込む。

 空気の漏れる音の後、アンプルの中身である液化ナノマシンが注入された。


 ――ゲイツ、戦いが終わるまで持ってくれ。



 彼を物陰まで引き摺り、棚の影に隠す。


 拳銃と自動小銃に新しい弾倉を差し込み、装備品に含まれている閃光手榴弾を手に取った。


 大尉が託してくれたヘルメットを被る。

 通常のヘルメットよりも、視野が狭い。スリットのような狭さのバイザー越しに周囲を見回す。


 不安要素は多いが、やるしかない。

 大尉は自分よりも、最新鋭機を守ることを選んだ。彼の決断を尊重し、戦い抜くしかない。



 閃光手榴弾の安全ピンを引き抜き、微かに開けたドアから廊下へと放る。

 間もなくして、大きな破裂音が鳴り響く。



 ドアを開け放ち、僕は廊下へと飛び出す。

 そこには閃光と音によって、怯んだ兵士達がいた。


 彼らが銃を構えるより先に、自動小銃で撃つ。

 待ち構えていた4人の頭を撃ち抜き、僕は格納庫へ向かう。



 この区画には、ストライカーを置ける規模の格納庫は1カ所しかない。

 

 通路を走っていると、後ろから追手が近付いているのがわかった。

 構っている暇は無い。いちいち全員と撃ち合っていたら時間も弾薬も、いくらあっても足りなくなってしまう。


 手持ちの手榴弾や施設設備を使って、なんとか凌ぐ。

 

 そして、狭い通路から解放され――大型の格納庫へと辿り着く。



 そこに佇む、1機の人型兵器。

 既存のストライカーとは異質の造形、真っ白なカラーリング。

 仰々しい翼のようなパーツを背負い、両腕には大口径の機関砲が装備されていた。



 ――なんだ、これは……!?


 こんな代物、とてもじゃないが一個人が運用できるようなものではない。

 


 視界の端で、人影が動いた。

 格納庫の上層、キャットウォークに大型のランチャーを抱えた男がいる。


 そのランチャーを構え、白いストライカーに向けていた。



 ――やらせるか!


 片膝を着いて、射撃姿勢を取る。

 大きく深呼吸してから息を止め――トリガーを引く。


 短い銃声と発射炎、排莢口から飛び出した空薬莢が床に落ちるのと同時に、キャットウォークにいた男が倒れる。



 自分が元来た通路のゲートを閉め、ロックした。

 

 そして、白い機体を囲っているガントリードックを駆け上がり、そのコクピットへと辿り付く。



 胴体から飛び出たコクピットブロック。

 僕は自動小銃を投げ捨て、そこに入り込もうと座席を覗き込んだ――












「――お待ちしていました」


 僕はどきりとした。

 白い機体のコクピットはストライカーには珍しい、復座であること。


 その前席に、女の子が座っていたこと――




「……あなたは、誰ですか?」



「僕は――」


 不意に、大尉の言葉が脳裏に蘇る。




『彼女が……待ってる』



 

 意識を失う直前に口にした、『彼女』というのは……この、目の前にいる少女なのだろうか。


 機体と同じ真っ白なパイロットスーツ、まるで宇宙飛行士のような大きいヘルメットを被っている。

 その中に収まっている少女は、とてもじゃないがパイロットとは思えない。


「僕は、ゲイツ大尉の……代理だ」


「ゲイツさんに何かあったんですか?」



 彼女の表情が強張る。

 だが、まだ確定していない彼の死を告げるわけにもいかない。


 それは、それだけは許容できない。



 すぐ近くで爆発音、その衝撃が格納庫全体を揺らす。

 咄嗟に後部座席に滑り込み、コクピットシートに収まった。


 しかし、目の前に広がるコンソールやスイッチの配置は既存のコクピットとは大きく異なっている。

 これでは、操縦するのは難しそうだ。



「――このままだとまずい、機体を動かせるか!?」


 僕がそう言うのと同時に、彼女はいくつかのスイッチを弾く。

 シャーシ音がして、コクピットブロックが機体内部へと収納され始めた。





「わたしは、ヒカリ――」


 シートに収まっていた少女が腰を上げ、こちらに振り向いた。

 10代、本来なら学生だろう。彼女はヘルメットのバイザーを上げ、改めて僕に告げる。



「わたしは〈ヒカリ・タカノ〉、この機体のパイロットです」



 彼女が僕に向けた視線は真っ直ぐで、純粋で――


「僕はユーリ、ゲイツ大尉から……この機体を、君を……託された」


 ――儚げだ。




 暗転したコクピットの中、僕はヘルメットの電源を入れる。

 すると、本来ならあるはずのない、ヘルメット内のサブモニターが映り始めた。


 スリットのように狭いバイザーには、普通のヘルメットにもある投影機能が働き、ステータス情報が流れていく。

 そして、視界の大半を占める小さなモニターには機体のステータスやデータリンク、レーダーといったコンソールで確認するような情報が並んでいる。


 

 ――やるしかないのか。


 薄暗いコクピットの中でシートベルトを探し、装着。

 フットペダルと操縦桿の感触を確認。


 操縦桿に付いているスロットルホイールと、照準スティックの硬さを確かめながら、僕は深呼吸した。



 彼女が、ヒカリという少女が何者なのかはわからない。

 だが、それは僕には関係無い。


 ゲイツ・クリューガという戦友、師である男から――運命を託された。


 だから、僕は行く。


 生き残る――

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