第31話 達人の境地へ

「お疲れさん!そして――ようこそ、達人の境地へ。」


 鉄貴は穏やかな笑みを浮かべながら、権と正一に声を掛けた。

 その言葉には、尊敬と期待が込められている。


「鉄貴先生、僕、分かりました」


 正一は静かに、しかし確信を持って言葉を紡ぐ。彼の瞳には、これまでの経験が凝縮されたような鋭い輝きがあった。


「先生は、遅いのに攻撃が当たらないんじゃない」


 一呼吸置き、彼はその真理に触れるような口調で続けた。


「遅いからこそ、攻撃が当たらないんです」


 その言葉には、達人の境地を垣間見た者だけが持つ、深い悟りが宿っていた。彼が見つめる鉄貴の背中には、いまだ越えるべき高い壁の存在が感じられる。


「俺も分かったよ」


 権が感慨深げに続ける。目を閉じる彼の表情には、過去から現在までの出来事が鮮明に刻まれているようだった。


「世界中のすべてが俺を愛してるんだってこと――そして、俺も初めから世界を愛してたんだってことを」


 その声は温かく、戦いの只中でありながら、不思議と穏やかな空気を纏っていた。


「敵だろうがなんだろうが、全部含めてさ」


 権の言葉は、まるで全てを包み込むような優しさと力強さを兼ね備えていた。

 彼の中に芽生えたこの感覚は、次の一歩を踏み出す原動力となるだろう。


 二人の声は、特別な感情を込めるでもなく、当たり前の事実を口にするような平穏さをたたえていた。


 鉄貴は、彼らの言葉に静かに頷いた後、大きく息を吸い込み、深い声で応じた。


「それが分かりゃ上出来だ」


 一瞬、微笑みを見せ、続ける。


「だが驚いたな」

 鉄貴は腕を組みながら、静かに二人を見つめた。その目には、尊敬とわずかな驚愕が混じっていた。


「この若さで『達人』に到達するやつが二人も現れるとは思わなかった」

 彼の声には、まるで自分が長い旅路の果てに、思いがけない宝を見つけたかのような感慨が滲んでいた。


「お前らの掲げる『人類との共存』って話も、もしかしたらただの夢じゃ終わらねぇかもしれねぇな」


 ふと目を細める鉄貴。その視線はどこか遠くを見据えるように宙を漂う。


 口元に浮かぶ微かな笑みには、希望と期待、そして未来への可能性が込められていた。


 鉄貴の言葉には、未来への希望と、弟子たちへの強い信頼が込められていた。


「最後は――ゼウスだ」

 鉄貴は低い声で告げる。その眼差しには、敵を見据える覚悟が宿っていた。


「今まで敵の口から手に入れた情報をまとめるに、奴は恐らく、代々の『ゼウスの器』とやらを使い続けてきたんだろう」



 権が目を細め、冷静に分析を続ける。その言葉には、戦いの中で得た確信が滲んでいた。

 言いながら、彼は拳を握りしめる。その仕草からは、敵への嫌悪感と警戒心が垣間見えた。


「人格も記憶もそっくり入れ替え、器を乗っ取る形で数千年もの間存在し続けてきた――化け物だ」

 その声にはわずかな怒りが混じり、抑えきれない苛立ちが響いていた。

 権の言葉が静寂を切り裂くように響く。彼の表情には、敵に対する憎悪と、それを打ち破る覚悟が宿っていた。



 彼は一息つき、鋭い目線を権に向ける。


「そしてお前の力も、おそらくはその血筋――ゼウスが父親だからこそ発揮できる強力な発電能力によるものだろう」


 鉄貴は権を見据えながら、静かに続ける。

 その言葉には、敵を冷徹に分析する鋭さが含まれていた。

 そう語る声には確信が宿っており、権の背負う宿命の重さを伝えるかのようだった。


「奴は非道の極みともいえる相手だが……」

 一呼吸置いてから、鉄貴は問いを投げかける。その声には、ただの興味だけでなく、相手を試すような響きもあった。


「憎いか?」


 その短い言葉には、権の心の内を探ろうとする意図が込められていた。


 その問いに、権は少しだけ目を伏せた。そして、静かに口を開く。


「優しいアポロンさんを、非情の暗殺者に仕立て上げた」


