第4話 雷人里襲撃編2

「助けて!」


 裂けるような悲鳴が、夜の森を震わせる。

 その声に混じる子どもの泣き声は、まるで命乞いのようだ。煙が視界を覆い、燃え盛る炎が夜を赤黒く染め上げていた。


 今、戦える大人の男が出払った隙を突いて、雷人の里は襲撃されていた


 国際条約で製造が禁止された対雷人を想定した兵器__対雷人戦闘鎧アンチサンダーマンアーマー__によるものだ


 燃え盛る森から立ち上る黒煙を背景に、怨寺博士の笑い声が森全体に響き渡った。

 その笑顔は狂気そのものだった。


「そうだ、殺せ!対雷人戦闘鎧アンチサンダーマンアーマー!通称雷人、学名ホモ・ライトニクス共を一人残らず!!」


 愉快そうに笑みを浮かべていた。

 地獄のような惨状の中で、その男はそれが楽しいことであるかのように。


「お前だな!里をこんなにしてくれたのは!!」


 そこに現れたのは二人の少年。

 戸籍を認められない、ホモ・サピエンスとは違う知性持つ類人猿。

 権と正一である。


「出たな、ホモ・ライトニクス。あやつらを縊り殺してしまえ!!」


 怨寺博士はあらん限りの声で叫び、自らの下僕に命令を下す


 2体の大男が木の上から落ちてきて、権と正一を掴まえにかかる。

 2人は俊敏な動作で躱してから敵を蹴り飛ばす。


 ”戦闘鎧”の持つゴムの皮膚の弾性に、2人の攻撃は敢え無く弾かれた。


 自身の攻撃の威力で吹き飛ぶ2人。

 咄嗟に受け身を取り難を逃れる。


「お前たちの強みは、人類の持ち得ぬ俊敏性、そしてあらゆる機械を破壊する磁力、自然界の雷に匹敵する発電能力!」


 博士は語りだす。

 まるで、子供がおもちゃの性能を喜んで親に語り聞かせるかのように。


「あの時、お前たちが奪ったのだ…妻と息子を。」


 怨寺博士は歯を食いしばり、その顔を歪める。

 目の前に広がる残酷な現実に、心の奥底から湧き上がる憎悪を抑えることができない。


「だからこそ、これを作った。」


 その言葉には、怒りと共に冷徹な決意が込められていた。     博士は両手を広げ、目の前に立つ”戦闘鎧”を見つめる。


「お前たちを絶滅させるためのものだ。」


 その言葉とともに、博士の瞳に燃え上がる復讐の炎が映し出される。

 放電を放つ、だが効いた様子はまるでない。


「一撃で倒せないゴムの皮膚…!」


 権は、自分が口にしたその言葉が意味する事を理解して、戦慄する。

 自分達の持つあらゆる攻撃が、通じにくいということだ。

 身長3mを超す大男が、14歳の少年2人にのそりと近付く。


 逃げて振り切る事はできる。

 だが、それでは里を守れない。

 女子供が、まだ逃げ遅れている。


 家族に等しい間柄の、数少ない同胞だ。

 彼女ら、子供たちを見殺しにする事は、家族を見殺しにする事と同義だ。


 目の前の絶望的な状況に、権は一瞬足がすくみそうになる。だが、思い出すのはあの笑顔。

 家族を守るためには、この戦いを終わらせなければならない。


 だから2人の少年は、戦う肚をもう一度括った。

 これ以上、目の前の悲劇を広げぬ為に。


「ウォォォ!」


 権が戦闘鎧に連打する。

 権が蹴りを放つが、鎧はその衝撃をまるで無視するかのように弾き返す。

 次の瞬間、反撃の右フックが権を狙い、間一髪で躱すも、隣の木が粉々に砕け散った。


「遺伝子工学を用いた筋肉が、これほどの力を…!」


 当たれば重症は免れない、その事実に権は戦慄する。


 2人は連携し、敵の攻撃を権が引き付けながら、正一が背面から直接触れて電流を流す。


 現実は虚しく、2人の攻撃は皮膚の表面を少し焦がしたり、多少の打撃ダメージを与えただけだ。

 戦闘継続不能な程の、致命的なダメージには程遠い。


「対雷人戦闘鎧が、ホモ・ライトロニクスに対して、メスのみならず、それなりに戦闘訓練を積んだオスにも有効というデータが取れた!お前達には例を言うぞ!!」


「お前はなんだ!ホモ・ライトロニクスだ、メスだオスだと、俺達を動物のように言いやがって!!」


 権が怒りに吠える。

 その間にも、正一と協力して、一体の”鎧”に同時に飛び蹴りを繰り出している。

 俊敏さに慣れてきたのか、”戦闘鎧”が2人の蹴り足を掴んだ。


 ジャイアントスイングの要領で、権と正一は木々を何本も折りながら、遠くに投げ出されてしまう。

 明確なダメージを貰ってしまった。

 2人は、口の端から血を垂らしていた。


 2人は、内臓が傷付いていてもおかしくない。


「そうだ、お前達は動物だ!南米大陸を発祥とし、偶然姿が似ただけの、遺伝子の違いにして5%もの有意な差が見られる類人猿!お前達は私が絶滅させてやる!!」


 暴走した復讐鬼は止まらない。

 博士は指先で指示を出すと、戦闘鎧に追撃させる。


 権も正一も、全力で躱す。

 反撃した所で、有効打を与えられる訳では無いと結論が出てしまった。


 先程のジャイアントスイングのダメージも残っている。

 だから、回避に全精力を傾けるしかなかった。


 ただし、それでは時間稼ぎにしかならない。


 策はある。

 雷撃で、打撃で、有効打になりそうな場所には目星をつけてある。

 その場所に、自分達の持てる最大火力を叩き込む。


 最後の一瞬、二人は全身を震わせながら集中する。

 雷撃が、今まさに彼らの手の中に宿ろうとしている。

 これを外したら、もう二度と帰れない。


 僅かな勝機を掴むため、少年達は足に力を込める


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