ろうそくはまだ消えてはいなかった。

 ……人とは正直なもの、怪異が暴かれた後も百物語は続けられた。


 ただいくらかは変化が、まずあの水牢以外にも危険があるかもと屋敷の利用はなくなった。その代わりに各村々へ、一番広い村長の家に泊まり込み、語り明かすようになった。


 それからもう一つ、百の物語を一度一夜で語りきるのではなく、十を十度十夜に分けることとなった。その間に日と場所と人を入れ替えながら進めることで、似たような話が並んでも飽きが来ることが減り、何よりも一度に灯すろうそくが最大十本、それもすぐに消せるとなれば大幅な節約となった。


 こうしてむらむら巡る百物語、かつての活気を取り戻し、特産と言えるほどでもないが、周囲にちょっとは知られる名物となった。


 ……今宵の百物語は七日目、噂聞きつけた旅のご隠居を交えて語られていた。


 語るは地元の村人、あの夜屋敷に向かわなかった顔、中々に語りなれていて語調や身振り手振りにより、今夜九つ目の怪談は躍動感溢れていた。


「……お互い気に入らない。けども外は雨、それも暗い夜となれば出るわけにもいかず、結局揃って雨宿りするしかない。荒れ寺とはいえ仏像様の手前で嫌ぁな感じになってたんですよ。でね。そしたらまた、ジャバジャバ、ジャバジャバ、水溜りの足音が外からしてくるんですよ」


「おぉう、来るぞ来るぞ」


「また雨宿りに誰か来た。思ってたら足音がすぐ外まで、そんでガラリ、いきなり戸が開けられて、入ってきたのはなんと、熊みたいに馬鹿でかい大男だったんでさぁ」


「大男?」


「そうですご隠居、背丈は立つだけで頭天井擦るぐらい、肩幅も畳からはみ出るぐらいで見すぼらし格好、腰には鞘があるんですが鞘だけで、肝心の刀が刺さってない。何よりも恐ろしかったのはその顔は、ぐちゃぐちゃだったんでさぁ」


 ゴクリ。


「暗くて良くは見えなかったですがね。鼻と右目の位置が入れ替わってて、左目の下に横に開く口、眉毛も歪んで見えるのに耳とか輪郭とかは真っ当で、あれは少なくとも怪我でなったもんじゃなかったですよ。でね。そんな大男の登場に、正直言ってあっしは初めて怖くはなかったんですよ。そりゃあ驚きましたが、そう言うもんだと、なんならこいつよりブサイクな顔、村に戻ればいっぱいいるぞ、なんて」


 語る男、これも演技かフゥと息を吐く。


「……正直言えば気の毒で、あんまりはっきりと見れなかったんですよ。他もおんなじだったんじゃないかなぁ。誰も何にも言えないでポカーンと見つめてたら、大男の方が先に声かけてきたんですよ」


 コホン、と喉を鳴らして語る男は声を作る。


「俺の刀は、どこか?」


 作られた、地の底から呻くような不気味な声に、ご隠居も聴きなれてるはずの他の村人たちもゾクリとくる。


「……初め、何言ってるかわからなかったんですよ。いや意味はわかるんですがね。ちょっと固まっちゃってて、それは他も同じみたいで、誰も返事しなかったんです。そしてたら大男、寺の中見回して、目に止まったのがお侍さん、ズカズカ土足で入ってきたかと思えば、その前に立って、見下ろしてくる。これにお侍さん自分の刀抱えて何か言おうとしたんです。そしたら」


 バン!


 語る男の手が板間を叩き、耳を済ませていたご隠居村人たちの心臓をギュッとする。


「いきなりですよ。こう、川の水を掬うような動作で、お侍さんの顔を思い切りひっぱたいたんです。反応できなかったお侍さんはそのままゴンって床に頭打ち付けるように倒れちゃって、そのまま、でさ」


「それは、亡くなったと?」


 ご隠居の問いに語り手、頷いて応える。


「でね。お恥ずかしい話、ここまできてようやく、あぁ怖いって、顔から血の気が引いて手とかガクガクきちゃって、けどそいう時動けないもんですね。でね。大男、倒れたお侍さんから腰の刀を引き抜くと自分の鞘に収めようとするんですよ。けど入らない。反りなのか厚さなのか、ガチャガチャやって、無理だとわかって、大男が刀を投げ捨てると、またジーっと中を見回し来るんです」


 バン!


「なんなんだテメェはぁ! 大声あげて立ち上がったのはヤクザな方、バサって立ち上がるや短刀抜き放って飛びかかるやエイヤと突き刺す。けど刺さらない。届いてるはず、触れてるはず、なのに暖簾を推してるみたいに変化なくて……アッシはそこまででした」


「そこまで?」


「逃げ出したんですよ。雨の中、ガムシャラに走って、全身ビチャビチャになりながらなんとか宿場町に着きましてね。後はもう、吐き出すように洗いざらい話しまくりましたよ。落ち着きを取り戻せたのが翌朝、地元の人はその荒れ寺知ってたんで、みんな一丸となって戻ったんです。アッシも荷物があってお伴したら、やっぱりヤクザな方もダメでして、大男の姿もなかったったんですよ。でね。大男、実はまだ捕まってないんですよ」


 話のオチまで語る終わり、シメとして語り手、静かにろうそくの火を吹き消した。


 続く沈黙に、ご隠居はウームと唸る。


「これは中々、興味深いお話でしたな。大男、怪異なのかそうでないのか

 、どちらにしても恐ろしい話です。ただ一つ分からないのは、雨の夜、真っ暗な中でどのように灯を」


 うあああああああああああああああああああああああああああ!!!


 絶叫は外から、続く意味不明の怒声に暴れまわる音に、ご隠居とその背後で頭抑えて震え上がっていたお付きの男、何事かとその身を硬ばらせる。


 対して地元村人たちは、互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべるだけであった。


「…………あれは、何事です?」


 ようやく静かになった後、ご隠居から出た問いに、村人たちは顔を見合わせ合って、その内の一人がポツリと応える。


「……あいつは、北六は、本物に出会っちまったんですよ」


「本物、ですかな?」


「そう本物。こんなところで語られる本当か嘘かもわからない怪談話じゃなくて本物、少なくとも本人はそう言ってます。それ以来あいつは、恐怖に囚われてるんですよ」


「それは、何があったんです?」


 問われて男がチラリ見た先、百物語、最後のろうそくはまだ消えてはいなかった。


「……これは、あいつから聞いた話なんですがね」


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