第34話 ケラウノス

「1点目、通常攻撃、過去改変のどちらであっても、雷撃の予備動作を封じること」


 山中深明の低く抑えた声が、緊張感を纏った空気を切り裂いた。

 彼の目は鋭く、戦局を冷静に見極めているようだった。


「2点目、雷撃を受け流しながら隙を作り、攻撃を加えること」


 四人の達人たちは、ゼウスの目が届かない瓦礫の陰に身を潜め、短い時間で作戦を練り直していた。

 ゼウスが放つ雷撃は、すでに周囲の大地を抉り、そこら中に焼け焦げた破片を撒き散らしている。

 その音は遠雷にも似て、四人の耳に常に危険を告げていた。


「ゼウスに確実にダメージを蓄積させるには、この二つを同時に満たす必要がある、とお前は考える訳だな?」


 深明の声には、微かな疑念と期待が入り混じっていた。


「その通りです、鉄貴先生」


 正一は冷静に頷きながら、戦況を見据えて口を開いた。

 その表情には、未熟ながらも確固たる覚悟が宿っていた。


「そして作戦の変更点は3つです」


 正一が周囲を見回しながら続ける。

 その声に、瓦礫に隠れる仲間たちの注意が集中した。


「1つ目、盾役も攻撃を仕掛けてゼウスの注意を引き付けること」

「2つ目、僕がサブアタッカーとして遠距離から権ちゃんの攻撃を支援すること」

「そして最後に、権ちゃんがゼウスが『過去改変』を使わざるを得ないタイミングで、一撃必殺の威力を持つ『浸透勁』を叩き込むこと」


 正一の説明が進む中、ゼウスの放つ雷撃が白い閃光となり、遠くの壁を再び粉々に砕いた。

 その破壊音が轟き渡るたびに、チリと土煙が舞い上がる。


 瓦礫の隙間からわずかに見えるゼウスは、まるで雷そのものの化身だった。

 全身を覆う稲光が鎧のように輝き、その眼差しは冷たく、圧倒的な威厳を放っている。

 彼が一歩動くだけで大地が震え、その威圧感に四人全員が呼吸を一瞬だけ乱す。


「――作戦の要点も3つ」


 正一が一際強い声で言い切った。

 その声には仲間たちへの信頼と、自らの決意が込められていた。


「1つ目は連続攻撃でゼウスに余裕を奪うこと」

「2つ目は多方向からの攻撃を仕掛け、奴に防御を絞らせないこと」

「そして3つ目、攻撃のリズムを崩してゼウスの判断を狂わせること」


 正一の言葉は、砕けた壁面に雷が直撃する音にかき消されそうになる。

 それでも、その声は確かに三人の耳に届き、仲間たちの目が力強く応えた。


「――全員の作戦理解確認後に、散開してください!」


 深明が鋭い目を正一に向け、黒鉄鉄貴が拳を握り直す。 権は静かに息を吸い込み、肩の力を抜いた。

 全員が短く力強く頷くと、彼らは一瞬のためらいもなく各々の持ち場へと散開した。


「ほう…まだ戦う気があるか」


 遠くから届いたゼウスの低く響く声は、まるで天空から落ちてくる雷鳴そのものだった。

 彼は四人の動きを見下ろしながら、悠然と手を広げた。その瞬間、空気中のエネルギーが集束し、彼の全身を取り巻く稲光が一段と輝きを増す。


「ならば、さらなる試練を与えてやろう」


 ゼウスは天を指差すと、数本の雷光が四方へと一斉に走った。

 それはまるで彼自身の怒りを象徴するかのように大地を焼き付け、四人の進路を塞ごうとする。


 深明は瓦礫の山を滑るように飛び越え、ゼウスの攻撃を紙一重で避けながら、周囲の地形を利用した奇襲の位置取りを始める。

 一方、鉄貴はゼウスの正面から豪胆に突進し、その動きを牽制するように拳を振り上げた。


「この程度か、雷神よ!」


 鉄貴の声が、地面に響き渡る。

 まるで大地そのものが震えるかのように、その言葉には全てを貫くような力が込められていた。


 彼の突き出した拳は、見かけほど遅くはなかった。

 だが、ゼウスはまるで雷霆を具現化したかのような反応速度でそれを捉え、片手で空間を引き裂くような感覚で回避した。

 その動きはまさに神の速さで、鉄貴の拳が通過する瞬間、冷徹な瞳が僅かに輝いた。


「――速いな」


 ゼウスの声は低く、冷たく響く。それは単なる評価ではなく、戦闘の始まりを告げる予兆のようだった。


 その隙に、正一は鋭い眼差しで一瞬の判断を下すと、投擲物を手から放った。


「鋭い」


 その矢のような投擲物は、ゼウスが無意識に防御を張った箇所を的確に狙い、飛んでいく。

 だが、ゼウスはまるでそれを予見していたかのように、目にも留まらぬ速さで左腕を振るい、投擲物を手甲で受け止めた。

 その瞬間、鋼の音が響き渡り、周囲の空気が弾けるように揺れた。


 だがその反応には、ほんのわずかな隙間が生じた。その隙間を逃すまいと、権が影のように素早く動く。


「これが…俺の番だ!」


 権の目に宿るのは、ただ一つの意志――ゼウスの心臓を貫くこと。


 権は地面を蹴り、ゼウスの背後に回るために一気に接近する。

 その速度は、人間離れしており、神の目を欺くほどだった。だがゼウスの耳には、微かな足音が届いていた。


「――無駄だ」


 ゼウスは完全に権の動きを見切った。

 その刹那、権の全身が強烈な雷光に包まれ、振り向きざまに攻撃を放つ瞬間が訪れた。

