第11話 八咫の宣告
深い森の静寂が、夜気を裂く風とともに消え去る。
その風は、血の匂いと鋼の痕跡を森の奥深くまで運んでいた。
地面には秘密結社オリュンポスの精鋭たちが無惨にも倒れており、その中心に山中深明が立っていた。
衣服には裂け目がいくつも走り、血が滲んでいるものの、その双眸は未だ鋭く、敵意を孕んでいる。
「これがオリュンポスの精鋭か…」
深明は小さく嘆息を漏らす。
自分の衣が破れたのは、黒鉄師匠に敗れたあの日以来だろうか。
あの敗北は、ただ肉体だけでなく、自分の信念そのものをも裂いた痛みとして今も心に残る。
集団とはいえ、一人一人の力も決して弱くなかった。
自分が敵に回した物の大きさを、改めて実感していた。
そのとき、風が再び吹き抜ける。そして、闇の中から一人の男が現れた。
「いやはや、実に見事だ」
その声は柔らかく響くが、不気味な威圧感が含まれている。姿を現した男は、黒い和装に身を包み、背には異様に大きな扇を携えていた。
銀色に光る長髪が月光を反射し、まるでその場に降り立った異形の神のような威容を放つ。
その瞳には底知れぬ静けさと狂気が混在しており、見る者を無意識に竦ませる力があった。
「貴様は何者だ?」
深明はすかさず構えを取り、相手を睨みつけた。
その男はわざとらしい仕草で手を挙げ、深々と一礼する。
「私は八咫。秘密結社オリュンポスの下部組織、高天原の伝令役だ」
その言葉に、深明の眉が僅かに動く。
高天原――初耳の名前だが、その響きが平穏であるはずがなかった。
「下部組織、だと? 貴様らの手駒がいくら増えようとも、結果は同じだ。」
深明は冷たく言い放つが、八咫はその言葉に微塵も動じない。
むしろ、楽しそうに笑みを浮かべた。
「さすがだな、山中深明。だが、我ら高天原はオリュンポスの下部組織の中でも異質な存在だ。我ら高天原は、お前が守るべき里、築き上げてきた信頼、全てを崩壊させる。それが我らの使命だ」
その宣言は、鋭い刃のように深明の胸を突き刺した。
「貴様らが何を企もうと、私は里を守り抜く。それに変わりはない」
「それでいい。だが、お前が高天原に集中するということは…オリュンポスの秘密を探る時間も、戦う余力もなくなるということだ。それこそが我らの狙いと知りつつ、お前に我らは見過ごせまい?」
八咫は扇をゆっくりと開き、その背を見せるように振り返った。
その背には、何かの文字や文様が描かれているように見えたが、深明にはそれを読み取る時間はなかった。
「オリュンポスの最期を担うのは、私ではない。他の者にその役割を譲ろう」
八咫は理解した。
深明の言う「他の者」とは――権や正一のことを示しているのだろう、と。
「随分高く評価したものだ。彼らはまだ…」
「まだ未熟だ、と言いたいのか?」
深明が言葉を先取りする。
八咫は薄ら笑いを浮かべたまま続ける。
「そう、未熟だ。そしてその未熟さ故に、目的を果たすこと無く命を終えるでしょう。我らが上位組織オリュンポスの幹部、デュオニュソス様を倒す事など出来はしない!」
深明は言葉を返さず、構えを解く。
これは宣戦布告だ、眼の前の男に戦う意思はない。
「ではまた、会える日を楽しみにしています。」
短く言い放ち、八咫は立ち去る。
深明はその場から去る八咫を追おうとはしなかった。
追ったところで、この戦いは終わらないと直感していたからだ。
そして彼は、里の者たちに迫る嵐に備えることを決意する。
――だがその背中には、かつての迷いと怒りが残されたままだった。
(権、正一…お前たちがどこまでやれるか、見届けさせてもらう。だが、その背負った重さがどれほどのものか、分かっているのか?…いや、それでもいい。お前たちにしか見えない景色が、必ずあるはずだ)
夜風が吹き抜ける中、八咫の笑い声が森に響き渡っていた。
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