第1章:一筋のヒカリ 2

 振動、機械音。


 真っ暗だった視界に、光が差し込んでくる。



『――エックスレイ4より〈ポーン〉へ、空域はクリアだ』

「了解、我々は移動を開始する」


『――了解した、テストパイロットの方は任せたぜ』


「お前らパイロットは母艦をきっちり守ってくれよな」



 音を立てて機密扉が開いた。

 その先に見える作業用通路区画、薄暗い廊下へと自動小銃を構える。



「……先導する」


「おいおいユーリ、この仕事はそんなにカリカリする仕事じゃないぜ。国連軍の基地の中で銃撃戦をおっぱじめようなんてクソッタレがいるもんか」


 すぐ隣にいる同僚が暢気に欠伸をする。

 彼を無視し、エレベーターから降りた。

 

 周辺の安全を確認しながら、通路区画を進む。

 


「今日も〈ストライカー〉に乗れなかったから拗ねてんのさ」

「――マジかよ。ユーリ、お前ってパイロットやれたの? ルークに模擬戦で負けたって聞いたけど?」


 同僚達がけらけらと僕を笑う。

 部隊長であり、司令官であるミランダ・バーンズ中佐には何度も指摘してきたことだ。


 僕は元々、ストライカーのパイロットとして採用されたはずだった。

 だが、僕の経歴キャリアでは……パイロットとしては認められないらしい。


 言われなくてもわかっている。

 僕の経歴は信用に値しない。どんな人物の口添えがあったとしても、僕は要注意人物としてマークされ続けるだろう。



「あれだろ、ルークとの模擬戦って――」

「一昨日のブリーフィングの後でもあったやつだろ、シミュレータで模擬戦やって派手に負けたっていう」


 ――たしかにその通りだ。


 僕に不利な条件での勝負だった。

 もちろん、それだけじゃない。僕が本領を発揮するには実機でないといけないのだ。

 その準備も出来ているし、機体を与えてもらえればいつでも出撃できる。


 僕専用の機体が無い――それが、敗因だった。



「なぁユーリ、いい加減にしようぜ。ルークもフューリーもお前にはうんざりしてるってさ」

「そうそう、パイロット専用のトレーニングブースやシミュレーターにまで乗り込んでくるのをなんとかしてくれって何回頼まれたことか」


 ――中佐に契約内容を見直してもらわないとな……


 元々歩兵のようなことをしていたから、戦闘員の役割でも食ってはいける。

 しかし、パイロットの方が決定権もあるし、指揮系統が混乱しても生きていける。

 だから、パイロットを志望したのだが……



 通路区画を通り過ぎ、機密区画――つまりは護衛対象のいるエリアに入った。


 薄暗い廊下から一転、眩しい照明の光が目に刺さる。

 おまけに廊下や壁がつるつるで、反射して目が痛い。


 目を細めながらも、隊の先導を続行。

 地図は頭の中に入っている。何も問題は無い。


 ここは『スレイプニール・アームズ社』のスポンサー企業、〈タカノ・インダストリアル〉が所有する機密区画だ。

 本来なら、研究員やテストパイロットしか立ち入ることができないのだが、僕らはその裏口を使うことになっていた。


 そして、次の区画を進めば――パイロットが待つ、居住区画のはずだ。


 

