天国へのオレオレ詐欺

貴音真

太郎とおばちゃん

〈5月7日〉


 男は電話をかけていた。


「もしもし?お婆ちゃん?だけど。」


「もしもし?…その声は太郎かい?」


「えっ!?」


 この男の名は太郎だった。

 近年では決して多くいる名前ではない自身の名を呼ばれ、男は少し動揺していた。


「どうした?太郎?」


「…ううん、何でもないよ。そうそう、オレだよ、太郎だよ。ところで、お婆ちゃん、オレさ…」


「そうかい!やっぱ太郎かい!懐かしいねえ!あんたと話すのは確か…9年ぶりだったかねえ?」


 電話の向こうのは、9年ぶりというの電話に喜び、男の話を遮って嬉しそうに言った。


「あ、うん。お婆ちゃん、長いこと連絡してなくてごめんね。お婆ちゃん、俺さ…」


「さっきからお婆ちゃんお婆ちゃんって気持ちわるいね。昔みたいにと呼びな。あんた一昨日で三十歳さんじゅうになったからって、あたしにまでことはないよ!」


「なっ!?どうしてそれを!………あ…いや…うん、わかったよ。…おばちゃん。」


 自身の話を再び遮った電話の向こうのの言葉に、男は明らかに動揺していたが、なんとか会話を続けていた。

 男の誕生日は5月5日…そして、確かに男は三十歳になったばかりだった。


「…そうそう、それでいいんだよ。…そんで、今日はどうしたんだい?」


「あ…う、うん。実は―――」


 男はまだ動揺を隠せずにいたが、途中で二度遮られたを再び実行に移した。


「―――という訳なんだ…おばちゃん、助けてよ…」


「………」


「こんな話、誰にも相談出来ないし…おばちゃんしか頼れないんだよ…頼むよ、おばちゃん…」


「…ごめんな、太郎。おばちゃんは助けることは出来ないんだよ。どうしてなのか、太郎ならわかるだろ?」


「そんなこと言わないで頼むよおばちゃん!おばちゃんがどうにかしてくれないとオレ逮捕されちゃうよ!…今回だけだからさ、頼むよ…」


「………いいかい太郎?よく聞くんだよ?これはあんたが13歳の時、あんたのお父さんが…健一が死んで少し経った頃にも話したことだよ。」


「っ!?」


 電話の向こうのの言った通り、男の父の名は健一で、13歳の時に亡くなっていた。


「人生ってのは辛いことばかりじゃない。かといって楽しいことばかりでもない。だからこそみんな、少しでも多く楽しい思い出を残せるように頑張っているんだよ。太郎、健一は頑張っていただろう?自分がもうすぐ死ぬっていう時にも辛い顔一つ見せず、生まれながらに母親がいないあんたがさみしくならないように、少しでもあんたと一緒に楽しい思い出を残そうとしていただろう?…太郎、あんたは今、辛いことから目を背けているんだよ。確かに、辛いことを受け入れることは簡単じゃない。大人だって嫌なことから逃げたいと思うことはある。…でもね太郎、それは人生から逃げているってことなんだよ。人生から逃げるということは、辛いことだけでなく、楽しいことからも逃げているってことなんだよ。わかるかい?…あんたのお父さんとお母さんはね、太郎。どんなに辛くても、どんなに苦しくても、どんなに楽しくても、どんなに嬉しくても、良いことも悪いことも、真っ正面から受け止めて、清々しく生きていって欲しい。そんな想いを込めて、あんたに太郎と名付けたんだよ。二人はもういないけど、あんたの名前には二人の想いが込められているんだよ。太郎、人生から逃げちゃいけないよ―――」




〈5月8日〉


「…以上が、自分が自主をするきっかけとなった電話です。」




 男は警察署にいた。



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天国へのオレオレ詐欺 貴音真 @ukas-uyK_noemuY

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