第33話 命を懸けた一撃
「ゼウスは、過去に遡って攻撃そのものを無かったことにする」
正一は、目の前で繰り広げられたゼウスの過去改変の力を冷静に分析しながら語る。
その声には論理的な冷静さが感じられたが、内心の焦りが完全に隠しきれてはいなかった。
「だが、その力は雷という攻撃手段に限定され、そしてそれには予備動作が必要だ」
正一の視線はゼウスの手元に向けられ、そこから生まれる雷のエネルギーを鋭く見据えた。
だがその口調の裏に隠された焦りは、雷鳴と共に襲い来る圧倒的な威圧感に由来していた。
ゼウスの存在そのものが、彼らの理性を試す試練のように立ちはだかっていた。
その間にも、ゼウスの雷霆は無数の白い線を伴って空間を裂き、四人の達人たちに襲いかかる。
空間を貫く白い線は、未来の雷撃の予兆。
その一本一本が死を意味する。
鉄貴が跳躍して避けると、背後の壁が瞬時に粉砕され、周囲に電光の余波が走る。
「つまり、雷を受け流しつつ同時に攻撃を加えるか、過去に遡る雷の予備動作を防ぎ続ければ、ゼウスは自分の負ったダメージを無かったことにできないはずです」
正一の言葉は確信に満ちていたが、その表情にはわずかな緊張が浮かんでいた。
分析によって勝機を見出したとはいえ、目の前に立ちはだかるゼウスは、神の名に相応しい恐怖そのものだった。
ゼウスは正一の言葉を聞いているのかいないのか、微動だにせず冷然と佇んでいた。
だがその黄金の瞳は、すでに彼らの全行動を見通しているかのような確信を帯びている。
そして、ゼウスがわずかに指を動かすだけで、次々と白い線が空間を裂き、新たな雷撃が床を抉り、壁を崩壊させた。
「つまり、誰かが盾役になって未来から来る雷を受け流してやるか、連続攻撃で過去に雷を撃てないようにすりゃ良いんだな?」
権が叫びながら白い線を避ける。
その動きには確かな技術があるものの、冷や汗が額を伝って滴る。
雷撃の衝撃で崩れた瓦礫が宙を舞い、床全体が微かに震える。
その場の空気は焦げた臭いと緊張感で満ちていた。
「正一の意見に私も賛成だ、どちらの方策を取るにせよ、私たちの連携が鍵となるだろう。」
深明は、一瞬たりともゼウスから目を離さずに語る。
その表情には冷静さが宿っているが、その背後に秘められた闘志はなお一層燃え上がっていた。
雷霆の一撃が再び迫る中、深明は即座に動き、その軌道を紙一重でかわした。
雷撃が地面に激突し、轟音と共に大地が砕け散る。
「権、それから正一、お前らが攻撃役になれ!一番危険な盾役は、俺と深明が受け持つ!どちらの方策を取るかは流れ次第だ!!」
鉄貴が鋭い声で指示を飛ばす。
ゼウスの雷撃は止むことなく続き、その威力は瞬間的に四人を押し潰しそうな圧力を生み出していた。
「ふん……その程度か?」
ゼウスが低く、しかし響き渡る声で呟いた。その声音には冷淡な嘲笑が滲み出ている。
その瞬間、彼の指先が微かに動くと、幾筋もの白い線が一斉に四人を取り囲むように描かれた。
線が放つ無音の威圧感に、正一たちの背筋が一瞬凍り付く。
「人間ごときが、この雷霆神ゼウスを止めるなど、思い上がりも甚だしい……」
ゼウスの言葉が空間を支配する中、四人はすでに次の動きを開始していた。
深明と鉄貴が前に出て、権と正一の進路を切り拓く。
雷霆が襲いかかる中、盾役の二人は全身を駆使して雷撃の威力を受け流し、突破口を作ろうとする。
「行け、今しかない!」
深明の声が雷鳴に掻き消されながらも届いた瞬間、権と正一がゼウスに向かって駆け出した。
その動きには一切の躊躇がなく、死地を突破しようとする覚悟に満ちていた。
同時に撃ち放つ「浸透勁」。
だが、その動作を遮るかのように、ゼウスの指先がわずかに動き、白い線が空間を切り裂いた。
その線が放つ無言の圧力は、攻撃をやめるよう相手に強いるかのようだった。
「権ちゃん!」
正一が鋭く叫ぶ。白い線の意味――それが未来からの雷撃の予兆であることを、正一は知っている。
だが、その言葉にも関わらず、権は動きを止めなかった。
「やめろ、権!」
正一は即座に駆け寄り、権の前に立つと、迫り来る雷霆の軌跡を自らの全身で受け流した。
凄まじい衝撃音と共に床が砕け、無数の亀裂が広がる。
雷撃の余波が正一の体を揺らし、焼けるような痛みが全身を走る。
だが、雷撃は止まらない。
正一が庇いきれない方向から、新たな雷霆が権を襲う。
空間そのものが焼き尽くされるような光と音が響き渡る中、権はそれを受け止める覚悟を決めていた。
「権!やめろ!」
正一の叫びを無視して、権は全身に雷撃を浴びながらも「浸透勁」を放った。
その拳がゼウスの胸元に突き刺さる刹那、彼の言葉が戦場に響いた。
「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ……そう言ったのは、鉄貴師匠、アンタだ!」
全身を焦がす雷撃を浴びながらも、権の目には確固たる決意が宿っていた。
ゼウスの金色の瞳が一瞬、わずかに動く。
「3番目の策だ、最初から相討ちなら、ダメージを無効化できねぇはず!」
拳は確かにゼウスの身体を捉えた。空間を揺るがす衝撃音が響き、ゼウスの威風堂々たる姿に一瞬の揺らぎが生じる。
その攻撃により、ゼウスの体にわずかな亀裂が走るようなダメージが刻まれた。
だが、その代償はあまりにも大きかった。
「命を賭けて我が過去改変を破りに来たか!
