第17話 どうすればいい?
僕の手の中で、いつの間にかデジカメが動画の再生を終えていた。
誰もが、誰かが話し出すのを待っているような雰囲気だった。とうとう、アキが口を開いた。
「俺たちさ、マジで異界に向かってるんじゃ……ないよね?」
うつむいたまま、上目遣いで僕たちを順番に見る。
「アメリカで行方不明になった人たちもさ、マジで異界に行っちゃって、戻れなくなっちゃって、こんなズタズタになった服だけ残っててさ。それを異界に住んでる何かが、俺たちに見せるために持ってきたなんてこと……」
「アキ、お前バカじゃねーの?」
ナルがアキの右肩を軽く揺さぶった。「この服は異界から来たっていうのかよ」
「じゃなかったら、どこから来たんだよ!」
「いや、だからさ……」
「つーかさ、異界に行こうって言ってたのはナルじゃんかよ!」
アキの声が甲高く裏返った。
「皆、おかしいと思ってないのか? さっきから妙に寒いよな? 6月なのに、入ってくるときはあんなに暑かったのにさ、変だろ? さっき見た影だって、どこにもいなくなってんじゃん! 非常ドアの扉だって開かない! 何もないところから服が出てきた! 何かおかしなことが起こってるんじゃないのか!? 下に行くにつれておかしくなってるんだよ!」
「アキ! やめろよ!」
僕は思わず大きな声を出した。アキは怒った顔で口をつぐむと、突然つかつかと歩き出した。窓の方だ。カーテンもブラインドもない、薄汚れたガラス窓が、何もない壁にずらっと並んでいる。
アキは窓の前に立つと、鍵を外し、窓を開けようとした。
窓は動かなかった。
彼の意図を察したらしいナルが、同じ場所に駆け寄る。他にロックがかかっていないかどうかを確認すると、「ふたりで引っ張るぞ」とアキに声をかけた。
「せーの!」
やっぱり開かない。
ナルもアキも、決して力がない方じゃない。僕たちは確かに大人じゃないが、サッシひとつ開けられないほど非力な子供でもないはずだ。
「他の窓も確かめよう!」
僕も窓辺に走った。フロア中の窓ガラスの鍵を外し、開けようと引っ張ってみたが、開く窓はひとつもなかった。まるで誰かがイタズラのために壁にくっつけた偽物のように、びくともしない。
窓の外には、通りを挟んだ向かいのビルの屋上が見えた。タバコを吸っているスーツの男の人がいる。
「おーい!」
ナルがそちらに向かって大声を上げた。「助けてくださーい!」
この距離で、声が聞こえるかどうかはわからない。が、男の人はまるで無反応のように見えた。ナルの姿が見えていないみたいだ。僕もナルの隣に駆け寄って、一緒に声を張り上げた。
「おーい! 聞こえませんかー!」
やはり何の反応もなかった。ナルが肩を落とし、手の甲で汗ばんだ額をぬぐう。
僕は窓ガラスに耳を当ててみた。何の音もしない。
ここは地上6階。高いと言えば高いが、車の音も、人の声も全然まったく聞こえないというのは少しおかしい。赤色灯を点灯させた救急車が走ってくるのが見えたが、そのサイレンの音もまったく聞こえなかった。
「竜野くんと成沢くん、どいて!」
いつの間にか背後に大友さんがいた。斜め掛けにしたカバンから細長いものを取り出す。なんと、小さめのカナヅチだ。驚いている僕たちを後目に、彼女はカナヅチの頭をガラスに叩きつけた。
ガン! と凄い音がした。
ガラスは割れなかった。金網も入っていない普通のガラスなのに、ヒビすら入らない。大友さんは窓ガラスとカナヅチを見比べてから、もう一度窓ガラスに叩きつけた。
やっぱり割れない。
「おいタツノ! 異界から戻るにはどうするんだ?」
ナルが食って掛かるような勢いで僕に言った。「何かあるんだよな!?」
僕は亮ちゃんとの電話を思い出していた。亮ちゃんに送ってもらったデータも、それをプリントした紙を何度も見た記憶も、頭の中ですべて浚った。
「ない……」
そう答えるしかなかった。
「なんだって?」
「ないんだよ、ナル……皆にも本のコピーを見せただろ? 異界については、ほんとにあれだけしか書いてないんだ」
ナルは両目を怖いほど見開いて僕を見ていた。保育園で出会ってから8年、ナルのこんな顔は今まで一度も見たことがなかった。
「何で!?」
背中の方でアキが叫んだ。
「じゃあ俺たち、どうすればいいんだよ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます