第1章:一筋のヒカリ 1
空気の漏れる音と共に、スライドドアが開く。
そこは俺に与えられた個室、またはオフィスだ。
激しい空戦機動で疲れ切った身体を、今すぐにでもベッドに投げ出したい欲に抗いながら、俺はデスクに座った。
手にしていたヘルメットをデスクの脇に置き、通信端末を稼働させる。
間もなくして、目の前にある大型モニターに映像が流れ出す。
そこに映ったのは、巨乳の金髪美女――俺の上官になる予定の女だ。
『――訓練、お疲れ様です。ゲイツ・クリューガ大尉』
「ミランダ・バーンズ中佐、呼び捨てで構わんと言ったはずだぞ」
わざとらしい咳払いをしてから、彼女は――ミランダ中佐は話を始める。
『当艦〈UNBCブリザード〉はそちらの国連軍管轄の空中プラットフォームに向かっています。状況はどうですか?』
彼女の背後にブリッジの光景が見える。
ブリザードという艦は、空中強襲艦の中でも最新鋭のモデルだ。艦長席が後ろではなく、中央にある。
だから、彼女の背後には艦長席のシートと、その後ろにある通信士の席が見えていた。
「こっちか? 相変わらず、極東は蒸し暑くてかなわん。おまけにタカノ博士はサディストだぜ、こんな歳の俺に空戦機動をさせやがる……俺の本職はインストラクターなんだがな」
ミランダ中佐が鼻で笑う。
やたらとプライドが強いのは知っている、元
かつて、一緒に戦ったこともある。
頭もキレるし、度胸も良い。ベッドの上で抱きたくはないが、傍目から眺めるには充分に良い女なのは間違いない。
『大尉は歴戦のストライカーパイロットでしょう? 空戦機動くらい大したことないんじゃないですか?』
「あのなぁ、あの機体は……って、要件はそれじゃないんだろ?」
やっと、真面目に話を進める気になったらしい。
映像越しにヒリついた空気を肌で感じる。
『――数日前、国連軍の情報調査部から連絡が入りました』
ミランダ中佐が険しい表情をする。
間を置いてから、彼女は続きを話し始めた。
『そちらの――国連軍空中プラットフォームベース〈E01〉にテロリストが部隊を差し向けるという情報を確認しました、狙いはおそらく――』
「……〈OHS-X1〉か」
『――情報部では、そう断言しています』
俺と中佐が所属している民間軍事会社『スレイプニール・アームズ社』は国連軍の指揮下で軍事作戦を行っている。
また、スポンサーの兵器メーカーのテストパイロットもしているわけだが、今回はその新型機が狙われているらしい。
『あと2日でそちらに到着します、大尉は機体とパイロットの調整を進めてください』
「それで、テロリストっていうのはどこのどいつだ?」
ストライカーという機動兵器のカテゴリが誕生してからは、武装集団による暴動や破壊活動は激化していく一方だ。
ローコストで空中戦も出来て、地上でもそこそこ動ける。
おまけに搭載火器も大口径で、高性能な自動化オペレーションシステムで操縦もそこまで難しくない。
そんなストライカーは世界各国の軍に普及していった。
同時に、武器を持たない者達までもが『ストライカーもどき』を手に入れてしまうほどの状況になっている。
もはや、旅客機のハイジャックは中からではなく、外からの方が簡単だ。
警官のケツから拳銃を盗むよりも、基地に駐機しているストライカーを奪う方が簡単らしい。
『……
彼女の顔が一層険しくなる。
その理由も明白だ。
〈国境なき戦士達〉
通称、BWと呼ばれている武装集団――あるいはテログループは、今や世界中を標的にした大規模な組織だ。
渡り鳥がインフルエンザを持ち込むように、彼らは世界中に戦火で満たそうとしている。
彼らには特定の拠点が無く、国連軍はもちろん、
「まずいなぁ、ここはイースト・エリアとの軍事境界線に設けられてて、装備も少ない。外も内側も、攻撃に耐えられそうにないぞ」
〈
俺達にとって、敵に近い存在だ。
