第32話 制約と隙間
深明は、鋭い眼差しで仲間たちを見渡しながら語り始めた。
その表情は冷静だが、どこか険しい決意が垣間見える。
「今から手短に話す、ゼウスの攻撃には常識では考えられない特性がある――」
深明はその言葉を静かに紡ぎながらも、緊迫した表情を崩さない。
「ゼウスは、攻撃動作を行ってから攻撃を行うのではなく、その逆、攻撃を行った後で攻撃の予備動作を行っている」
彼の言葉には、現実を超越した何かを伝える重みがあった。
その言葉を聞いた正一と鉄貴は息を呑む。
深明の言葉が意味するものの規格外さに、全員が一瞬だけ言葉を失った。
「因果が逆転しているな……」
鉄貴が呟くように漏らす。
その声には、驚きと困惑が入り混じっていた。
深明は静かに頷きながら続ける。
「そうです」
彼の視線は遠くを見つめるようだったが、言葉には確固たる真実が込められていた。
「それは、攻撃が予測不能であり、何の予兆もなく発動する事を意味します」
深明は言葉を紡ぐごとに、空気がさらに重くなっていくようだった。
「雷人のように電気に耐性がある者でさえ、その雷撃の前には焼かれるのみ、通常雷は光速に近い速さゆえに認識することすら難しいが、ゼウスの雷撃はそれを遥かに凌駕する」
深明の言葉は一つ一つが場を支配し、全員にゼウスの恐ろしさを刻みつけていく。
その場の空気が一層張り詰める。
深明の説明するゼウスの能力は、規格外の一言に尽きた。
「だが――」
深明は言葉を切り、視線を鋭く正一に向けた。
その瞳には確固たる決意と、わずかな希望が宿っていた。
「裏を返せば、ゼウスの力にも一つの『制約』がある」
深明は言葉を重ねながら、ゼウスの絶対的な力に対抗する可能性を示そうとしていた。
「それは、攻撃を行った後、必ず無防備な予備動作を行わなければならないということだ」
彼の声は冷静だったが、その奥には熱い闘志が隠されていた。
「この制約がなければ、彼自身が因果の矛盾に飲み込まれる」
深明は冷静な口調の中に、確信を込めて言葉を締めくくった。
正一が眉を寄せながら問いかける。
「つまり、それは……達人のみに見えるという『白い線』――攻撃の前兆となるその軌道を感知できる者だけが、ゼウスの攻撃に対応できる、ということですか?」
正一の声には、困惑と理解しようとする意志が交じり合っていた。
彼の問いに、深明は静かに頷き、再び視線を仲間たちへ向けた。
「その通りだ、私はこれまで達人の眼力を駆使して『白い線』を避け続けることで、ゼウスの攻撃を凌いできた」
深明の声には、自身が背負ってきた戦いの重みが滲んでいた。
「だが、それだけでは彼に反撃の隙を作ることができなかった」
その言葉には、長年の葛藤が込められていた。
深明の言葉に、鉄貴は拳を強く握りしめる。
目には決意の光が宿っており、その瞳は鋭く仲間たちを見渡していた。
「だが今は違う――」
深明は視線を仲間たち一人ひとりに向け、その言葉に力を込めた。
その目には、確固たる希望が宿っていた。
「今は、君たちと鉄貴先生――四人もの達人がいる」
深明の声には、新たな局面への期待が込められていた。
「ゼウスの攻撃の後に訪れる予備動作の隙を突き、一撃を加えるチャンスがあるかもしれない」
その言葉は、場に新たな決意を生み出した。
その言葉を受け、仲間たちの中に生まれた緊張感が新たな活力へと変わっていく。
正一は小さく頷き、鉄貴は深呼吸をして気持ちを整えた。
全員の中に、揺るぎない覚悟が芽生え始めていた。
ゼウスの纏う雷鳴が響き渡り、戦いの舞台となる空間が緊迫した雰囲気に包まれていく。
だが、深明たちの目には、一瞬の怯えもなかった。ただ鋭い覚悟だけが光っていた。
「終わったか?その哀れな作戦会議とやらは」
ゼウスは、深明たちを見下ろしながら冷然と語る。
その声には微かな嘲笑が滲み出ていたが、そこに焦りや苛立ちは一切なかった。
「無論、何を思案しようと結果は変わらん。
絶望の淵に立つ者がいくら足掻こうと、その先に待つのは破滅のみ――それが、この世界の理だ。」
ゼウスの声は静かでありながら、雷鳴のような重々しさを帯びていた。
その背後に響く稲妻の閃光と轟音が、彼の威厳をさらに際立たせる。
「だが、せいぜい見せてみるがいい、貴様たちの限界を!」
ゼウスは微動だにせず立ち尽くしている。
それでもその存在感は、空間を圧倒的な力で支配していた。
それは、絶対的な力を知る者だけが纏うことのできる威圧感であった。
「力を合わせ、ゼウスの間合いに踏み込む、その一瞬を作り出す」
深明が静かな口調で提案する。その目には、冷静さの奥に燃え盛る闘志が宿っていた。
全員が呼吸を整え、雷鳴のように迫りくる圧力に抗いながら戦闘態勢を整える。
「お前の弟子たち、よくぞここまで鍛え上げたな」