 権は苦い思い出を振り返るように言葉を紡ぐ。

 その表情には怒りと悲しみが入り混じっていた。

 声にこもる憤りは、ポセイドンだけでなく、ゼウスへの強い非難をも感じさせた。


「あんなに多くの死体を操り、その中に生きた雷人や人間を混ぜるという非道を許容した」


 正一が横目で権を見つめる。

 彼の言葉には、戦場で見た非道な光景が鮮明に蘇るような重みがあった。


 権は拳を握り締めながら続けた。

 その震える声には、あらゆる道徳を踏みにじる行為への嫌悪が込められている。


「何より、里を怨寺博士に襲撃させた黒幕だ」


 権の声は冷静で、感情を抑え込んでいるようだった。

 彼は一つひとつ、ゼウスの悪行を語り続ける。

 その内容は、聞く者の胸を締め付けるほど重い。


 だが――。


「……それでも、憎くないんだ」


 権はゆっくりと顔を上げた。

 その瞳には怒りも憎しみもなく、ただ深い思索の光が宿っている。


「むしろ、不思議と愛すら感じる」


 静寂が訪れる中、権はさらに言葉を続ける。


「愛してるんだ、だから解放してやる――ゼウスを、この長い呪縛から」


 彼の声には、決意と優しさが混じり合っていた。


「どうして……」


 生存者の一人が震える声で呟いた。

 彼は雷人の一人のようだった。

 傷ついた体を抱えながら、目を伏せたまま言葉を続ける。


「どうして……あんな恐ろしい化け物に立ち向かえるんですか?」


 彼は自らを抱きしめ、目を伏せながら震える声で呟いた。


「私は……ずっと怯えてばかりだった」


 彼女の目は遠くを見つめるように空虚に感じられ、過去の恐怖に囚われているようだった。


「雷人であることが誇りだった日も、遠い昔の話です」


 その言葉には、かつての誇りが今ではただの幻想であるかのような寂しさが漂っていた。


「今では……ただの、臆病者だ」


 声はかすれ、震えながらも、その言葉を吐き出すことで少しだけ安堵を感じたのかもしれない。


 視線は地面に向けられたままだが、その声には、恐怖と疑念、そしてほんの僅かな希望が滲んでいた。


「私は……」

 雷人は小さく震えながら語り出した。


「私は、冥王神ハデス様に無理矢理拉致されました」


 その言葉には、恐怖と絶望がにじんでいた。目の前の暗い過去をどうしても切り離せないようだった。


「彼の鎌術には全く太刀打ちできなかった……電流による支配にも、抵抗なんて不可能でした」


 その語り口には、あまりの力の差に無力感を覚えたことが色濃く表れていた。

 彼の拳は固く握りしめられ、悔しさが滲み出ている。その瞳からは涙が零れていた。


「それだけじゃありません」

 雷人の声は震え、過去の記憶に囚われているようだった。


「海神ポセイドン様だって、あの方もまた恐ろしい怪物でした」

 その言葉からは、ポセイドンへの恐怖と畏怖がにじみ出ていた。


「正直、あのポセイドン様を倒した手立てが、今でも理解できません」

 言葉が震え、信じられない出来事の数々が頭をよぎったようだった。

 雷人は顔を上げ、正一と権を見つめる

 その目には疑問と恐怖が混ざり合っていた。


「だからもう一度聞かせてください」


 彼は両腕で自らを抱きしめるようにしながら、言葉を絞り出した。


「三界神と呼ばれる彼らは、化け物そのものです」


 その目は恐怖と困惑に満ちており、思考がまとまらない様子が見て取れる。


「ゼウス様は、ハデス様やポセイドン様を合わせた以上に強大だと聞きます」


 その言葉には、長年抱えてきた不安と、絶望的な思いが込められていた。


「そんな相手を……"救う"なんて話が、どうして当たり前のようにできるんですか?」


 彼の声は震え、答えが見つからない焦りがにじみ出ていた。

 雷人の体は小刻みに震えていた。その恐怖は計り知れない。


 その姿を前に、権は静かに一歩前へ出た。