国連軍は
AMUはUSMからの支配を逃れるために設立された軍事連合であり、極東のイースト・エリアと呼ばれている島国はAMUの味方だ。
公的には中立を謳ってはいるが、合衆国との関係は悪化していくばかりに見える。
そんなホットな場所にある、この〈E01〉という基地は戦略上はただの補給基地ということになっていた。
だから、機動兵器を含めた基地防衛の装備は必要最低限。
おまけに民間企業の出入りも多く、プラットフォーム内にある都市構造体には多くの民間人が住んでいる。
既にBWの工作員は潜入したと考えた方がいいだろう。
完成間近の最新鋭機は敵味方問わず、誰だって喉から手が出るほど欲しいに決まっている。
例え、それが自分達の手に余る代物だったとしても――だ。
『――大尉、事態は急を要します。今からお送りするファイルが今回のプランです』
端末がデータを受信。
暗号化処理を解き、データを展開すると地図情報や図面を合成した3Dマッピングが画面に現れる。
そこには新型機や俺自身を受け入れるための手順、緊急時の対応等が書かれたものだ。
「これは骨が折れそうなプランだ……それで、俺の護衛にはどんなヤツが来る予定なんだ?」
俺の言葉に、ミランダ中佐は怪訝な表情を見せた。
渋々、彼女は追加のデータを送信してくる。
隊員の名簿情報が端末の画面に登場した。
『戦闘員はこちらで選抜した隊員を用意してます、実戦経験も充分です。信頼できる人選だと思っていますが……』
「中佐、この〈ユーリ〉ってヤツはファミリーネームが無いみたいだが……女か?」
『――いいえ、大尉。20代男性ですが?』
――そうか、お前もこっちに来たのか……
端末に表示されたヤツの名前を眺める。
俺が戦場で拾い、一人前のパイロットに仕上げ、共にエースパイロットの代表格まで上り詰めた。かつての弟子――
「――楽しみだ」
『……大尉?』
思わず、笑みが止まらなくなる。
そんな俺を見て、ミランダ中佐は不機嫌になり始めた。
『――パイロットの方はどうですか?』
「まだ仕上がっちゃいない、何度か実機に乗せてはいるが実戦に耐えられるほどじゃない。俺が付いていないと編隊も組めないくらいだ」
『――わかりました。では、機体とパイロットの保護を優先します』
「そうしてくれ、当日の俺は忙しい。護衛を部屋まで回してくれると助かる」
『――では、数日後にお会いしましょう』
「ああ、じゃあな」
そう言って、俺は端末の電源を落とす。
薄暗くなった部屋で、俺はかつての弟子の顔を思い出そうとした。
前に所属していた民間軍事会社、そこの戦闘員達が捕虜にした少年兵。その中にヤツは……ユーリはいた。
いかにも東洋人、ゲイにウケの良さそうなナヨナヨしたガキだった。
だが、クソ根性とクソ真面目な性格を腐らずに持っていた。
だからこそ、俺はユーリを引き取り、一人前のストライカーパイロットに育てることができた。
逆を言えば、俺はユーリのおかげで生き残り、今のようにストライカーパイロットの戦術の基礎を構築することができたのだ。
このインストラクターのキャリアも、間違いなくヤツのおかげだ。
彼と別れてから、10年近く経つ。
まだ、彼に礼を言っていない。
俺のことを知らされているかはわからないが、きっと顔を合わせれば……ヤツも驚いてくれるだろう。
我が子同然に扱いたヤツを――成長したユーリの姿を、俺は早く見たい。
――待ってるぜ、ユーリ。
目を閉じると、ヤツのクソ真面目なセリフが聞こえてきそうな気がして、笑いが込み上げてくる。
デスクから立ち上がることが出来ず、俺はそのまま重たい瞼を降ろした。
この静かな時間がいつまで続くかわからない。
だからこそ、今この静寂を満喫しておこうと思った――
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