第6話 雷人里襲撃編3

 少年達は木を盾代わりに敵の攻撃を凌ぐ。

 幾ら木々を薙ぎ倒せる力があっても、間に挟むことでクッション代わりになるし、目眩ましにも充分活用できる。


 その隙を使って、2人は掌の中に「光る球」を作り出し、徐々に大きくさせていた。


「あれは『球電現象』か!落雷時に発生する空気のプラズマじゃ。ホモ・ライトニクスはそんな真似もできるのか!!」


 博士は凝視しながら、独り言のように続ける。


「いや、待て……これは単なる自然現象ではないな。恐らく、高電圧の放電が周囲の空気中の窒素や酸素分子を電離し、自由電子とイオンを生成しているのだ。さらに、掌の構造でそのイオン化した空気を閉じ込め、磁場で保持しているのか……!これが制御されたプラズマ生成なら、完全に人工的な技術じゃ!! 」


 新たなデータに興奮を隠さない博士。

 身を乗り出し危険地帯に足を踏み出そうとする博士を、助手である小林が慌てて止める。


「だが、そんなものでワシと小林君の対雷人戦闘鎧A.L.Aは止められん!作り出す前に叩き伏せてしまえ!!」


「さっきからホモ・ライトニクスって呼ぶのうっせーんだよ、俺たちゃ人だ!それにな、山中流やまなかりゅう奥義舐めんじゃねぇ!」


 権が再度、博士に吠える。

 権は掌に生まれた球電を、両手で押し出すように投げた。

 その軌跡は一筋の閃光となり、対雷人戦闘鎧A.L.Aの胸部装甲に直撃した。


「球電砲! 」


 対雷人戦闘鎧A.L.Aは、その威力に大きく弾け跳ぶ。

 宙を浮かんで木々を薙ぎ倒していく。


 だが、ゴムの皮膚が大きく焼け焦げただけで、まだ戦闘不能に至った様子はない


「真正面から当ててもゴムの皮膚の装甲は跳ね返す!無駄な努力ご苦労さまじゃ!! 」


 博士は嘲笑う


「それはどうかな?球電砲!! 」


 対雷人戦闘鎧A.L.Aが吹き飛ばされた先に待ち受けていたのは、正一。

 最初から彼の方角に吹き飛ばす事を狙って、権は角度を調整して一撃目を放っていた。


 正一の球電砲が、ゴムの皮膚の薄い弱点部である顔面を捉える。

 対雷人戦闘鎧A.L.Aは、今度こそ動かなくなった。


「ふむ、一体破壊されてしまったか、まだまだ改良の余地はあるのう」


 博士が指を鳴らすと、闇の中から次々と対雷人戦闘鎧A.L.Aが現れた。

 その数、10体──いや、奥にはさらに待機している気配がある。  


「在庫はまだまだあるぞ?」


 博士は余裕の笑みを浮かべた。


 たった一体破壊するのに、文字通り血を吐くほど手こずった相手が、残り11体以上。

 他の場所では、まだまだ「在庫」が暴れているかもしれない。


 少年達の心は折れていなかったが、明らかに戦力差に開きがあった。

 何より身体は限界を超えていた。


 それでも、倒れるわけにはいかない──彼らには守るべきものがあった。

 権は震える膝を叩き、吐いた血を手で拭いながら、心の中で自分に言い聞かせる。

 

