第4話 探検の仲間
かくして、僕たちの教室に「異界探検ツアー」のポスターが貼られることになった。
その日、1時間目と2時間目の間の短い休み時間に、さっそく
アキは背が高くて、顔立ちもそこそこ整っている。おまけに3人のお姉さんがいて、そろって弟をかっこよくしようと奮闘しているそうだ。その甲斐あってアキは、見た目はオシャレなイケメン風に育っている。
ただし、小学6年生にもなって僕に「悪魔を呼び出す儀式のイケニエってダンゴムシでいいかな?」と聞いてくるくらいだから、中身はナルとそう変わらない。ちなみに結局悪魔は現れず、アキはダンゴムシ数匹をコップに入れたまま部屋に放置して、お母さんにいやと言うほど叱られたそうだ。
「で、異界って何があんの? 宇宙人とか来んの?」
アキはグイグイ質問を浴びせてくる。こいつの異界観はどこかおかしい。
嬉しそうなナルとアキに、僕はもう一度釘を刺しておくことにした。こいつらは僕と違って、魔法陣が本物だと信じているフシがある。もしも魔法陣が効かず(たぶん効かないだろうが)、異界への扉が開かれなかったとき、ふたりは理不尽に僕を責めるかもしれない。
「改めて言っとくけど、あの魔法陣はフィクションだからな。作り物なの! 小説家が、自分の小説に出てくる国にリアリティを持たせようとして、自分で作った魔法の書に載ってたやつだからな! ハリー・ポッターに出てくる呪文を唱えて、魔法が使えた奴がいるか? いないだろ?」
僕がそう言うと、アキは真面目な顔になって反論した。
「いや、それは俺たちに魔力と魔法の杖がないからかもしれない。魔力のある奴がそれに適した道具を使って試した上でダメだったっていうなら、ハリポタの呪文は偽物だって認めてもいいけどさ」
確かに、実験とはそうやって行うものかもしれないが……アキは変なところで理屈っぽい。
「よしんばハリポタの呪文が本物だとしても、例の魔法陣は偽物だよ」
「またまたぁ! 本物かもしれないってウワサがあるんだろ!? 朝、ナルから聞いたぜ」
アキの横で、ナルがニヤッと笑って親指を立てた。こいつ、余計なことをしやがる。あの亮ちゃんですら信じていなかった噂だけど、アキにとっては信ぴょう性がなくもないらしい。
「だーかーらー! 本物じゃねーよ!」
否定する僕に向かって、アキが立てた人差し指を振り子のように振ってみせた。友達だがイラッとくる仕草だ。
「チッチッチッ。そうじゃなくて、ワンチャン本物かもしれないって考えようぜ! で、俺たちがそれを試すんだ!」
アキが右のこぶしをグッと握って、ナルに突き出した。ふたりはこぶしをぶつけ合い、「ウェーイ!」と言って喜んでいる。
「僕、責任持たないからな。異界になんか行けなくても……」
僕は匙を投げた。
「もっちろん、タツノを責めたりなんかしないって! でもさ、魔法陣はどうやって描くんだ? ああいうの、正確に写すのってすごく難しいぞ。俺さ、前に悪魔を召喚できなかったのは、魔法陣が正確に描けなかったからだと思うんだよね」
アキがあまりに真面目な顔でそう言ったので、僕は吹き出してしまった。お前の敗因はたぶんそれだけじゃない。ダンゴムシたちの犠牲を忘れるな。
「アキって本当に残念イケメンだな」
「姉ちゃんたちにもよく言われる」
僕とアキのやりとりを後目に、ナルがでかい声をあげた。
「それなら大丈夫! タツノにもらった写真のデータを印刷しといたから」
「おいおい、魔法陣の中に入らなきゃならないんだぞ。小さい写真じゃ話にならないよ」
「その問題もクリアした! 母ちゃんに写真をトリミングしてもらって、父ちゃんの会社のプリンターで、A1サイズで出してもらったから。新聞広げたよりもでかいから、何人かは乗れるだろ」
「すごいことになってんなオイ」
