頑張ったほうではあった。

 ……腰回りのまわしが外れても負けとなる。


 オセロらに己が説明したこと、思い出し、それが決まり手となったと理解するのに、しばしの時を有した。


 正しくは外れたのではなく、千切れていた。


 あの吊り上げで岩肌に擦れたことでまわしが擦れ、そこを引っ張ったがため、耐え切れずの結果であった。


 なればただ運によって勝ち星を拾ったわけではないのだがしかし、先ほどのオセロと比べると、泥臭く、地味で、ギリギリの、何とか拾えた勝ち星であった。


 それでも勝ちは勝ち、目的は果たされた。


「……おネギ?」


 思い浮かぶと同時に声が出ていた鴨兵衛、土俵の上より見回せば、すぐ近くにとらえた神の姿、向かう先で出迎えたのはオセロであった。


 一本しかない腕を差し出すと、神はベェーとおネギを吐き出し、受け渡した。


 小さな身を片手で抱き留めるオセロ、二人の姿を目にして、鴨兵衛に浮かぶは安堵、そしてそれだけではない薄暗い感情であった。


 理性では、あれで良いとはわかっている。


 オセロは味方側であり、神がそう判断して差し出すのは自然なこと、それをただ受け取った以外の何物でもない。それにこの腕、まだ疲労が残って上がらぬ状態、差し出されても気を失っているおネギを抱き留めることはかなわない。


 わかっていて、だけどもわだかまり、それを言葉にでいるほど、鴨兵衛は器用ではなく、そして汚れてもいなかった。


「いやーーーーよかったよかった。これで万事オッケーですね!」


 そんな鴨兵衛の横へ飛び現れたのはタクヤンであった。


 明るい表情、けれどその足は土足、草鞋でも草履でも下駄でも足袋でもないがしかし、素足でもないならば、これもまた相撲に反する失礼な行い、これはこれで雪がなければならないのではと鴨兵衛、冷や汗を垂らす。


「さすがは鴨兵衛さん、私の見込んだ通りのお方だ。こういうのを腕っぷしが強いと表現するんでしたっけ? いやあっぱれあっぱれ! あ、塗りポーションどーぞ。高いだけあって良く効きますよ」


 鴨兵衛の返事など待ちもせずタクヤンまくしたてるだけまくしたて、オセロにも渡していた塗り薬を押し付けると今度は氏子へと向かっていった。


「さぁさぁさぁ、そちらのおっしゃる通り、相撲に勝ちましたよー。これでチャラ、禁忌とか難しいことは終わり! これからはビジネス! お仕事のお話を、いえむ渦かしいことなんかないんですよ。実際、私どもの国では数多くの実績ありますし、これは絶対、損をさせませんから」


 ところどころ何を言っているかわからないが、怪しいことを言っているのは確かであった。


「確かに、二勝、これであなたちが今回犯した一切の罪は雪がれました。ならばお帰りを。さもなくばまた新たな罪を犯すかもしれません」


「いや、いやいや、せっかくここまでお近づきになれたんですから、せめてお話ぐらい聞いてくださいよー」


 あのゾクリを忘れたか、馴れ馴れしいタクヤンには見えないらしい冷たい視線を、氏子は向ける。


「……もう一つ許可を得たいなら、また一度、相撲を取ることです。一勝、さすれば神々はあなたの言葉、その契約について話を聴いてもよいとおっしゃっておられます」


「おー第二ラウンドですねー。でしたらオセロ!」


「だめです」


氏子、即座に切る。


「願いをかけること、そのために相撲を取ることは人ひとりの生涯にただ一度だけと決まっています。たとえ以前に勝とうとも、二度と土俵に上がることは許されません」


「……え?」


「一人は無礼を雪ぎ、一人は禁忌を雪ぎました。この場で残るは、一人だけです」


 その様な仕来りがあるとは知らなかった鴨兵衛であったがしかし、それに異論はなく、なんならもうさっさと帰りたかった。


 それは神々も同じであろうに、卑しくまだなんかあると言い張るはただ一人、タクヤン、沈黙の果てに笑顔が消えた。


「…………あーわかったよやってやるよ! やりゃあいいんだろやりゃああ!!」


 無礼な言葉を吐いて続くは異国の言葉、吹っ切れた、というよりもやけになった感じで頭にのせてた布をはぎ取り、土俵下へとたたきつける。


 露わになったのはつるっぱげ、頭頂部分だけが綺麗に毛のない素肌であった。


 その素肌、煌めかせながらタクヤン、土俵下に飛び降りるや身につてた着物を雑に脱ぎ捨てまわしを手に取ると鴨兵衛が助ける間もなく一人できちんと巻いて締めた。


 一応、オセロにやってたのを遠目で見ていたとは言え見ただけ、それだけちゃんとできるあたりタクヤンの頭の良さがうかがい知れるがしかし、反面その体はあまり鍛えられてはいなかった。


 決して細くも太くもなく、筋肉もついてはいるのだが、如何せん色白、それに傷一つない肌は乙女が目指す滑らかさ、少なくとも畑仕事も武芸の鍛錬もしてこなかった体なのは明らかであった。


 そんなタクヤンに、神相手の相撲はさすがに無理に見えた。


 それでも大手を振って土俵上に、飛び乗ると溢れるやる気がその腕を無意味に振り回させた。


 これに鴨兵衛も岩の神を下がって土俵を開けると、ほどなくして対戦相手の神が上る。


 その姿はキラキラと輝く水であった。


 まるで氷、それが滑らかに流動して、かろうじて人の形を保っている。その中、腰の高さでまわしが浮かぶ様は、鴨兵衛には表現する言葉の見つからない、不可思議なものであった。


 それを前にしてもタクヤンひるまず、自分の顔を両手でパンパン叩いて気合を入れなおすや、その手をたたきつけるように仕切り線へと乗せた。


 心意気は一切負けてはいない、けれどもその構えは悲しいほどにへっぴり腰、せめて申し越し落としてと鴨兵衛、助言の前に水の神も手を付いた。


「ハッケヨイ!」


「ちゃああああああああじ!!」


 異国の何かを叫びながらタクヤン、突っ込んだ。


 ……………………まぁ、結果は、大方の予想通り、メタメタで、だがしかし、その、タクヤンにしては、頑張った方ではあった。

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