鉄貴がふと深明に視線を向ける。口調はどこか軽やかだが、その言葉には深い信頼が感じられた。
「だからこそ今、お前を赦すそして――共に奴を討とう。」
深明は微かに微笑んだ。その顔には、仲間との絆への確信が表れていた。
その瞬間、何の前触れもなく白い線が空間を切り裂くように現れる。
四人の達人たちは一瞬の躊躇もなくそれぞれ異なる方向に散り、歩くかのように自然な動きでその線を躱した。
直後、大地を震わす轟音と共に、白い線をなぞる雷撃が空間を埋め尽くす。
その圧倒的な破壊力に、床が砕け、地下室全体が揺れ動く。
雷撃が収まる間もなく、ゼウスが悠然と口を開いた。
「愚かな足掻きだ、我が予備動作の隙を突こうとは……」
彼の周囲に幾筋もの白い線が現れる。
それはまるで時空そのものを支配するかのように錯綜し、ゼウスを守護していた。
深明と鉄貴はその線に敢えて身を晒し、権と正一の進路を切り拓くべく立ちはだかる。
「進むのだ、今しかない!」
深明の声が雷鳴の中で響く。言葉を待つ間もなく、権と正一は迷うことなく駆け出した。
巨大な雷撃が深明と鉄貴を襲い、二人はそれを大地に流し込むように受け止める。
その衝撃は凄まじく、周囲の床はひび割れ、轟音と共に崩壊の危機を迎えていた。
だが二人は一歩も退かず、その隙間から権と正一がゼウスの間合いへと進む。
「これは耐えられるか?」
ゼウスが静かに問いかけた。その声には、試すような好奇心すら滲んでいる。
瞬間、二人を遮るようにさらに強力な雷撃が放たれる。その威力は桁違いで、白い線が描く軌跡が目の前に迫る。
「俺がやる!」
権がその雷撃の軌道に飛び込み、全身で受け止める。
まるで生きた雷そのものを飲み込むかのように、大地へと電流を流し込む。
その瞬間を逃さず、正一がゼウスの懐に飛び込み、拳を振り下ろす。
ポセイドンとの戦いで披露した「浸透勁」――ゼウスの鎧越しに確実な衝撃を与える一撃を放つ。
雷鳴が轟く中、ゼウスが低い声で笑った。
「見せてみろ、人間の力で神を穿てるか――!」
彼の声は大地を震わせ、絶対的な威圧感が空間を支配していた。
正一の拳が、ゼウスの鎧を越え、その衝撃を確実に肉体へと伝える。
わずかだが、ゼウスが体を揺らした。
その仕草が、神の威厳を少しでも崩したように見えた瞬間だった。
「……ほう、実に驚愕だ」
ゼウスは低く、しかし深みのある声で呟く。その黄金の瞳は正一をまっすぐに見据えていた。
「微細とはいえ、我に傷を負わせた男が現れるとはな……二千年ぶりだ」
ゼウスの言葉には、怒りも焦りもなかった。
ただ純粋な興味と威厳が混じり合っていた。
その声は静かでありながらも、全てを支配する力を感じさせた。
だが次の瞬間、ゼウスは薄く笑みを浮かべ、右手をゆっくりと突き出す。
「だが、過去に雷を放つ我が力を侮るな」
ゼウスの瞳が冷たく輝き、その声には凄絶な決意が込められていた。
「これがどういう意味を持つか――教えてやろう」
ゼウスの掌から生まれた雷が、時空を巻き戻すように空間を捻じ曲げる。
その異様な光景に、正一は息を呑んだ。
彼の視界には、雷の力が因果そのものを操作しているかのような圧倒的な力が映っていた。
対象は――『攻撃を加える直前の正一』。
白い線が正一の目の前に現れ、その軌道が彼の体を貫こうと迫る。
それは、因果律を超越する神の一撃だった。
「くっ……!」
正一は瞬時に線を察知し、拳を引き戻しながらその場を跳ねるようにして避ける。
だが、今目の前にいるゼウスが何を行ったのか、その全貌を理解している者は誰もいなかった。
理解していたのは、この力を操るゼウス本人だけだった。
ゼウスは掌を下ろし、再び四人を冷徹な目で見渡す。
「喜べ――今の過去改変がなければ、貴様の拳は我に届いていた」
その声は冷笑を伴いつつも、どこか称賛の色を含んでいた。
「二千年振りだ、我に一撃を加えられる可能性を示した者が現れるとはな、だが――」
ゼウスの目がさらに鋭くなる。
「その僅かな可能性も、我の力の前では消し去ることができる、人の力では、神を穿つには至らぬと悟るがいい」
雷鳴が遠くで轟き、空間全体にゼウスの威厳が満ちる。
4人はゼウスの圧倒的な力の前に立ち尽くしながらも、再び集まって情報を共有し始める。
「今のゼウスの言葉から推測するに、過去に雷を飛ばし、受けたダメージを無かったことにしたようですね」
深明が冷静に分析を述べる。
鉄貴は、険しい表情を崩さぬまま口を開いた。
「つまり、攻撃そのものは届く――そういうことだろう」
彼の拳が固く握られる。
その目には苦境に立ちながらもわずかな希望が宿っていた。
「決して倒せねぇ敵じゃねぇ!あの威張り腐った神を、ここで打ち倒すための道はまだある――!」
(続く)
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