地味にナルの家族まで巻き込んでしまった。これ、異界に行けなかったら申し訳が立たない、みたいなことにならないだろうか? 少し不安になってきた。
ちょうどそのときチャイムが鳴ったので、この話は一旦お開きになった。
4人目の参加者が僕たちの予想を裏切る形で現れたのは、その日の昼休みだった。
僕とナルとアキの3人が校庭に向かっていたとき、1階にある「相談室」のドアが開いて、そこから同じクラスの
「あ、成沢くんたち。ちょうどよかった」
大友さんは長い髪をなびかせ、人形みたいにまっすぐ伸びた手足を動かして、僕たちのところにどんどん歩いてきた。女子だけど、小柄な僕より背が高いモデル体型だ。
「ごめん、今ちょっといいかな? 教室のポスターのことなんだけど」
「へ? あれ?」
僕はとっさに「叱られる!」と思ったが、その予想は大外れだった。
「異界ってなに? どこに行くの?」
「ふぁ!?」
ナルが素っ頓狂な声を出した。僕も驚いていた。まさか大友さんが、あの真面目で成績優秀で学年一の美少女の彼女が、異界探検に興味があるなんて思ってもみなかったのだ。
「ええっと……異界ってのは、ここじゃない世界……かな」
さすがのナルも気圧されている。僕とアキは、そろってふたりのやりとりをポカーンと眺めていた。こんなこと恥ずかしいから本人に直接なんて言えないが、大友さんは今日もとびきり美人だった。
「つまり異界っていうのは、どこかよくわからないけど、とにかくこの世界じゃない、別の世界ってこと?」
ナルの話を聞いて、大友さんは小首を傾げた。肩に髪の毛がさらさらと流れる。この少なすぎる情報で納得してくれるなんて、なんて器が大きいんだろう。
「おう、うん、たぶんそう」
「じゃ、私も参加していい?」
僕は自分の耳を疑った。ナルもアキも疑った。大友さんって、そういうことやるキャラだったっけ?
「大友さん、本気?」
僕が尋ねると、大友さんはニッコリ笑った。
「本気本気! ねぇ、その異界に行くための魔法陣って、本物だっていうウワサがあるんでしょ? さっき教室で話してたの聞いたよ」
「あっ、いやぁ、それは、ほんとかどうかはわからないっていうか、たぶんウソだろうなってやつで……」
僕が慌てて否定すると、大友さんはその様子がおかしかったのか、プッと吹き出した。
「大丈夫! もし行くのに失敗しても怒ったりしないって」
「いや、怒るとは思ってないけど……まぁでも、全然オッケーだよ。な、ナル?」
話を振ると、ナルも「お、おう」と若干戸惑いながらも答えた。僕もナルも、大友さんが来るのが嫌なんじゃなくて、戸惑っているだけなのだ。
「ほんと? よかったぁ」
大友さんは喜んだが、少し遠慮がちに言った。
「でさ、悪いんだけど、妹も連れて来ちゃダメかな? 1年生なんだけど」
僕たちは顔を見合わせた。1年生なら自分で歩いたり走ったりできるだろうし、ビルの中を下る「探検」にも何とかついてこられるだろう。それに、学年一の美少女の頼みは断りにくい。
僕はうなずいた。ナルもアキも、こくこくと首を縦に動かしている。
「いいよ」
「ありがとう! 私が面倒みるから心配しないで。当日、何か必要なものってある?」
「なんかあるか? タツノ」
「えーっ、なんだろ。水筒くらいかな……そこそこ歩くと思うから」
僕は大友さんに、儀式の方法について説明した。ビルの屋上に魔法陣を印刷した紙を置き、そこで祈りを唱えてから1階に下りていく。それだけのことだ。
「なるほど、じゃああとは、異界で必要になりそうなものを持ってけばいいのかな……ナイフとか?」
「ガチじゃん」
「大友さん、見かけによらないなぁ」
異界でのサバイバルをも厭わない大友さんの一面は、僕たち皆にとって新鮮だった。
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