 そして、力強く、揺るぎない声で言葉を紡いだ。


「――雷人と人間の垣根を無くすためだ。」


 権の声は、静かだが確かな決意を秘めていた。

 その言葉は、雷人だけでなく、周囲にいた全ての者の胸に深く響いた。


「俺たちは……無力だ」


 生き残りの男が、震える声で語り始めた。

 その顔には悔しさと情けなさが混ざり合った表情が浮かんでいる。


「今だって足が竦んで動けない、二度と戦いたくなんてない……」

 彼は目を伏せ、両手で自分を支えるようにして震えていた。

 その言葉には、自分たちの弱さを認める痛切な思いが込められていた。

 だが、言葉はそこで終わらなかった。


「それでも……それでも、貴方たちの戦いを応援させてください」


 彼は強く息を吐き、立ち上がる力を振り絞るように言った。


「命を助けられた恩だけじゃない」


 その顔には、確固たる意志が浮かんでいる。


「貴方たちの信念に――心から感服しました」


 彼の声は震えていたが、その瞳には揺るぎない決意が宿っていた。


「ハデス様やポセイドン様を相手にした、あの戦いを見て……俺たちも何かを変えたいと思えたんです」


 その言葉は、彼一人のものではなかった。周囲の生き残りたち全員の思いを代弁しているようだった。


 権は、その言葉を静かに受け止め、深く頷いた。


「アンタたちの想い、確かに受け取ったぜ」


 その力強い返事に、生存者たちの中に希望の灯火がともる。


 権、正一、鉄貴の三人は通路を再び降りていく。


 焦げ臭い匂いが鼻を突く。

 さらに進むと、塩素臭が混じってきた。


「……間違いねぇ、雷人の放電攻撃の匂いだな」


 権が呟く。

 ゼウスの間は、もうすぐそこだ。


 遠くから聞こえる戦いの音。

 轟く雷鳴が、通路の奥から響いてくる。


「ゼウス、誰かと戦ってるみたいだな」


 鉄貴が状況を見極めるように言った。


「誰だか知らねぇが、そいつと協力すれば、ゼウス戦もやりやすくなるかもしれねぇ」


 権が言い終わる前に、正一が前へ駆け出す。


「早く合流しよう!」


 三人は一気に速度を上げ、戦いの現場へと向かう。

 やがて彼らの視界に入ったのは、予想外の人物だった。


「――深明先生!?」


 驚愕の声を上げたのは正一だ。

 彼らの師である山中深明が、ゼウスの放つ雷撃を軽やかに避けながら戦っていたのだ。


 権はゼウスの前に立ち、隣には深明の姿がある。

 ゼウスはその圧倒的な存在感を漂わせたまま、動きを止めた。


「『ゼウスの器』、そして『山中深明の弟子』――加えて『黒鉄鉄貴』まで揃い立つか」


 ゼウスの低く響く声は、空間そのものを震わせるような重厚さを帯びていた。

 その瞳は、全てを見透かすかのように鋭く光り、どこか楽しげな余裕すら漂わせている。


「お前たちがここまで辿り着いたということは……ハデスもポセイドンも、敗れたか」


 わずかに口元を歪め、笑みとも嘲笑とも取れる表情を見せるゼウス。

 その態度には焦りも動揺も一切ない。

 ただ、計算し尽くされた冷徹な知性と、圧倒的な自信が宿っている。


「ふむ……確かに『高天原』は期待外れだったな、そして山中深明の合流――これは、私にとって計画外だった。」


 一瞬の沈黙。

 だが、その後に続く言葉には、圧倒的な威圧感と凄絶な力強さが滲む。


「だが、それがどうした」


 ゼウスはゆっくりと立ち上がり、その巨大な存在感で場を支配した。

 まるで彼自身がこの世界の法則であり、神そのものであるかのような威圧感を放つ。


「お前たちの身体に刻まれた疲労は隠せぬ」

 ゼウスの目は鋭く、まるで全てを見透かすように輝いていた。

「私の前に立つには、あまりにも脆弱だ」

 その言葉には、圧倒的な力を感じさせる冷徹さが込められていた。

「だが、感謝しよう――このゼウス自らが、その命を断つ栄誉を与えてやる」

 彼の声は力強く、威圧的だった。

