旅の空は青であった。
目ぼしい大食い大会も終わり、収穫の季節が終わって、傘島の港は日常へと戻っていった。
港に泊まる荷船はめっきりと減り、代わりに陸路を運ぶ荷車や馬牛がひっきりなしに訪れていた。
そして人が集まれば噂もめぐるも、最初に広がったのは近海で燃えて沈んだ船の事であった。
当初は妖怪だの大猿だのと言われていたが、その船が海賊船だったと知れ渡ると、すぐに天罰だのバチが当たっただととにすり替わり、すぐに忘れ去られていった。
そして次に広がる噂は、奇妙な二人組、正しくは一人と一頭のことであった。
一人は女、どえらいベッピンで、露出も多く、気立てもいいがその目は青色だと、そしてこの女が釣れるが一頭の猿、ゴリラとかいう大陸から来た珍獣で、力は強いが大人しい性格、人の言葉もわかるらしいとの噂であった。
……何を隠そう、その噂を流したのは、早桃自身であった。
元の性格もあってか、堂々と、白昼の街道、胸を揺らして歩いて見せる。
その姿に、噂知る旅人から視線を受ければ早桃は笑顔で手を振り返えした。
これにコロリやられて近寄ろうとするもは数知れず、しかしその悉くが、その背後に控える大鉄がその威圧感で黙らせ、追い返した。
そして港より出立した一人と一頭の旅であった。
「ウホ?」
山間の森、人の切れ目にて大鉄、早桃に問う。
「いやいやこっちのほうがいいんだって」
早桃、碧い瞳でにっこり笑って応える。
「ほら、あたしはまだしも、大鉄って目立つわけでしょ? それでこっそりとかやっても見つかっちゃうわけ。そしたらただでさえわけが説明しにくいのに更にわけわからなくなっちゃって、下手したら妖怪扱いだよ? だから逆に昼間を歩く。見せて教えて平気だよ、優しいよってしてあげればあら不思議、怖くない怖くないってわけよ。噂で少しは知ってるわけだしさ」
「ウホ」
「それにさ。せっかくの旅なんだし、色々みたいでしょ? 別にこそこそ逃げてるわけじゃないんだしさ」
屈託なく早桃は笑う。
…………こうなるなんて夢にも見なかった。
ただ生きるだけで精いっぱいだった毎日、
それがあの兄妹お陰で、自由になった。
自由になれた。
喜びの感情に溢れる早桃の胸の内、ふと暗い影が遮る。
漠然とした不安、暗い過去、だが何よりも強いのは罪の意識であった。
……ただ生きるためならば、その手を汚すのも致し方ないと言い訳できた。
実際何でもしてきたし、多くの人を騙し、迷惑をかけて、傷つけてきた。
だけどそうしなければ早桃も大鉄も、生きては来れなかった。だからもし同じ状況になっても、それが最善ではないとわかっていても、それでも同じことを繰り返すと答えた。応えられた。
けれども、と影が揺らめく。
こうして自由を手に入れて、そして幸せになれるとわかった途端、今までの全てがこの時のため、つまりは幸せになるために踏み台にしてきたと、これまでの全てが反転、この上なく邪悪な事のように思えていた。
生きることよりも多くを望むことへの罪悪感、そんなことないと頭で否定しても、それ以上の更なる嫌な考えが溢れて、暴れて、その胸の内を引っ掻きまわした。
その思い、言葉にすることさえも大罪であるかのように強張る早桃のその手を、優しく包んだのは黒くて大きな手であった。
大鉄、言葉の代わりに優しく包んですり寄る温かさに、惹かれたのだと早桃は思い出す。
その思い、伝えようと早桃が腰へと手を回すと、大鉄の身がビクリと跳ねた。
「ごめん。痛かったよね」
「ウホ」
謝る早桃に返事する大鉄、しばし見つめ合った後、両者はクスリと笑った。
「それじゃあ、行こうか」
「ウホ」
明るさ取り戻し、歩き始める一人と一頭、両者の旅の空は青であった。
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