第3話 異界を招く方法
「異界を招く?」
それはあまりに使ったことのない言葉だったので、頭の中でうまく消化できなかった僕はオウム返ししかできなかった。亮ちゃんは「うーん」と口を尖らせて、話を続けた。
「Alien world って書いてあるから、多分『異界』とか『異世界』でいいんじゃないかなぁ。とにかく、俺たちがいるこの世界とは別の世界ってことだと思う」
「異世界か……なんか、剣や魔法でモンスターと戦ったり、エルフとか妖精とかの別種族がいたりしそうな響きだね」
「アドゥネイア自体、魔法がある世界ってことになってるからなぁ。ああ、そのあたりはシモンズの『アドゥネイア探訪記』に色々書いてあるんだけど、まったり異世界、時々ちょっとホラーって感じでのんびり読めていいよ。シモンズってあんまり知ってる人はいないけど、俺は好きだなぁ。日本語版は古いやつしかないけど、今度貸してやるよ」
「ありがとう。で、その異世界なアドゥネイアからさらに異世界に行っちゃうの? 一体どこに行く気なんだよ」
「今いる世界に戻ってきちゃったりしてな」
亮ちゃんの言葉に、僕たちはげらげら笑った。
「でもこれ、結構ハードル高いな。高さ100フィートの誰もいない塔のてっぺんに魔法陣を書き、円の中に入って異界に行きたいと念じる。それから塔の中を降りていくと、地上に近づくにつれてどんどん異界に近づいていくんだって」
「100フィートってどのくらい?」
「うーん……どれくらいだったかな」
亮ちゃんはすぐスマホで調べてくれた。「30.48メートルだって。10階建てのビルくらいだな」
「10階建てのビルならアテはあるけど……」
僕は駅前の繁華街を思い出した。市役所や図書館の入っているビルが確かそのくらいだった気がする。大型家電量販店も、駐車場まで入れれば10階くらいあったはずだ。ビルでなくてもいいなら、この町のシンボルになっている「ふれあいタワー」だっていい。確か高さ35メートルだと、何かで読んだ覚えがある。
でも……。
「『誰もいない』っていうのが難しいよなぁ」
僕の思っていたことを、そっくりそのまま亮ちゃんが言った。
「だよね。たとえばビルに入ってるお店が休みの日で、客や店員が全然いない日でも、ガードマンはいるだろうし」
「そもそも休業日は入れない。こうなりゃ一樹、金持ちになるんだ。そして10階建ての家を建てろ。これしかない」
「そこまでして異世界に行きたくないよ。第一、作り物の呪文だろ?」
「それがさぁ、シモンズはダークファンタジー作家じゃなくて、本当はノンフィクション作家だったっていう都市伝説があるんだよ!」
亮ちゃんのテンションが突然跳ね上がった。「つまりアドゥネイアは実在して、シモンズはそこで起こった本当のことを『アドゥネイア探訪記』に記したんだ! ……というウワサ」
「いや、都市伝説とか言っちゃってる時点でもう駄目じゃん」
僕がつっこむと、亮ちゃんは急に素に戻って笑った。
「あはは。まぁそういう話があるところが、俺がシモンズ好きな理由だったりしてな」
「亮ちゃん、ほんとオカルト好きだなぁ」
とにかくその都市伝説はただの都市伝説だろうな、とそのときの僕は思った。
だけど魔法陣自体はかっこよかったので、僕はデジカメでそのページの写真を撮らせてもらった。デジカメは母さんのおさがりで、もう10年以上前に買ったものらしいけれど、十分きれいな写真が撮れる。
そして後日、ナルが僕の家に遊びに来たときに、僕はその写真を見せた。ナルなら絶対に「かっこいい!」と言って喜ぶはずだと思ったのだ。
案の定、彼は大喜びだった。僕は調子にのって、亮ちゃんが言っていた儀式の方法や、都市伝説のことまでしゃべってしまった。
「これいいなぁ。すげーかっこいいじゃん。なぁ、この画像もらっていい? お前ん家のパソコンから、俺のスマホに送ってよ」
「著作権とかで問題にならないかなぁ」
「俺がツイッターとかにあげなきゃダイジョブなんじゃね? よくわかんないけど」
とにかく自分で見て楽しむだけだというので、僕は魔法陣の写真をナルに送った。
「かっけー! いいなぁ異世界! あ、異界か?」
「どっちでもいいんじゃない?」
「異界の方がホラーな感じあるよな。俺的には断然異界の方が好みだわ」
ナルはスマホをタップして、さっそく画像を端末にダウンロードした。
「なぁタツノ、もし異界に行ったら何したい?」
「うーん、どういう世界かによるかな」
「そりゃ、魔法とか妖精とかの世界だろ! いいなぁ、俺、剣士になるわ!」
「剣士ってお前、魔法も妖精もいらないじゃん。どうせなら魔法使いだろ」
「そうか! 俺魔法使いになるわ!」
「職業選択が適当すぎ」
このときの僕たちの「異界」のイメージは、しょせんこんなものだったのだ。
剣と魔法のファンタジーの世界。石畳の道にレンガ造りの建物の、なんとなくヨーロッパっぽい街並み。耳の尖ったきれいなお姉さんや、かわいくて小さな妖精もいるかもしれない。うーん、素晴らしきかな異界。いや、これならホラー感がないからやっぱり「異世界」か。
だけど本当の異界はこんなものじゃなかった。あの呪文はきっと、誰かにとってこの世が地獄になったとき、本当にここから逃げ出したいと思ったときに使うものだったのだ。
そのことを、僕たちは誰もわかっていなかった。いや、大友さんだけはわかっていたのかもしれない。
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