 その言葉には冷徹な確信と、絶対的な力への自負が込められていた。

 ゼウスの眼差しはまるで獲物を見下す捕食者そのものであり、彼にとってこの対峙は日常の延長に過ぎないかのようだった。


 権はゼウスの冷徹な眼差しを正面から受け止め、全身の震えを抑えながら一歩前に出た。

 その拳は強く握られ、堪えきれない感情が溢れ出すように叫ぶ。


「俺を深明先生に預けたのは、どういうつもりだったんだ!」


 ゼウスは僅かに目を細めた。

 その動作には威圧感すら宿り、神々しい存在感が場を包み込む。

 そして、彼は微かに口元を動かし、まるでこの問いに答える義務すら施しのように感じさせる、低く響く声で語り始めた。


「当然の問いだな、その命が尽きる前に答えてやろう」


 その声には、冷静さと絶対的な支配力が滲み出ている。

 彼は一瞬の間を置き、言葉を続けた。


「山中深明の『技』と『心』――それは、このオリュンポスにおいても未知であり、私ですら完全に見通すことはできなかった」


 ゼウスはゆっくりと歩を進める。

 その一歩一歩が大地を揺らし、空間そのものを支配するかのような圧力を伴う。


「だが、その価値は絶対だ!彼の存在が、それを証明していたからな」


 その瞳は、冷たい光を宿しながら権を見下ろす。

 彼の言葉には容赦の欠片もなく、冷徹な論理と計算が透けて見える。


「ゆえに、私は選んだ」


 ゼウスの目は冷たく光り、言葉が発せられるたびにその威圧感が強まる。


「山中深明に『ゼウスの器』を育てさせることで、彼の『技』と『心』を記憶し、そしてその全てを手中に収めることを」


 その冷徹な計画には、どこまでも理屈が優先され、感情が欠けていることが明白だった。


 ゼウスは権を正面から見据え、最後の一言を冷たく告げた。


「それこそが、この私――ゼウスの計画だ」


 冷酷で揺るぎない言葉。

 その一語一句が、圧倒的な威厳と恐ろしいまでの計算高さを感じさせる。

 彼にとってこの計画は理論でも希望でもない。

「当然の結末」であり、「神としての意志」そのものであった。


 それは、権にとって衝撃的な真実だったはずだ。だが――


「そうか」


 権は短く返答する。


「説明してくれて、ありがとうな」


 権の口から出た言葉は、怒りでも憎しみでもなかった。むしろ、静かな感謝の響きを持っていた。


「おかげで、深明先生、鉄貴先生、そして正一ちゃんに出会えた。」


 その言葉には、ゼウスを真正面から見据える権の強い意志と、これまで歩んできた道への深い感謝が籠められていた。


 ゼウスは微かに眉を動かし、鋭い眼差しで権を見据えた。

 その黄金の瞳には、一瞬だけ何か捉えがたい感情が浮かんだようにも見えたが、すぐに消え去った。


 彼は深い静寂を纏いながら、権の言葉に耳を傾け、やがてゆっくりと口を開いた。

 その声は低く静かだが、聞く者に抗えない威圧を与える。


「その言葉……偽りではないようだな」

 ゼウスの目は冷徹で、まるで全てを見通しているかのようだった。

 その言葉は、余分なものを削ぎ落とした真実そのものであるかのように響いた。


「我にはわかる」


 ゼウスは一瞬の沈黙を挟み、静かに続ける。


「数千年にわたる戦いと観察が、この目と耳に真実を刻み込んできたのだからな」


 その言葉には、まるで時間そのものが凝縮されているかのような重みがあった。

 彼の言葉には奇妙な静けさがありながら、同時に底知れぬ力が宿っていた。

 それは単なる肉体の力ではなく、悠久の時を生きた存在だけが持つ圧倒的な威厳だった。


「お前が手にしたもの――それが『達人の境地』か」


 ゼウスはわずかに目を細める。

 その仕草には、権への一瞬の敬意すら滲んでいるように見えた。


「確かに感服に値する、そして……認めるに足る」


 だが、その敬意は瞬く間に冷酷な現実へと塗り替えられる。


「だが、それももはや不要だ」


