Valkyries Forces

柏沢蒼海

序章:黄昏の空に舞う、最後の翼

『――こちら空軍司令本部より、ガルーダ隊へ』


 無線から女性士官の声が流れた。

 その声に、飛行隊隊長が応じる。


『ガルーダ1より、HQ』


『――国防海軍の水上哨戒艦が所属不明の輸送タンカーと接触、援護を要請しています』


 彼らのコクピットにデータが転送される。

 位置、座標、友軍の識別情報がコンソールのモニターに追加された。



『了解、これより友軍の支援に向かう』



 極東の地、その領海内。

 その空に6つの機影が空を駆ける。


 それは、強襲可変戦闘機レイダー

 人型歩行兵器や有脚戦車といった機動兵器が作られていく中で生まれた、異端の航空兵器。

 長距離を航行し、敵性航空機を撃墜して制空権を確保。その後に人型兵器として地上に降下、地上の友軍を直接支援するという運用を想定して開発された。


 その性能と汎用性は、あらゆる機動兵器を戦場から駆逐していった。

 『陸軍不要論』という既存の陸戦型機動兵器の運用を撤廃する議論になる騒ぎが起きるほどに高性能な兵器だった。

 各国軍でも空軍を主体に再編成をせざるを得ない事態に陥っていた。


 だが、その王者の座もいつかは奪われることになる――



 先頭の1番機の動きに従い、編隊は進路を変えた。


『――隊長、交戦規定はいかがします?』

 若い女パイロットが興奮気味に質問し、部隊長は冷静に応える。 


『どうしたレナ、そんなに撃ちまくりたいか?』

『――そんなところです』


『少佐、交戦規定は大切ですよ?』


 別のパイロットに諭され、部隊長は大きな溜息を吐く。

 そして、投げやりに応える。


『――撃ってきたら、撃ち返せ。向こうがぶっ放してくるまでお預けだ』


『――そんな、それじゃいつもと同じですよ』

『――レナ・アーハン少尉、少しは自重しなさい。任務中ですよ』

 男性パイロットから注意を受け、若いパイロットは口をつぐむ。


 そうしている間に、友軍の船舶と大型タンカーが見えてくる。



『こちらガルーダ1、海軍哨戒艦〈ハザード4〉へ。状況を報告せよ』


 部隊長が無線に問いを投げる。

 すると、すぐに応答があった。


『こちらハザードよりガルーダ、対象に対してあらゆるチャンネルを通じて接触を試みているが、反応は無い。これより、威嚇射撃を実行する――』




『いや、我々が対応する。ハザード4とハザード8はタンカーの両舷を抑えてくれ』


『――了解した』



 部隊長の指示で、水上艦が動き始める。

 強襲可変戦闘機は編隊を組んだままタンカーの上空を通り過ぎようとしていた。



『――どうするので?』


『見てわからないかケント、あれは偽装タンカーだ。あのコンテナには〈ストライカー〉がみっちり詰まっている』


 戦闘態勢に移行するために、強襲可変戦闘機は編隊の間隔を広げていく。

 そして、部隊長は命令を下す。



『2番機から5番機は変形して降下、タンカーを上から抑えろ』

『『『――了解』』』



『――あたしはどうすれば……』

『6番機は私と来い、ハエ叩きをやるぞ』


『――了解!』



 強襲可変戦闘機がそのシルエットを変える。

 翼を折り、折り曲げていた腕や脚を伸ばす。

 

