返事は初めから決まっていた。
鴨兵衛とおネギ、是非とも礼をと連れてこられたのは墨虎の中心、あの大通りからも離れた武家屋敷一つであった。
見慣れた外見、その敷地を丸々仮の住居として借り上げているようで、一歩踏み入ると中は異国であった。
まず建物内に土足で上がっていた。
履物を脱ぐことも、足についた土を落とすことなくそのまま、ドカドカと上がり込んでいた。
その自然なありさまに、異国ではこちらが普通なのだと察した二人、その上で一度目を合わせ、彼らに恥をかかせぬよう、彼らに従い土足で上がった。
中に入ると奇妙奇天烈があふれていた。
畳の上に積み上げられた箱、中から取り出されてる何か、丸い球体に柄の長い斧、何を置くためのものか四つ足の台が大小いくつも、縦長の箱が壁際に立てかけられてると思ったらその戸が開いて、中には着物らしい色とりどりな布がつるされていた。
その一つ一つに目を見開く二人、その二人を案内するのもまた二人であった。
一人は、あのオセロと呼ばれた隻腕の男であった。
こちらを振り向かず、ズンズンと進んでいくのだがしかし、背後の二人に気を向けていると鴨兵衛には感じられた。
「いやー片付いてなくてお恥ずかしい」
振り返りながらこちらに声をかけてくるのはもう一人、あの時オセロをオセロを呼んだ男であった。
白めの肌で髪は頭に乗せた布で隠して異国の特徴は目立たないがしかし、それでも顔立ちというか、雰囲気で違和感を感じさせた。
「ご覧の通り我々は到着したばかりでして、荷ほどきもままならない状況、お客様を迎えられる状況ではないんですが、まぁ立ち話よりはましだと思ってくださるとありがたいです」
その言葉は
こちらから聞いても何言ってるかわからないのは向こうも同じ、にもかかわらずこうも話せるのは、それだけ能力が高いからであろうと鴨兵衛は思う。
そんな二人に案内されたのは屋敷の一番奥であった。
部屋の中も奇妙奇天烈、四方の壁に棚が敷き詰められ、その中に何やらわからない小物や革が背表紙の本が収められていた。
その中心には巨大な台、高さは大人のヘソの位置、幅も奥行きも人が寝そべれる大きさ、その上には白い紙に、おそらく筆と
「まぁ座ってください」
その文机の向こうに回り込む流暢な男、その手が指示した先に、二人は戸惑う。
文机に比べるとこちらは小さな台、四つ足で上部分に布、こちらの面にそそり立つ板があり、その左右から台の上を囲うように二本の枝が伸びている。
その形状、これが腰かけ、椅子であるとは、想像つく二人であったがしかし、こちらの椅子に比べてなんとも精工、豪勢、その上に乗るなどしてよいのかという戸惑いがあった。
そんな二人の気も知らずに男は、文机の反対側の、同じような椅子に座り、同じくオセロも、端の椅子を引いてその上に腰を乗せ、更に垂直の板へその背を
これは、椅子でよいのだ。
わかった二人、背負っていた荷物を前に、まずおネギがちょこんと座り、その隣に鴨兵衛も腰より鞘を抜いて続いて腰を下ろす。
途端、ミシミシと軋むのは枝と枝、その隙間、鴨兵衛の尻に比べると狭すぎた。
このまま腰を落とせばどちらか、あるいは両方折れる。
わかってしまった鴨兵衛、だからと言ってどうしたらいいかわからず、そのまま中腰の姿勢、尻を浮かせて座ってるフリにとまった。
「あぁそうそう、自己紹介がまだでしたね。私の名前はタクヤン、一応は役職のある人間ですが、部下と呼べるのはそっちのオセロ一人だけ、まぁ末端の小物だと思ってくださって大丈夫です」
ハハハと笑うタクヤンに名を呼ばれ、けれどオセロには目立った反応はなかった。
「あたしの名前は、おネギといいます。そしてこちらが兄の」
「あ、か、鴨兵衛だ」
始まってた自己紹介、おネギに続いて遅れて返事した鴨兵衛、声がどもる。
「おネギちゃんに鴨兵衛さん。いやーご招待したらお茶の一つもとはこちらの文化にもあるのですが、ごらんの通り何もかも到着したばかりでして何も、あぁそうだそうだあれがあった」
そう言ってタクヤン、腰を上げて手を伸ばしたのは台の上に置かれてあった茶色い木箱であった。
「キャラメルです。えっと、こちらでは飴、が一番近いですかね。まぁお一つ、試してみてください」
そう言いながら蓋を開け、差し出してきたタクヤンに鴨兵衛、一瞬戸惑う。
飴など、女子供が
しかしながら相手は異国のもの、この椅子と同じくむこうとこちらとでは違うのであろう。
割り切りって鴨兵衛、箱の中へと手を伸ばす。
一つ取るつもりがべたついており二つひっつて外へ、そのまま戻すのは失礼にあたると判断に、珍しく頭の回った鴨兵衛は手のひらに持ち替えておネギの前へと差し出した。