 カードリーダーにIDを通し、機密扉を開ける。

 すると、エントランスフロアに出た。ここまで来れば、ホテルの受付を通り過ぎたようなものだ。

 あとは、情報通りにテストパイロットの個室へと向かうだけとなる。


 周囲を見回すと、自分達以外にも銃を持っている者達がいる。

 多くは国連軍の標準的な普及装備、戦闘行動服とボディアーマーと自動小銃。

 タカノ・インダストリアルの警備員もいるが、数は多くない。



「何度来ても、ここの豪華さは目に優しくないな」


「ホログラム映像ばっかりでまいっちまうぜ」


 同僚の愚痴を聞き流しつつ、周囲を探る。

 視線、仕草、歩き方、手の動き、細かな違和感があれば――それは襲撃の兆候となる。


 警戒しながらも、僕たちはエレベーターに乗り込んだ。

 警備員からの視線を感じつつ、先を進む。


 我々は武装したまま訪れることが多い。

 だから、向こうも慣れているはずだ。


 ――気が立っているな。


 相変わらず愚痴ばかりの同僚と違って、警備員や巡回している兵士の表情は固い。

 もしかしたら、既に敵の侵入を許しているのかもしれない。

 その証拠や予兆が見つかった可能性がある。


 だが、それをこちらに共有する余裕も猶予も無い。

 一刻も早く、パイロットの安全を確保しなければ――――



 ガラス張りのエレベーターに乗り込み、上層フロアへと移動する。

 さっきのエントランスフロアを上から見ても、警備や巡回の人員が多い気がした。

 この緊張感が暴発する可能性だってある。

 そうなれば、敵の思い通りの展開になることだろう。


 エレベーターが止まり、目的の階の廊下へ出る。

 タカノ・インダストリアル社の特別寮、そのVIPルームだけがある階だ。

 

 事前情報通りなら、この階の1番奥にテストパイロットが待っていることになっている。



「自分がパイロットを護衛します」


「任せたぜユーリ、オレ達はその辺をぶらぶらしてるからな」


 暢気にスナックバーを取り出して頬張る同僚や上官に背を向け、僕は目的の部屋へと歩く。


 そして、その部屋の前に辿り付く。

 周囲を警戒し、ドアや廊下に何か仕掛けられていないかを確認。

 同時に、全ての武器の安全装置を解除――発砲可能な状態へ移行。


「隊長、警備室へ無線連絡をお願いします」



『――監視カメラか? 確認の必要は無いだろ』

 耳に付けたヘッドギアから、指揮官の声が聞こえる。

 間もなくして通信にノイズが入り、指揮官と警備責任者とのやりとりが交わされた。


 特に問題は無し。

 端的に確認事項の言及が終わり、周辺の安全が確保された。


 僕は自分のIDカードを部屋のドアに当てる。

 すると、電子音がしてドアのロックが解除された。


 音も無く、ドアがスライドして開く。

 そこから見える部屋は、ビジネスホテルの一室とそう変わらない。

 ただ、仰々しい通信用端末とモニターだけが異質だった。


 僕は自動小銃を構えながら、部屋に飛び込む。

 本当なら2人1組が原則だが、仕方無い。


 死角に注意しながら、個室内を制圧――


 

