第23話 高天原の終焉

 山中深明は、山間の静寂を破るように立ち尽くしていた。

 岩陰から漏れる陽光が、その引き締まった顔を照らし、険しい影を落とす。

 彼の視線の先には、『高天原』の結社長、天照が冷然と立ちはだかっている。


 天照は鋭い目つきで深明を射抜き、冷笑を浮かべた。

 その背後には、血と汗で彩られた戦場が広がり、倒れた数多の戦士たちの亡骸が無言で語りかけていた。

 深明はその光景に一瞬だけ目をやると、再び天照を見据え、静かに戦闘態勢を取った。


「山中深明……高天原の門をここまで通過した者は初めてだ。」

 天照の声には、冷淡ながらも揺るぎない自信が宿っていた。


「お前たちがオリュンポスと手を組み、戦争を煽っている限り、見過ごすわけにはいかない。」

 深明の声は静かだが、その言葉には鋭い刃のような決意が込められている。


「貴様の正義とやらが、この力にどれほど抗えるか……試してみるがいい。」

 天照は片手を掲げると、その周囲に雷光が瞬き始めた。空気がピリピリと震え、熱を帯びた風が頬を撫でる。


 次の瞬間、稲妻のような光の奔流が深明に向かって解き放たれた。

 だが深明は動じない。その鋭い眼差しはすでに攻撃の軌道を読み切っている。

 稲妻が地面を焦がす寸前、彼は滑るような歩法で間合いを取り、攻撃をかわした。


「なるほど……電撃を熱に変換し、環境すら変質させる技か。」

 深明は冷静に呟いた。

 その言葉には、技の性質を見極めた確信が滲んでいる。


 天照の瞳が細められる。


「面白い。ならば次はどうだ!」


 全身を纏う雷光が爆発的に放出され、周囲の岩肌が蒸発し、熱波が草木を燃え尽くしていく。

 周囲の岩は焼け焦げ、地面にはひび割れが走る。


「視界を奪っても無駄だ。」


 天照は全方位に熱エネルギーを放射する。

 その勢いは凄まじく、周囲の風景を歪ませるほどの威力を持っていた。


 深明はその圧倒的な熱量に一瞬足を止めたように見えた。

 だが、それは彼の巧妙な策略だった。

 彼はあえて動きを止めることで、敵の注意を一点に集中させた。

 その直後、足元の小石を蹴り上げて攪乱し、一瞬の隙を作り出す。


「そこだ!」


 深明は爆発的な速度で天照の懐に飛び込み、拳を突き出した。

 熱によるダメージを減らすよう、拳で焔を切り裂きながら。

 彼の拳は鋭い槍のように、真っ直ぐ天照の急所を狙い撃った。


「何ッ!」

 天照の表情に驚愕が浮かぶ。

 彼女は必死に防御しようとするが、深明の攻撃はその防壁をも貫いた。


「終わりだ。」

 深明が低く呟くと同時に、天照の体が崩れ落ちる。

 雷光は消え、激闘の場に静寂が戻った。


 その時、天照の背後から一人の影が現れる。

 それは彼女の伝令役、八咫だった。


「山中深明……貴様は我々を凌駕した。

 だが、この戦いで得た時間は、我らの計画を確実に進める一歩となった。」

 八咫は冷ややかに微笑むと、倒れた天照を抱え、静かにその場を立ち去ろうとする。


「愛する者同士の最期の時間を、邪魔するのは無粋だな。」


 深明は攻撃の手を止めた。

 その背中には、一抹の複雑な感情が滲んでいる。


「……権たちは、まだ戦い続けている。

 私も向かわねばならない。」


 彼は独り呟き、戦場の残り香を背にオリュンポスを目指して歩き出した。


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 場面は移り、黒鉄鉄貴の低く響く声が権と正一を迎える。


「次の敵はハデスだ。これまでとは格が違う。」

 険しい表情の鉄貴が、二人を見据える。


「お前たちが戦った敵は、デュオニュソスは体が、アレスには技が、アポロンには心が不足していた。

 だが、ハデスは違う。すべてが揃っている奴だ。」


 正一は鉄貴の言葉にわずかに表情を曇らせたが、権の表情は揺るがない。


 鉄貴は長い沈黙の後、低い声で語り始めた。その眼差しには、何かを見定めるような鋭さが宿っている。


「アポロンの情報が確かなら、お前たちの行動で、オリュンポスの計画は大きく揺らいだはずだ。

 少なくとも、当面の間は戦争の火種がくすぶることはない。」


 言葉を区切りながら、鉄貴は視線を二人に向ける。

 その声にはいつもの冷静さに加え、微かな葛藤が滲んでいる。


「この戦いをここで止めること――それもまた、一つの勇気だ。

 英雄が全てを犠牲にする必要などない。

 お前たちはもう十分に戦った。それでも、まだ進むというのか?」


 その言葉には、二人のこれまでの努力と犠牲を称える響きがあった。

 しかし同時に、それ以上の犠牲を払う覚悟が本当にあるのかを問いかける重みも含まれている。


 鉄貴の提案に、正一はわずかに肩の力を抜いた。

 どこか救われたような表情を浮かべ、息をつく。


 だが隣で、権は一瞬も目を逸らさず、鉄貴を真っ直ぐに見据えていた。

 その瞳には迷いが一切なく、静かだが確固たる決意が燃えている。


「俺たちは、まだ終わっていない。

『ゼウスの器』である俺が、ゼウスを倒す――それが、俺の戦いだ。」


 その言葉が場の空気を引き締めた。鉄貴はしばらく黙り込む。

 やがて、重々しく息を吐くと、その鋭い視線をわずかに和らげた。


「……ならば、覚悟を決めろ。

 ただし、これ以上の犠牲は許されない。」


 正一は、仕方ないなぁと言うように笑って権を見つめる。


「僕も最後まで連れて行ってよ、本当は怖いけど……一緒に戦わせて」


 鉄貴が地図を見つめる。

 その先にはオリュンポス山――運命の決戦の地が待ち構えている。

 彼らは静かに準備を整え、次なる戦いへと歩みを進める。


(続く)


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