 その手に武器を持った機動兵器が、背中から青白い炎を噴射しながら降下していく。

 タンカーの行く手を阻むように、人型になった強襲可変戦闘機たちがタンカーの艦橋に武器を向ける――



『——聞こえるか、こちらはイースト・エリア国防空ぐ――』


 外部スピーカーで呼びかけている最中、タンカーから光弾が放たれる。

 タンカーの正面にいたガルーダ隊2番機の右腕が吹き飛び、姿勢が大きく揺らぐ。


 そして、タンカーのあちこちから火線が走る。

 まさしく、対空砲火のように空へと発射される弾幕。強襲可変戦闘機たちはタンカーから距離を取り、交戦状態へと移行した。



『——ガルーダ2、被弾しました……』



『了解だ、ケント。真っ向からの撃ち合いは任せたぞ――』


『——り、了解!』


 タンカーの甲板では、積み上げられていたコンテナが突然崩れ出した。

 小さな爆発、煙、それがタンカーのあちこちで起きている。



『見えるか、レナ』

『——はい、ばっちり見えてます!』


 部隊長の1番機、隊の中で1機だけ『赤く』塗られた6番機がタンカーの上空を通過する。

 コンテナの山から突き出た銃口が2機を狙う——が、銃弾は掠りもしない。




『——ガルーダ1より各機、証拠の写真はバッチリ撮った。もう撃ってもいいぞ』



『——了解です。ガルーダ3、交戦!』


『ガルーダ4、交戦!』


 人型形態になっている機体がタンカーの甲板へ重火器を発砲し始める。


 すると、コンテナの中から何かが飛び出す。

 それは、人型だった。


 強襲可変戦闘機のエンジンノズルから出す炎と同じく、青白い噴射炎を引いて、空を飛んでいた。




『——隊長、AIS-S2〈ストライカーⅡ〉です』

『武器はカービンだな? ミサイルで撃墜しろ、時間を掛けるな』


『——ガルーダ6、FOX2』

 紅の6番機が主翼にぶら下げたミサイルを発射する。 

 ジェットが大気を裂く。ミサイルスモークを空に残しながら飛んでいき、タンカーの上空で爆発を咲かせた。



『いいぞ、撃墜だ』


『——次の獲物はどこですか?』


 低空で戦闘しているグループの射撃で、タンカーの甲板は穴だらけになっていた。

 ほとんどのコンテナが風穴だらけで、艦橋も吹き飛んでしまっている。


 射撃が止み、海と空を沈黙が支配する。

 哨戒艦はタンカーに取り付き、船内を制圧するために戦闘員を送り込んでいた。



『……終わった、んですかね?』



『気を抜くなよケント、まだ船倉が残ってる』

 部隊長がそう言った矢先、穴だらけのコンテナから這い出すように鋼鉄の腕が伸びてくる。


 人型の強襲可変戦闘機たちが武器を構えるより先に、空中へと飛び出した。

 同時に、背中に背負っていたランチャーからミサイルを撒き散らす。


『――こ、この距離では……ッ!』



『――レナ、援護しろ』

『――了解です』


 鋭角に急旋回、部隊長の機体が敵機へと肉迫。

 敵機は正対。手にした武器を向ける頃には、その懐に飛び込んでいた。


 刹那の交差、爆発――


 部隊長は、すれ違い様に機関砲の一撃を浴びせていた。

 被弾し、ふらついている敵機に紅の機体がトドメを刺す。



『――こちらタンカー内部、ほぼ全域の制圧が完了。艦内のサブブリッジから制御を掌握した』



『――こちら本部よりガルーダ、後続部隊が向かっている。哨戒任務に復帰せよ』


『ガルーダ、了解』


 人型になっていた強襲可変戦闘機が、再び航空機へと変形。

 そして、高度を上げていく。


 編隊を組み直し、陽の沈みかけた空に翼を並べる。



『――それにしても、酷くやられたもんだ』


 部隊長が見回すと、自分と赤い6番機以外は被弾していた。

 副隊長である2番機は機体の後部から煙を噴いている。


『――す、すみません……』


『帰ったら訓練だ、覚悟しておけ』

 無線に隊員達の溜息が漏れる。 


 だが、1人だけは違った。

 赤い機体が突然編隊位置から飛び出し、部隊長のすぐ後ろへと移動する。



『――今日の晩ご飯はなんでしょう?』

 赤い機体のパイロットが無線に問う。

 その問いに、部隊長は渋々応えた。


『……牛丼と豚汁だ、レッドジンジャーはトングで2回分だけだぞ』


『――わかってますッ! ライゼス少佐!』

 彼女の声に、隊員達は思わず笑い出す。

 それを部隊長は咎めることはない。


 今日もまた、極東の地を守り抜き、所属している基地へと帰る。

 そうやって、彼らは――世界最後の戦闘機パイロット達は戦い続ける。


 

 空に居場所が無くなろうと、彼らの戦いが終わるわけではない。


 そして、この周辺の機動兵器パイロット達は『戦闘機乗り』をこう呼ぶのだ。



 蒼い死神、と―――― 

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