雄弁であった。
だらり垂らされた縄梯子、鴨兵衛は一段一段降りてゆく。
たどり着いたは穴の底、敷き詰められた藁を踏みしめると更にその下より冷気とうねる感覚、ここが船底で、その下は海であると鴨兵衛は足の裏で感じていた。
軽く踵で蹴って見てもやはり船体、海の荒波に耐えられるようにと板は硬く厚く、鴨兵衛の剛腕と鉄刀を合わせても、突き破るのは困難だろうと感じとれた。
周囲の壁も同様だろう。ならば打ち破るのはまず無理、登るにも縄梯子を引き上げられればとっかかりなど何もなく、それでも無理によじ登ったところで上がる前に人質が、となる。
明るさは十分、揺れにはなれた。戦うのに不便はない。
しかし鴨兵衛、この期に及んで未だに未練がましく戦いたくないと思い続けていた。
せめて、おネギが人質でさえなければ、と思案していた鴨兵衛、不意に感じとり、一歩後ろへ下がる。
ガチャン。
そのすぐ後、今しがた立っていた場所に振ってきたのは酒の匂いのする茶碗であった。
「ぼさっとしてんな! さっさと殺されて俺を金持ちにしやがれ!」
心無い声は壁の上、ぐるり囲い穴を見下ろしてくるは賭けてる客たちのどれかからであった。その中には鰹やその配下の海賊の姿もあって、しかしみな背に灯りを背負いその表情は見えなかった。
彼らに新たに怒りを覚える鴨兵衛、そこへ咆哮が響き渡った。
「ウホオオオオオアアアア!!」
そして対面、垂れ下がってた縄梯子を激しく揺らしながら降ってきたのは大鉄であった。
床に降り、藁を踏むやドコドコドコドコ、胸を叩いて四方それぞれその勇士を見せつける。
これに壁の上、盛り上がる。
盛り上げ上手、場慣れしている感じ、それは即ちここに何度も立っているということ、それだけ殺し合いに挑んで、生き残っていたというとでもあった。
即ち手練れ、相手にこの鉄刀一本でどこまでやれるか、己に問うてる間にもう一つ、降りてきた。
……あえて言うなれば、それは大きな斧であった。
ただし馬鹿でかい。
おおよそ人が振るうに適さない大きさ、肉厚な刃はその上に胡坐で座れるほどに広く大きく、そこから伸びる柄はやりほどの長さで軽く内に湾曲していた。その重量、太い鎖とはいえゆっくりと下ろすのに大の男が五人がかりとなればおのずと知れた。
化け物のような大斧、前にすれば、鴨兵衛の鉄刀など小枝同然であった。
これを、相手に、する。
なお一層盛り上がる壁の上、鴨まれて呆然とする鴨兵衛、その視野の端、ちらりと大鉄の手話が見えた。
ドン! ブッ! パーン!
わからぬものは繰り返されてもわからぬ鴨兵衛であった。
その困惑、伝わってないのか大鉄、背を向け降りてきた得物を右手片手で受け取ると、片手て振り上げ、肩に担ぐと、残る左手と両足の三本でノソリと中央へ、その足取りはゆっくりながら押しつぶされる恐れはなかった。
……少なくとも、重すぎて振れないなどという笑い話は無いようであった。
「さぁあさぁあさ皆さまお待ちかね! 今宵も流血の時が参りました!」
飢えより降ってきたのは鰹の声であった。
「先ずは皆さまおなじみの大鉄! 大陸より流れ着いたこの怪力猿は破竹の五十連勝! 自由を得られる折り返しに来ております! しかしなかなか対戦相手見つからずにお休み頂いてましたが今夜は復活! 良い相手をご用意しました!」
盛り上げの口上、けれど周囲の反応鈍く、ただ聞き流してるだけに鴨兵衛には見えた。
「そいつがこちら! 怪力自慢の大喰らい! 人呼んで『つっぱり横綱』その名は鴨のどん兵衛!」
それを気にせず鰹、名前間違えながらも口上続ける。
「ご覧の通りこちらも力自慢! 自分の刀も食費に変えてしまう食いしん坊! けれどその実力は折り紙付き! なんと! あの柳生の免許皆伝を素手にて破っております!」
これに、周囲の反応は嘲笑であった。
「さぁこの人を超えしどん兵衛、元より人にあらずの大鉄にどこまで食い下がるのか! 皆さま賭け終わりましたでしょうか? では締め切りです! 早速始めましょう! さぁ! 殺し合え!」
「ウホアアアアアア!!」
鰹の言葉に吠えて応える大鉄、それで殺し合いが始まったと鴨兵衛にも伝わった。
そこへ大鉄、三つ足走行、突っ込んでくる。
やるしか、ない。
覚悟を決め、諦めて鴨兵衛、前に進み出ながら腰より鉄刀を引き抜き正面に構える。
「ウホ!」
一鳴き、大鉄、突っ込む。
大斧の重量に三足走行、だというのにまさしく獣の速度、瞬く間に間合いが潰されて、そして大鉄の左手が拳より平手に、大きな手で床を掴み、その身を支えた。
「ウホ」
肩より浮かんだ大斧が、大鉄の右手一本にて振るわれる。
勢い乗った横薙ぎは、胴の高さで鴨兵衛襲う。
ゴッ!