 部屋には1人の男がいた。

 パイロットスーツを身に付け、無精ひげを生やし、ヘルメットを脇に抱えながら、ベッドの上で寝そべっていた。


 視線と同じように銃口を部屋中に振り回し、安全を確認。

 自動小銃の構えを解き、目の前の男に向き直る。




「――待ってたぜ、ユーリ」


 聞き覚えのある声に、僕は思わず飛び上がりそうになった。


 かれこれ、何年聞いていなかったのだろう。

 僕に傭兵としての生き方を教えてくれて、父親であり、師であり、僕のキャリアのスタートをくれた恩人――その声を、僕は忘れることはなかった。



「――中尉、お久しぶりです」


「大尉だ」


 僕の恩師――ゲイツ・クリューガ。

 彼はいつも通りの自信に満ちた笑みを見せてくる。

 僕も、それに返すように笑顔を向けた。


「コンバットオペレーターも似合ってるな」


「元々、こっちが本業でしたからね」

「そうだった、忘れてたよ」


 わざとらしく笑いながら、ゲイツ大尉がベッドから起き上がる。


「さぁ、行こうかユーリ」


 彼がヘルメットを手に、そのまま部屋から出て行こうとするので、行く手を遮るようにして足を止める。


「大尉、僕の後ろに」


「……悪かったって、もうガキじゃないもんな。俺のケツをてちてち追っかけてた頃とは違うか」

 苦笑いしながら、ゲイツ大尉が後退る。



「こちらポーン6、〈卵の黄身〉を確保。これより護送を開始する――」


『――了解した。安全を最優先せよ、国連軍兵士の死体が発見されている。襲撃に備えろ』


『了解だ、今からエントランスの安全を確保する――』



 通信を終えて、廊下に出て行こうとすると、後ろで笑い声がした。

「ユーリ、誰が<卵の黄身>だって?」


「あなたですよ、大尉」


 何が面白かったのかわからないが、ゲイツ大尉はにやけた表情のまま付いてくる。

 交戦に備え、全方位を警戒しながら先を進む。




「なぁ、白身の方は何なんだ?」


「それは僕の担当じゃないからわかりません、博士のことじゃないでしょうか?」


 ブリーフィングでは、特に説明は無かった。

 僕たちはテストパイロットを確保したら、そのまま元来た道を戻る予定だった。

 新型機はストライカー隊が対応し、搬出するという流れだったはずだ――



「博士はここにいないはずだろ、確かイースト・エリアのアキツ州の研究所にいるっていう話じゃなかったか?」


「必要最低限しか聞かされていないので――」


「――ったく、そういう融通の利かないところが――――」

 大尉が僕の悪口を言い切ろうとすると、建物が大きく揺れた。

 その振動と共に、施設内の警報が鳴り出す。

 耳障りな電子サイレンと共に、緊急事態を告げる電子音声が流れた。



『――こちら基地司令、当基地は攻撃を受けている! 繰り返す、攻撃を受けている!』


『――エックスレイ2より各部隊へ、敵性ストライカーと航空戦闘艦が接近中』


『敵が発射した巡航ミサイルが施設に命中した! 損害状況を確認しろ!』


『くそ、外壁に大穴が空いてるぞ』





「どうなってる」


 さっきまでのにやけ顔が消え失せ、大尉はプロの傭兵の顔をしていた。

 僕はホルスターに差していた拳銃をゲイツ大尉に手渡す。


「敵と交戦中のようです、今のが先制攻撃」

「――まずいな、格納庫区画に行くぞ」


「――しかし!」


 ゲイツ大尉は僕より先に歩き出す。

 それに遅れて、大尉に付いていく。


「この基地はまともな装備がない。テロリスト連中からしたら、良いカモだ」


 そう言いながら、大尉はエレベーターを呼び出そうとボタンを押す――

 その瞬間、視界の端で光が瞬く。


 大尉に覆い被さるようにして、エレベーターのドアから遠ざけた。

 すると、ガラス張りのエレベーターは銃声と共に粉々に砕ける。

 床を這うようにして銃弾から逃れ、大尉を遮蔽物へと引き込む。



「こちらポーン6、銃撃を受けている! 至急対応求む――」


『――そっちもか! こっちもドンパチ中だ。なんとかしろ!』

 物陰から眼下のエントランスを確認すると、あちこちで発砲炎が瞬く。

 オブジェやテーブルが倒れ、遅れて出てきた警備員達がライオットシールドを構えていた。


 敵は複数のグループで、組織的な攻撃を仕掛けている。

 ここから同僚達を援護しようとも考えたが、身を乗り出した所を狙い撃ちされてしまうだろう。


 僕が動けなくなれば、大尉は護れない。

 ゲイツ大尉はパイロットではあるが、戦闘員としての経験は全くない。

 射撃訓練だけこなしても、銃撃戦では生き残れないのだ。




「――行きますよ、大尉!」


「頼むぜ、ユーリ」


 物陰から撃ち込まれた方向に自動小銃で撃ち返す。

 咄嗟にゲイツ大尉を走らせ、僕もそれに続く。


 敵の反撃を受けつつも、僕らは非常階段のある区画へ駆け出す。


 

 僕はゲイツ大尉に拾われた頃から、彼の背中を追ってきた。

 彼の2番機、相棒として――弟子として――彼を守り続けてきた。


 こうして、今もまた彼の背中を追っている。

 

 ――この業界は想像以上に狭いな……


 そう遠くない銃声を聞きながら、僕は笑ってしまっていた。

 

 

 

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