第3話 雷人里襲撃編
「パトロンの皆様方、お集まり頂きありがとうですじゃ。"
説明する人物は老練な研究者のようで、どこか厳格ながらも興味深げな口調で話し始めた。
「彼らは、体内の筋肉組織で発電を行い、電解液質の体液で、蓄電する構造を持った生物ですじゃ」
その言葉には疑う余地のない確信が込められており、彼が長年この存在を研究してきたことを物語っていた。
暗く広い部屋の中、プロジェクターで研究発表が行っている。
何かの学会のようにも見える。
だが研究の発表を行っているのは、一人だけ。
聴衆をよく見ると、メディアで見掛ける顔が何人もいる。
企業の社長であったり、政治家であったり、いずれも社会的な立場のある人間だ。
「我々ホモサピエンスの祖先は、南アフリカの地で産まれましたが、"雷人"の祖先は南アメリカの類人猿と見るのが妥当ですのう」
スクリーンに移されるのは、南アメリカ・南アフリカ双方の地図。
そして、その地図と線で繋げられた、2種の類人猿の写真
「……以上のように、類人猿と言っても、我々と雷人の祖先では、多くの異なる特徴を持ちますじゃ」
研究者は指先で資料を示しながら、慎重に言葉を選ぶように語った。その姿は長年の研究による確信と責任感に満ちていた。
「また、現在時点で我々と雷人の遺伝子情報には、5%も違いが認められました」
彼は続けて、遺伝子の解析結果について説明を加えた。その数値が持つ意味の大きさを、聞く者に訴えかけるような声だった。
「現在の我々と雷人が、容姿の上で似ているのは、偶然似ただけですじゃ」
その言葉に、部屋の中の空気が少し変わったように感じられた。共通点があるかに見えた両者が、実は根本的に異なる存在であると示されたからだ。
バンッ、と
参加者の一人が、机を叩いて立ち上がる。
「学問なんてどうでもいい!俺はただ、あいつを倒したいんだ! 」
「落ち着きなされ、これもまた"
研究者は手を軽く振りながら、焦る様子を見せる相手をなだめるように言った。その声には冷静さと確信が混じっており、周囲を安心させる力があった。
「しかしながら、長らくお待たせしてしまったのも事実」
彼は申し訳なさそうに小さく頭を下げながらも、次の段階への準備を進めるため、視線を部屋の片隅に立つ助手へと向けた。
「小林助手、例のサンプルを連れて来てくれるかのう? 」
小林助手と呼ばれた若い男性は、短く返事をしてすぐに部屋を出ていった。
研究者の落ち着いた指示のもと、事態が動き出す感覚が場に広がった。
助手は一礼すると、どこかへと行き、帰って来た時にはがんじがらめに縛られた人物を連れてきた。
いや、人間ではない。
前回の事件で焼死体を築き上げた、サトシを名乗る雷人だ!
「彼は雷人の一人、サトシ。発電能力を用いて焼死体を築き上げた、残虐なる殺人生物です。警察の上層部との引き渡し交渉に成功しました!」
博士がサトシを紹介すると、会場内は一瞬静まり返った。
だが次の瞬間、傭兵たちが銃を構える音が、緊張を一気に引き裂いた。
「では傭兵諸君、そこの雷人を撃ちたまえ。」
博士の命令に、待機していた傭兵達が照準を定める。
そして、サトシに向かって一斉に射撃する。
しかし、どういう事だろうか?
身動きが取れないサトシに、十名の一斉射撃が当たらない。
「チクショウ!寝てる相手に何故当たらない!!」
傭兵のリーダーが怒鳴る。
「んーなんだよ、この状況? 」
今まで眠っていたサトシが、射撃音で目を覚ます。
「周知の事実ですが、このように雷人には近代兵器は通用しません」
研究者は冷静に続けて説明を始める。
彼の表情には、普段から触れ合ってきた知識に対する自信と、目の前の事実に対する冷徹な認識が見て取れる。
「彼らの骨が、電磁石のコイルの役割を果たし、強力な磁場を形成しているからですじゃ」
その説明が終わると、研究者は一度静かに息を吐き、次の段階に進む準備を整えている様子だった。
「てめえら下等種族のオモチャで、俺らを傷つけられると思ってたなら、随分と見くびられたもんだな?」
サトシはその言葉を、冷たく挑発するように投げかけた。彼の眼差しには、相手を見下すような強い意志が宿っており、声には明確な侮蔑の響きが含まれていた。
彼の不遜な態度が、部屋の空気をさらに重くし、緊張感を生み出していった。
サトシの体内で、急速に発電が行われ、強力な電流が手首に流れ込んでいく。
そしてサトシを縛っていた縄が、電流に耐え切れずに急激に焼き切れた。
「ほほう、電熱器と同じ原理じゃな!我々より、皮膚の耐熱性も高いらしい! 」
「余裕ぶってるんじゃねぇよ、クソジジイ!今からこの場にいる全員、焼き殺してやろうか?」
サトシの脳裏に映るのは、まず子供の頃に虫を解剖した記憶。
次に家畜、最終的に人間と、エスカレートした子供の欲望。
産まれ持った性能ゆえに、誰も止めることができなかった。
権と、遭遇するまでは。
今のサトシにとって、人間も虫も変わりは無かった。
そして、サトシの残虐な発言に聴衆がたじろぐ。
「参加者の皆様、ご安心ください」
研究者は穏やかな笑みを浮かべながら、聴衆に向けて話し始めた。その言葉には、次に続く発表への自信が滲んでいる。
「我が発明品、
博士が紹介した”発明品”は、ゆっくりと歩きながら登場した。
それは、異様な人型だった。
まず、3メートルはあろうかという巨体。
服は着ておらず、髪の毛や生殖器官は見当たらない。
そして、筋肉は異様に発達し、皮膚は黄色く非常に分厚い。
まるで人間から、戦闘に不要な部品を外したような、そんな印象を受ける生物だ。
「たかがウドの大木一匹、すぐに丸焼きにしてやらぁ!」
サトシが怒りに任せて放電を放つ。
しかし、鎧を纏った巨体は微動だにしない。
「耐電性か……いや、あれはただのゴムじゃないな」
そう、聴衆の一人がつぶやく。
「放電を止めた位で、イイ気になってんじゃねぇ! 」
石の床が砕け、目にも止まらぬ速さでサトシが突貫する。
建物全体を揺らすような衝撃が、謎の人型を襲う……だが!