「まだやれる」


 笑う膝を叩き、立ち上がろうとする2人を、何者かの手が抑える。

 2人には、覚えのある掌の感触だった。


 不意に、絶望的な戦場に一筋の風が吹いた。

 その風は、2人の心に灯りをともすような、確かな存在感を持っていた。


深明しんめい先生!」


 彼の姿を見た瞬間、少年たちは思わず声を上げた。


「2人でよく抑えてくれた、後は私に任せなさい」


 2人は頷くと、素直に後ろに下がる。


「ホモ・ライトニクスが一体増えたか」


 怨寺博士は新たに現れた敵を見据え、その存在を冷徹に分析する。

 視線には微かな苛立ちが滲んでいたが、全体の状況を見渡す冷静さは崩れていない。


「まあ、この物量差であれば押し切れよう」


 博士は自信に満ちた声で続け、数的優位を信じていることを周囲に示す。

 その言葉は、彼の指揮下にいる者たちにとって命令以上の確信を与えた。


「いけ」


 博士が軽く手を振ると、”A.L.A”たちが無言で前進を始める。その一糸乱れぬ動きには、人間離れした威圧感が漂っていた。

 博士が指示を出すと、一斉に”A.L.A”が襲い掛かってくる。

 深明しんめい先生と呼ばれた壮年の男は、ゆっくりと動いてその全ての攻撃を躱していく。


「どうした、儂らの目にも移る速度しか出ておらんぞ! 」


 怨寺おんじ博士は焦りの色を滲ませつつも、威圧的な声を張り上げる。

 彼の視線は緩慢に動き回る深明を追っているが、その動きに”A.L.A”達がついていけない苛立ちが表情に現れていた。


「何故一人も攻撃を当てられん!! 」


 博士は手を振り上げながら叫び、A.L.Aの無能さに対する怒りを爆発させる。

 その怒声が場を震わせる中、深明しんめいは静かに一歩前に出た。


「人間の視野は、スピードが上がれば上がるほど狭くなる。」


 深明は冷静な声で博士の問いに応じ、その言葉の一つ一つが博士の耳に鋭く刺さるようだった。

 周囲の動きが一瞬止まり、彼の説明が場の空気を支配する。


「つまりは死角が増え、私を見失いやすくなる。」


 深明は軽く身を翻しながら言葉を締めくくり、その動きにA.L.Aたちは一層混乱している様子だった。

 彼の自信に満ちた態度は、敵の士気を削ぎ、博士の焦りをさらに煽っていく。


「高速道路で起こる現象と同じか!じゃが、避けてばかりでは勝てんぞ!!」


 博士が自信たっぷりに言うや否や、深明はA.L.Aの腹部に拳をそっと置いた。

 その動きは滑らかで、まるで敵に攻撃を加えたようには見えないほどだった。


 深明が少し動くと、まるで糸が切れた人形のように、一体のA.L.Aが倒れた。

 その巨体が地面に沈む音が響き渡り、周囲の空気が一瞬で静まり返る。


「正しく打てば、衝撃は内部まで通るもの」


 深明は無表情で言葉を紡ぎ、その視線は博士を真っ直ぐに捉えている。

 彼の声には確信が込められていた。


「これを、君達は浸透勁と呼ぶのだったかな?」


 そう言いながら拳を軽く振り、わずかに血管が浮き出た手を見つめた。

 その仕草には、戦闘技術への深い理解と、圧倒的な自信が感じられた。


「なるほど、そんな単純な原理で……貴様、まさかただの衝撃波で対雷人戦闘鎧A.L.Aを倒せると思っているのか!」


「そのとおりだ」


 深明は静かに答えるが、その瞳にはかつての記憶を思い出すような遠い光が宿っている。

 口調は落ち着いていたが、その奥には何かしらの感情が滲んでいるようだった。


私達わたしたち雷人らいじんを倒すのにこんな大仰なものは必要ない」


 彼は博士の作り上げたA.L.Aを一瞥する。

 装甲の厚さや身体の大きさの威圧感が目を引くが、その全てが深明にとっては無意味に思えるようだった。 

 彼の視線には嘲笑すら感じられる。


「かつて唯一私を倒した人間も」


 深明しんめいの口元が一瞬歪む。

 懐かしさと屈辱が交じり合ったような表情が浮かび、彼の胸中にはかつての出来事が鮮明に蘇っているかのようだ。


雷人らいじんでは無い武道家だった」


 その言葉に込められた重みは、周囲の者たちにとって理解しがたいものだった。

 深明にとって、それはただの過去の敗北ではなく、己を形作る転機であり、今の彼を生み出した原点だったのだ。


 深明は、向かってくるA.L.Aの拳を僅かに動かすと、一回転させて別の個体にぶつける。

 それだけで2体が動かなくなった。


「科学の力が人を超える?それはただの道具だ」


 深明は、あくまで緩慢な動作でA.L.Aを倒しながら宣言する。


「本当の強さは、人の身体に刻まれた技の極みにある──私を倒した、黒鉄鉄貴くろがねてっき師匠の言葉だ、覚えておくと良い。」


 ゆっくりした動き、力を感じさせない動作、山中深明の技の冴え。

 それは雷人らいじんの俊敏な動きや単純な腕力とは違う、完成された武道家の動きだった。









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