「いただきます」
これに手を伸ばして受け取るおネギ、その茶色い塊を物珍しそうに監査した後、鴨兵衛とともに口に含んだ。
甘露、焼ける。
そうとしか表現できないほどにこのキャラメルというこの飴は、鴨兵衛にはすさまじく甘すぎた。
ただ舌の上に置くだけでマヒするほどに甘い味が滲み、溶け込んだ唾を飲むだけでも喉が焦げる。これでいいのか半端に柔らかく、鼻に上る香りでさどこかえ燻りを感じさせた。
この今までに体験したことのないすさまじい甘露を受けて鴨兵衛、一瞬毒かと思ったがしかし、それを打ち消すようにタクヤン自身も己の口の放り込み、次いで放り投げた先でオセロ、器用に口で受け取りこの甘さを受け入れていた。
これは毒ではなく、こういう食べ物、理解してもやはり甘すぎると思う鴨兵衛、心配なのと共感を求めておネギをチラリと見れば、その目、その表情、今までにないほどに輝いていた。
「これ、すごい」
お褒めの言葉、どうやらこの甘さ、おネギはいたく気に入った様子であった。
それならば、よい。
一人勝手に納得して鴨兵衛、甘露に耐え切れずに飲み込んだ。
「さて、改めて、この度は助けていただき、ありがとうございました」
口にまだキャラメル残ってるはずのタクヤン、それを感じさせない自然な言葉使いと共に頭を下げる。
「それでそのお礼を、とこの通りお呼びしたのですが、それがそのちょっとややこしいんですよ」
そういいながら、こちらでも通じる困り顔でタクヤンは頭を上げる。
「いえね。今言った通り、私は末端の下っ端、ではあるのですが、一応立場上、えっとこちらでいう統一幕府の将軍様? それにあたる上からの使いでもあるわけなんです。なので行動一つとっても結構大事になっちゃう。例えば、助けてもらったお礼一つとっても、それがこちらの統一幕府に仇名す勢力に渡ったらお前ら見方じゃなかったのかーってなっちゃうわけで、もちろんお二人を疑っているわけではないのですが、政治とか外交とかはこういうところがややこしくて」
細かいところまでは何言ってるかわからない鴨兵衛であったがしかし、言わんとしていることは伝わった。加えて、統一幕府に対して覚えのある身となれば、もとより見返りを求めてのことではなかったこともあって、特に言うこともなかった。
「……で、ですね。ここで少しずるい手を使おうかと。この場に及んで不躾なお願いでもあるのですが、お二人、私に雇われませんか?」
予想外の提案であった。
「そんな難しいことではないんです。ただこれから半日ほど、私は出かけなければならない。その間の護衛をお願いしたいのです。それですと労働に対する報酬、ということでややこしいこと言う連中も黙らせることができる。もちろん、金額は弾みますし、護衛といっても実際に戦うのはあのオセロに任せてくだされば大丈夫ですから」
クァーーー、返事するように大あくびをするオセロ、それを無視してタクヤンは続ける。
「ただお二人にお願いしたのは、こちらの常識、普通を教えていただきたい。私はこうして何とか言葉は学んできたのですが、あくまで言葉だけで、それこそ言うまでもない常識、普通なこというものまでは知らないのです。例えば目の前のものがただの農民なのか、あるいは山賊なのか、あなたたちなら一目でわかることもわからない。私たちは友達になりに来たのにそんなすれ違いで争いになっては損、そこで一つ、色々と教えていただきたいのです」
そう言って再びタクヤン、頭を下げる。
これに鴨兵衛、考える。
確かに、この尻を乗せる台からして、あちらとこちらで物事に大きな違いがあるのはわかった。そこからの不安、いらぬいざこざを恐れての備え、間では納得がいった。
しかし、だとしても美味すぎる話であった。
「……その、事前に誰か手配なさってなかったのですか?」
「いやーそれがですねー」
おネギの問いに、タクヤンは笑顔で顔を上げる。
「手配はしてました。身元はっきりして、手練れで、複数人、それがまさか大通りで背後から矢を射る、イル? 撃ってくるとは驚きで」
ますます怪しい話であった。
そのような状況、より慎重になって然るべき、その出かける日程は変えられぬとしても、たまたま出会った、名前も知らぬ兄妹に頼むようなことではなかった。
それでも頼むのは、そこまで関係が浅いなら逆に怪しいものも入れないとの考えか、そこまで追い詰められているのか、あるいはその方が都合がよいのか。
思案する鴨兵衛であったがしかし、返事は初めから決まっていた。
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