雨
星咲
第1話
「司…?」
躊躇いがちな声が聞こえた。しかし、司は顔を空に向けたままだった。
「…オイ!濡れてんぞ!司!」
今度は少し慌てた様な声がして、司は誰かに強く腕を引かれた。
「…健斗か…」
やっと顔をその人物に向けると、同じサッカー部の親友の健斗だった。そして、いつの間にか雨に打たれなくなっていることにも気がついた。健斗が傘に引っ張り込んでくれたらしい。
「どうしたんだ?こんな土砂降りの中突っ立って空を見上げてるとか…」
「…」
司は答えず、びしょ濡れの顔にただ、笑みを浮かべた。健斗は口をつぐみ、司の腕を掴んだままゆっくりと歩き出した。
(変な奴だと思ったかな?)
司は心の中で苦笑した。
感情はもうだいぶ落ち着いていた。天野さんに振られたときは、恥ずかしさや悔しさで消えてしまいたいと思った。明日、ぎこちなくなってしまうのか、と思うと悲しすぎて泣けてきた。天野さんが教室を出ていったあと、思わず涙が溢れてきて自分に驚いた。告白なんかしなきゃ良かったと思った。その後、部活に行く気にもなれず、そもそもどこでやっているのかも分からず、ボーッと教室の中で自分の椅子に座って窓の外を眺めていた。
ボーッとしていて、思い出したことがあった。天野さんの言葉。一緒の委員会になれて、嬉しくて話しかけた時のことだ。
『あまのさん、これからよろしくね!』
『うん!ちなみに私、あまの、じゃなくて、あめの、なの』
『そうだったのか!ごめん』
あめ、の、不思議な響きだった。
『ううん。はじめての人はみんな間違えてるから』
天野さんはそう言って可笑しそうに笑った。その表情は、何故だかとても嬉しそうだった。
「健斗…?」
「ん?」
「雨って良いよな」
呟く様に言う。
「…」
健斗は何も答えない。けれど気にせず、司は傘の外から雨の降る空を見上げた。灰色の空が重く、垂れ込めている。雨は降り止む気配を見せない。
「雨ってさ、全部洗い流してくれるよな。泥でまみれた葉っぱとか、車とか、全部」
(天野さんみたいなんだよなぁ…)
笑った天野さんの笑顔とか、なんかもう清々しくて。部活内で荒れた奴がいて気分が落ち込んでたとき、その笑顔を見たら、全部吹っ飛んでしまったんだ。楽しそうに瞳を輝かせて笑う天野さんに、つられて口角が上がってしまった。
「…俺、あめ、好きだわ」
隣で健斗が自分の方を見たのを感じる。
「明日、また新しい気持ちで頑張れる気がするから、さ」
司は健斗の目を見てニカッと笑った。
「…ああ」
健斗は、小さく頷いて苦笑した。
(あめ、の…)
心の中で最後に呟く。告白した事を後悔したりしない、恥ずかしいだなんて思ったりしない。だって本当に好きだったんだ。なんて言い切るのは格好を付けてみただけ…。本当は、まだ言わない方が良かったんじゃないかと思っている自分がいるのを知っている。人間臭さが格好悪いなぁ、と思うけれど。この気持ちは天が流してくれるはず。次の日の自分の気持ちはきっと春の清々しい野原の様かな。
雨 星咲 @mafuyu0517
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます