第22話 崩れた計画、立ち上がる力

 アポロンは草原の風に身を任せながら、遠くを見つめていた。

 戦いが一段落し、静寂が支配する中で、彼の目にはどこか複雑な感情が宿っている。


「敵対した相手を、殺さず活かすとは、随分余裕があるね。」


 アポロンの言葉は、権と正一に向けられたものだ。

 だが、その口調にはどこか冷ややかさが含まれていた。


「生きていれば、次に繋がる。戦いを続ける限り、無駄に命を奪うつもりはない。」


 権は、そう語った。


 アポロンはしばらく黙っていた。

 その目は遠くの地平線に焦点を合わせ、何度も心の中で言葉を繰り返すようだった。


「…そうか。」


 ようやくアポロンは重い口を開いた。


「君たちには、わかるだろうか?ゼウスが目指しているのは、全面戦争だ。」


 その言葉には、いつも以上の重みが乗っていた。


「人間たちを完全に支配するために、雷人と共に戦争を引き起こそうとしている。」


 権と正一はその言葉に硬直し、黒鉄鉄貴も気配を消して耳を傾ける。


「ゼウスは、全てを支配しようとしている。雷人、人間、そして、全ての神々さえも。ゼウスは、ただの神ではない。彼は、長い年月をかけて、『マアト』『ユグドラシル』『高天原』等、他の神々を排除し、或いは従属させ、計画を進めてきた。」


 正一が驚き、思わず声を上げる。


「ゼウスがそんなことをしているとは…。まさか、地上の全てを支配するつもりなのか?」


 アポロンはうなずき、さらに続ける。


「そうだ。」


 しばらく黙った後、彼はもう言葉を続ける。


「ゼウスは、数千年にわたり、一つ一つの神々を巧妙に操り、ある者を従わせ、ある者を滅ぼしてきた。その策略は、まさに計り知れない。」


 その声は、重く、沈んだものだった。


「その計画の中で、アレスが鍵となる存在だった。」


 アポロンは一瞬、視線を落とし、苦悩の色が浮かんだ。


「アレスはゼウスの信頼を一身に受け、ゼウスの計画に組み込まれていた。だが、その計画が崩れた。 君たちとの戦いによって、我々12幹部の用意していた数千年に渡る準備が、すべて無駄になった。」


 権と正一は、その言葉に驚きと共に慎重に反応する。


「崩壊した? どういうことだ?」

 権が問いかける。


 アポロンは躊躇いながら、重い口を開く。


「アレスが主導していた戦争の準備は、すべてゼウスの命令で進められていた。だが、戦争の計画が現実のものとなり、全てを支配するために一気に発動させようとした時、君たちの動きによってその計画は破綻した。 アレスの失敗で、ゼウスは大きな怒りを抱いている。」


 彼は視線を落とし、次に言葉を続けた。


「ゼウスが計画を再び始動させるためには、また数千年の準備が必要だ。そのため、オリュンポスは今、すでに新たな形で再起を図っている。」


 黒鉄鉄貴が冷ややかに語る。


「つまり、オリュンポスは倒した幹部だけでは終わらないというわけだな。」


 アポロンが頷きながら語る。


「そうだ。今の幹部たちは、あくまで前線に立っていた者たちだ。だが、オリュンポスの本当の力は、あらゆる場所に潜伏している。幹部たちはすでに別の形で、再編成を進めている。」