確かにその拳、我が身に届いたぞ」
ゼウスは静かに語る。
その言葉には冷徹な威厳と、わずかな賞賛が含まれていた。
「これも同じく、二千年振りの快挙だ!
だが、その代償は高くついたようだな」
ゼウスは、一歩後ろに下がると、権の姿を冷ややかに見下ろした。
雷撃をまともに受けた権の身体は、ボロボロになり、焼け焦げた痕が全身を覆っている。
床や壁に無数の亀裂が走り、その中心に権は膝をつきながらも、目だけはゼウスを睨みつけていた。
「たかが人間の拳、これだけか」
ゼウスの口元に浮かぶ薄い笑み。
その笑みには、痛みのかけらすらなく、むしろ圧倒的な余裕が満ちていた。
彼は片手で胸当てを軽く叩く。傷跡らしい傷跡はほとんどなく、かすかな凹みが残るだけ。
「よくやった、だがそれだけだ」
ゼウスが低く、静かに言い放つ。
その声には、威厳だけでなく冷酷な嘲笑が含まれていた。
指先が再び微かに動くと、空間を焼く白い線が再び現れる。
その線が走るたびに空気が震え、すべての策が無意味に思える圧倒的な力が場を支配する。
「だが、その覚悟だけは称賛しよう!お前たちに、絶望を与えるに足る努力だ」
白い線が走るたび、壁や床に新たな亀裂が生まれ、空間そのものが悲鳴を上げているようだった。
その場を一瞬の静寂が包んだ後、激しい怒声が響き渡る。
「バカ野郎!そんな無茶を教えた覚えはねぇぞ!!」
鉄貴の叱責が場を震わせるように響く。
権の身体を見て言葉には怒りが滲むものの、その目には心配が隠しきれていなかった。
彼は権の前に立ち、雷撃の軌跡を受け流すように構えると、正一と深明がそれに続き陣形を整える。
ゼウスの雷霆を受け流す彼らの動きは、人間の技術の極限を見せつけるかのようだった。
「軽いダメージと引き換えに、お前という達人を失ったら、それだけで痛手だろうが!」
鉄貴の言葉は冷徹な戦術論に聞こえたが、その表情には仲間を想う感情が滲んでいた。
深明も一歩前に進み、冷静な声で語りかける。
「親代わりとしては、鉄貴先生のように叱りたいが……武術家としては、よくやったと褒め称えてやりたい、 これでゼウスが無敵の神ではないという事実が証明された。」
その声には、弟子の成長を誇るような静かな喜びが込められていたが、その奥底には隠せない不安が見え隠れしていた。
「権ちゃん!」
正一が怒りを露わにしながら鋭く叫ぶ。
「次バカなことやったら、地獄まで追いかけてでもぶん投げるからね!!」
正一の怒声に権は一瞬驚いたように目を見開くが、次の瞬間にはその怒りの中に宿る深い心配を感じ取った。
「……それはそれとして、作戦を立て直そう」
正一はすぐに表情を切り替え、冷静さを取り戻して周囲を見渡す。参謀として、状況を整理し次の一手を考え始めていた。
「なんだよその言い回し、俺が地獄に行くのは確定みたいに聞こえるぜ?」
権は口元に薄い笑みを浮かべながら、震える膝に力を込め、ゆっくりと立ち上がる。
焼け焦げた道着、体中に刻まれた傷跡。それでも彼は笑ってみせる。
ゼウスの雷霆に焼かれ、彼の力に押し潰されそうになりながらも、なお立ち上がるその姿。
それはただの人間では到底ありえない頑強さ――『ゼウスの器』としての片鱗を見せていた。
ゼウスがその光景を無言で見つめる。
彼の金色の瞳が、一瞬だけ興味を示すかのように細められる。
「面白い!だが、お前たちの命を賭けた戦いが、果たしてどこまで続くかな?」
彼の声には、余裕と嘲笑が混ざり合い、圧倒的な神の威厳が込められていた。
ゼウスの周囲に漂う雷の気配がさらに濃くなり、まるで空間そのものが彼の力に屈服しているようだった。
(続く)
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