衝突、吹っ飛んだのは鴨兵衛、巨体は真横に落ちて、途中二度三度踵を藁にこすり付けながらも、最後は壁へと激突した。
ドォオオ!
腹に響く大音響かせ、船全体が揺れるかという衝撃、沸き上がる歓声の中で、しかし鴨兵衛はふらつきながらもその体は無事であった。
迫る刃に咄嗟の動き、正面の刀を横へとずらし、右手を上に、左手を下に、二点を持って鉄刀をかざして大斧を受けて、けれども受けきれずに吹き飛んだ、と壁の上からは見えていた。
けれど実際は逆、吹き飛んだのは鴨兵衛から、踏ん張って対抗せずに体ごと飛んで勢い任せて受け流す、やりすぎて壁にぶつかるも、結果は全身に打撲を受けながらも出血はなく、まだ戦えるという意味で無事であった。
咄嗟の判断、巨体に似合わぬ技巧、目の当たりにして大鉄は驚きを隠さなかった。
対する鴨兵衛、複雑であった。
人より優れてる点が剛力ぐらいしかない鴨兵衛にとって、今の受けは結果こそ無事ではあるがしかしそれは力勝負から技へと逃げたと自負、正面から打ち合えば鉄刀が折れるか曲がるかするのを恐れて、とも言えるがそれは言い訳に過ぎないとの思いは今はどうでもいい。
それだけの技を持つ鴨兵衛からすれば、今の横薙ぎに手心があったのを感じる獲るのも容易であった。大斧、鉄刀、ぶつかった刹那に大鉄は握りを甘くし、力を弱めての気配り、受けきれなくとも押し飛ばされるだけで済んでいただろう。
これら一切を無視して鴨兵衛、感じるものがあった。
それが何なのか、言葉にできない不器用な鴨兵衛ではあったがしかし、それでも自信を持って大鉄よりも強い意思を受け取ったとの自負があった。
鳴き声よりも手話よりも、交えた刃は雄弁であった。
「ウホ」
その手応え、大鉄にもあったのか、大斧背負いなおして左手上げて手招き、手話を知らずとも「こっちに来い」とわかる手振りであった。
これに鴨兵衛、乗る。
構えも崩して堂々と大手を振って、大鉄の待つ穴の中央へ、その足取りに迷いも恐れもなった。
これになお一層盛り上がる壁の上、呼応して大鉄、担いでいた大斧の刃を横から前へ、横薙ぎからあからさまな縦割りの構えに変える。
それよりも鴨兵衛の目を引いたのが大鉄の目線、ほんの一瞥ながら確実に、下の一点を指し示していた。
その一点、踏みしめて鴨兵衛、全て繋がった。
それを体で表すがごとく、次に鴨兵衛がとった構えは上段、鉄刀を真上に突き上げ、振り下ろす構えであった。
ほど良い間合いで足場を踏み固める両者、打ち合う決心伝わる緊張、あれだけ騒がしかった壁の上が静まり返る。
「…………ウホ」
大鉄の一鳴き合図に両者が動いた。
ガシュ! ブシュ! ジョボボボボボボボ!!!
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