 アポロンは言葉を続ける。


「君たちが倒しても、オリュンポスは復活する。時間を掛けて、再びその力を取り戻す準備が整っている。」


 アポロンの言葉が静寂に響くと、しばらく誰も言葉を発しなかった。

 その重みを感じ取るために、空気が一瞬、止まったようだった。


 一瞬の静寂が流れ、アポロンは黙って立ち上がると、最後に口を開く。


「だから、私はここで戦線を離れることにした。」


 彼の言葉は、静かな決意を帯びていた。


「ゼウスへの忠義と、君たちの求める道との間で、私は板挟みになった。」


 アポロンはゆっくりと、そして力なく言った。


「長い間仕えてきたゼウスに、裏切りはできない。しかし、君たちの目的もまた無視できない。私はどちらにも従うことができないんだ。」


 アポロンは一度深呼吸をしてから、静かに振り返る。

 アポロンは言葉を選びながら、しばらく黙っていた。

 その目は、どこか遠くを見つめ、心の中で何度も決断を繰り返すようだった。


「君たちには言っておくべきことがあった。だが、今はそれが最善だと思う。」


 権が言葉をかけようとする。  


「アポロン、君は…」


 だが、上手く言葉にできなかった。


 アポロンは続ける。


「行かせてくれ。私にはもう、戻れない。」


 アポロンは目を閉じ、長年仕えてきたゼウスの顔を思い浮かべた。

 その背後に隠された真実を、今や彼は受け入れることができない。


 権達は、黙って彼を見送るしか無かった。


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 オリュンポス山地下の広大な会議室。

 かつて賑わっていた場所は今や無人となり、冷たい空気が漂う。

 最盛期の騒がしさはすでに遠く、ただ残されたのは、もはや過ぎ去った栄光の名残だけだった。


 今、部屋にいるのは、ゼウス、ハデス、ポセイドンの三人だけ。

 彼らの存在が、部屋に満ちる緊張感を支配している。


 ゼウスは、重く、圧倒的な威厳を持って言葉を放った。  


「オリュンポスは、ここオリュンポス山にて、最終決戦を迎える。」


 その言葉に、空気が一層緊張した。


「アポロンは、時間稼ぎの役目を果たした。 非戦闘型の幹部はすでに撤退し、我々が敗北しても再興の見込みは立っている。 次の『器』への人格と記憶の継承も完了しているだろう。 だが、今後どうするつもりだ?」


 ハデスの冷徹な問いが、部屋の静寂を引き裂く。


 ゼウスはその問いを一度黙って受け止め、深い呼吸をし、瞳に鋭い光を宿して答える。


「我々の力は広範囲に及び、同士討ちを避けることはできぬ。だからこそ、協力など無意味だ。一人ずつ戦うしかない。」


 ハデスもポセイドンもその言葉に頷き、無駄な言葉を避けるようにして同意を示した。


「それぞれの前で待ち構え、連戦を仕掛ける。それが最善だ。」


 ゼウスが静かに続けると、ハデスは鋭い目つきで答えた。


「確かに。その策ならば、連戦で相手を消耗させることができる。だが、我々が負けるのを前提に準備している現状が、全てを物語っている。今更、二人の少年を始末する理由は何だ?」


 ポセイドンが豪快に、そして皮肉を込めて声を上げる。


「負け戦だと思うなら、あのガキ二人の命にこだわる必要はないだろう?」


 ゼウスの眼光が一瞬鋭くなり、その怒りが部屋を支配する。


「我が数千年の計画を狂わせた罪は重い。他の神々を下したが、奴らは再起を図るだろう。その報いを、我々のメンツのためにも受けさせねばならん。」


 ゼウスの声は低く、冷徹でありながら、その内に爆発的な怒りを秘めていた。


 ポセイドンとハデスも、その威圧に一瞬たじろぎながらも黙って頷いた。

 ゼウスの言葉がその場を支配している。


「……理由は分かった。我が兵を集め、敵と思しき者をオリュンポス本部内で発見次第、迎撃を開始する。」


 ハデスが静かに立ち上がり、言い放つ。


 ポセイドンは少し躊躇いながらも口を開く。


「俺も、武器の最終調整をしてくる。長らく戦闘をしていなかったからな、アレスやアポロンを倒した相手に対して、俺の力では足りないかもしれん。」


 彼の声に自信が感じられるものの、どこか不安が滲んでいた。


 ゼウスは一瞥をくれると、言葉を続ける。


「確かに、アレスはオリュンポス最強の戦士だった。だが、お前もまたそれに匹敵する使い手だと認識している。」


 ゼウスの言葉には、冷徹な評価と共に、無言の命令が込められている。

 ポセイドンはそれに自信を込めた笑みを浮かべて答えた。


「過大評価ですよ、とはいえ、負ける気はありません。

 可能な限り、貴方が戦いやすいよう、体力を削るつもりです。」


 ゼウスは彼の答えに一瞬、微笑を浮かべたが、その笑みは短く、すぐに消えた。


「良い。だが、今回の戦いで我々が敗北することは許されん。 どんな手段を使ってでも、勝利しなければならん。」


 その一言が、全てを締めくくるかのように響いた。


 三人は、それぞれの思いを胸に秘め、決戦の時を待つ。

 オリュンポスの力が、ついに再び動き出す瞬間が迫っていた。


(続く)


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