 ゼウスの瞳は鋭く、氷のような冷たさを帯びる。

 その視線は、まるで全てを見通し、最早誰も逆らえないかのような威圧感を放っていた。


「我が五千年に及ぶ計画は、ここで瓦解した」


 その言葉には、計画が崩れたことへの冷徹な認識と、過去の重みが感じられた。


「そして、これを立て直すには千年を要する」


 ゼウスはその言葉を続けると、まるで時間そのものが消耗していくかのように思えてきた。


 一瞬の沈黙が流れる。その静寂は、嵐の前の静けさのように不気味だった。


「『達人の境地』など、必ずしもお前たちから得る必要はない」


 ゼウスは、睨み付けながら語る。


 「いや――むしろ、お前たちの存在は、我が計画を阻む脅威に他ならぬ」


 ゼウスは冷たく微笑む。それは人間には到底真似できない、全能なる存在の微笑みだった。


「ゆえに……滅ぼす」


 言葉を切り、わずかに目を伏せる。

 その動作すら、決定的な運命を告げる合図のように思えた。


「この手で――それが、我が計画を立て直す唯一の道だ」


 その言葉が終わると同時に、権たちの目の前に一筋の白い光が現れた。

 それは細く静かでありながら、異様な存在感を放つ線だった。


 ゼウスには攻撃の予兆など見られなかった。だが、彼が何もしないはずがない――その確信だけが権たちを動かした。


「離れろ!」


 権たちは本能的に飛び退いた――その瞬間だった。


 轟音が鳴り響き、白い光を中心に空間全体がまばゆい閃光に包まれる。

 尋常ならざる放電が白い線をなぞり、空間そのものを焼き尽くさんばかりの雷撃となって放たれた。


 その規模と威力は圧倒的で、大地が裂け、空が悲鳴を上げるかのような衝撃が周囲を襲う。

 まるで世界そのものを支配する者――それがゼウスだということを、全身で理解させるかのように。


「ほう……我が『時空を超える雷』を躱すとは」


 ゼウスは冷静に語りながらも、その声には確かな余裕と支配者の威厳が漂っていた。

 黄金の瞳が権たちを射抜くように捉え、その瞳に映るのは恐怖ではなく、わずかな興味――そして確信。


「なるほど、『達人の境地』というものは、ここまで深遠な力を秘めているのか」

 



「実に面白い。」


 彼の言葉には驚きも苛立ちも感じられない。ただ、計算を続けるかのような冷徹な分析が響いていた。


 ゼウスはゆっくりと掌を前に突き出した。その動きは一見すると緩慢に思えるが、次の瞬間、時間そのものが歪んだような感覚が空間を支配する。


 掌を動かすその挙動には明らかに異常があり、まるで現実そのものが拒絶反応を示しているような、不気味な違和感を伴っていた。

 その動きは、まるで時間が逆行しているかのようだった。


 権たちは言葉を失い、その異様な現象をただ見つめる。だが、ただ一人、深明だけが即座に状況を悟り、鋭い声を上げた。


「気をつけろ!」


 その声には警告の重みがあり、空気を引き裂くように響く。


「奴の放電は、!」


 ゼウスはその言葉を聞いてもなお微動だにしない。むしろ、薄く冷笑を浮かべるだけだった。


「気づいていたか、だが手遅れだ」


 その瞬間、ゼウスの掌から放たれた稲妻が空間に刻み込まれたかのように固定される。

 しかし、それはただの雷ではない。稲妻の軌跡が過去へと遡り、空間を逆巻くように動き出す。


 権たちが先ほどいた場所――そこに、数瞬前の時間を貫くように、轟音とともに稲妻が炸裂する。

 地面は焼け焦げ、空間が歪む。


「我が力を前に、時間や過去など無意味だ」


 ゼウスの声が空間全体に響く。

 それは全知全能の神が持つ圧倒的な確信と威圧感そのものだった。

 彼の存在はその場を支配し、時間の流れさえも彼の意のままに操られているように思えた。


(続く)





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