 だが、その瞬間、深明が瓦礫を蹴飛ばし、素早くゼウスの視界を一瞬だけ遮った。

 それこそが、権にとっての生死を分ける僅かな隙間だった。


 その隙間に、権はすでに突進していた。


「チェストー!」


 権の渾身の「浸透勁」が、ゼウスの硬質な鎧の胴部を突き破り、まるで神の鎧そのものが裂けるかのような衝撃音を発した。


 衝撃波が鎧の厚さを無視し、ゼウス本体に甚大なダメージを与えた。

 その一撃が放たれた瞬間、ゼウスの姿勢が崩れ、彼の目に一瞬の迷いが見えた。 

 それはかつて見たことがない弱点だった。


「今だ、畳み掛けろ!」


 正一の指示が飛び、鉄貴と深明がその隙を逃さず、さらに追撃を加える。


 鉄貴の拳がゼウスの懐に迫り、再び雷撃のような速さで放たれる。

 だが、ゼウスはその攻撃を目にも留まらぬ速さで回避しながらも、すでに体力が削られていた。


 深明も、前後左右を巧みに使ってゼウスの隙間を突こうとする。 

 その動きには、完璧に計算された位置取りが感じられた。


 ゼウスは全てを受け止め、回避しながらもその攻撃のリズムに囚われている。

 その瞬間、過去改変の力がまたも発動されるのを恐れた。だが――


 その攻撃は、過去改変で防ぐことができないほどのダメージをゼウスに与えていた。


 ゼウスの瞳に、ついに焦燥の色が浮かび上がった。その瞳の奥にある冷徹さが、次第に揺らぎ始めていた。


「仕方ない、脱ぐか」


 ゼウスの一言が空気を引き裂き、突如として大地が轟音を立てて震えた。

 その音はまるで天の怒りそのものが地上を叩きつけるようで、周囲の景色が一瞬で歪み、震動が全員を飲み込もうとする。


 その揺れの中、ゼウスは動じることなく、冷徹な目で前を見据えた。

 無駄な動き一つせず、静かに片手を天に掲げる。

 その動作一つで空気が急激に引き締まり、無数の雷光が天から地へと集束し、ゼウスの体を覆うように巻きついていった。

 まるで彼の存在そのものが雷の源であり、世界の根本に刻まれた力を象徴するかのようだ。


 その瞬間、周囲の空間は歪み、時の流れすら一瞬停止したかのように感じられる。だが――


 ゼウスの掌から放たれるはずのエネルギーは、消え失せていた。

 過去改変の力も、未来を変える雷鳴も、ただ静寂に包まれている。


 ゼウスは淡々と、そしてその威厳に満ちた声で語り始める。


「お前たちには理解できまいが、アレスは常に『自身の力を抑えつける鎧』を纏っていた___そして、我もまた同様だ」


 ゼウスの言葉は、まるで天上の響きのように深く、重く響き渡る。

 彼の目は冷徹でありながらも、どこか彼の力を知る者にしか理解できない深淵を感じさせる。


「我が鎧は、単なる装甲ではない__これは我が雷を封じ込め、万全を期すための『力の抑制装置』なのだ」


 ゼウスは続けて、冷徹な語調で語る。


「そして、この雷は過去にのみならず、未来にも飛ばすことができる」


 その言葉が終わると、ゼウスの姿勢が微かに変わり、彼の力が急激に放たれる準備が整ったことを示した。


「今の一撃は、未来に向けて放ったものだ、だがこれはまだ序章に過ぎん」


 その瞬間、ゼウスの口から発せられた言葉が、広間を支配する。


「神話における我が雷霆の名を、聞いたことがあるか?」


 その問いに、達人たちは息を呑んだ。

 それは過去の神々が放った雷の名前、今も神々に語り継がれる伝説的な力。

 ゼウスの雷霆が放たれるということは、すべてが終わる瞬間を意味するのだろうか?


「今までの攻撃は、単なる放電に過ぎん__だが、これこそが神話における我が雷霆だ」


 その言葉と共に、ゼウスが満を持して放つその力――それは時空を超える放電。

 彼の全ての力を集め、雷鳴が一気に広間を包み込んだ。


 その瞬間、達人たちの目の前に広がったのは、無数の雷光、いや、それは雷霆そのものであった。

 瞬時にして、光が広間全域を支配し、全てを飲み込もうとした。


「喜ぶが良い、二千年前の『神の子』を超える快挙を成し遂げたぞ!あの時は12人も弟子がいたからな」


 ゼウスの言葉が響く。その語り口調には、無上の誇りと余裕が滲み出ていた。


「即ち、我が全力の雷霆、その名は──」


 その名を宣言しようとした瞬間、全てが時間を止めるような静寂に包まれる。

 ゼウスの力が、最終的にその名を放つと同時に、雷が爆発的に広がった。


「『ケラウノス』だ」


 その言葉が発せられるや否や、広間全域に膨大なエネルギーが放たれ、雷鳴が天を揺るがし、地を裂いた。


 達人たちは、全力でそれを受け流す姿勢を取るしかなかった。

 彼らのすべての力をもってしても、この雷霆を遮ることは不可能だろう。


 ゼウスの威厳、神としての力が最高潮に達した瞬間。

 その力の前に、すべてが圧倒され、無力に感じられる。

 それでも、達人たちはその目に宿る決意を消すことはない。


 その日、『オリュンポス山』は文字通りギリシャから消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る