「なんだ、今の感触は!? 」
なんと弾き跳ばされていたのは、殴ったサトシ自身。
人型は、平然と立っている。
「参加者の皆様、今の高速移動の原理ですが、筋肉に強い電流を流すと…… 」
博士は、研究発表も同時に進めていた。
サトシの事など、まるで眼中に無いかのようだ。
「俺を無視してんじゃねぇ、下等種族ども! 」
無視された事に苛立ち、サトシは博士に向けて放電を行う。
しかしその放電は、博士を守る
「
博士は静かに語りながらも、その目は確かな自信に満ちていた。周囲の注意を引きつけるように、声に力を込める。
「雷人の放電攻撃に耐えるため、遺伝子改造により、皮膚にゴムと同じ性質を与える事に成功しました」
その瞬間、スクリーンが突然落ちる。サトシが発生させた強力な磁場の影響だ。
博士は予期していたかのように、淡々と紙の資料を手に取りながら説明を続ける。
「即ち、高い耐電性と高弾性能力です」
博士は冷静に説明を続ける。目の前でサトシが放電を繰り返している中、彼の声には微動だにしない確信が込められている。
「後者は、直接的な衝撃に対しても、高い防御能力を実現します」
その言葉に、サトシの表情がわずかに硬くなるのを見逃さなかった。博士はさらに強調するように続ける。
「実験では、LAHAT(対戦車砲)の直撃にも耐えました」
「離せよオラ!下等種族ごときが、イキッてんじゃねぇよ!! 」
サトシは強く蹴っているが、
サトシの骨が折れる音が、部屋中に響いた。
自身の腕が捻じ曲げられた痛みに恐怖し、サトシは悲鳴を上げる。
「悪かった!もうお前らを苛めたり、殺したりしないから、コイツを止めてくれ!! 」
サトシの顔に一瞬、狂気のような笑みが浮かぶ。
「許さんよ」
その声は低く、震えが混じっていた。
恨みと怒りが、彼の言葉の中で渦巻いているのが伝わってくる。
「お前は20年前、ワシの妻子を殺した犯人だと調べはついておる」
拳を握りしめ、彼の視線は鋭くサトシを捉えた。
「二人の苦しみを、その身で味わいながら死ね」
サトシは絶叫を上げながら、手足を一本ずつ折られていく。
「雷人がこうも一方的に!この兵器の性能は素晴らしい!! 」
聴衆達が、立ち上がって手を叩く。
だが、その喝采に水を差すように、聴衆の中から一人の声が響いた。
「雷人を滅ぼすのが、果たして最善の選択なのか?」
博士は目もくれず、笑みを浮かべる。
「学問的に見れば、最善かどうかは些細なことですじゃ」
博士は、自慢の発明品の説明を続ける。
博士は深く息を吸い込み、計画の実現に対する確信を感じているようだった。その目には冷徹な光が宿っている。
「現時点では、生産コストは高くついてしまいます」
少しの間を置いて、彼は更に続けた。
「量産化の暁には、現時点の10分の1に抑えられる見込みです」
その言葉には、すでに次の段階に向けての準備が整っていることが感じられた。
「それでは次の性能実験として、一つ奴等の里を滅ぼしてみせましょう!」
その言葉はまるで宣告のように響き渡った。
怨寺博士の目には、聴衆の姿すら写っていなかった。
博士の目に映るのは20年前の過去、妻と子を無惨に殺された「あの日」のみだ。
博士の口角が持ち上がる。
人の悪意が、牙を剥きはじめた。
(第二話 終)
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