最初の悲鳴が響き渡った。

 部屋を出てまた歩いて、角を一度曲がってたどり着いたのは、これまでにない広い部屋であった。


 敷き詰められてる畳の枚数は二十か三十か、天井も高く、灯りのろうそくもその果てまで照らすことは叶わなかった。


 その中心はガランと何も置かれていなかったが、外周壁際、崩れかかった土壁の手前にはぐるり、無数の、恐らくは百の、ろうそく立てが立ち並んでいた。


 そのろうそく、左手よりぞろり連なり巡りながら一本一本に火を灯していく。


 その最後尾に続く鴨兵衛からば、慣れた手つき、に見えて実のところその動きは雑でだと見えた。


 早く終わらせよう、さっさとここから出よう、その焦りが手つきを素早くも、また拙くもさせているようであった。


 だがそれでも鴨兵衛と比べればずっとずっとマシな手際、もし任されたのなら一体何本のろうそくが粉になったことか、思っていた鴨兵衛がけっつまずく。


 角に引っ掛けたのではない。畳が沈んで足を掬ったのだ。


 暗闇でのこと、しかも畳が動くなど予想の外、咄嗟の言い訳を頭に浮かべながらもグラリ前へと鴨兵衛倒れていく。


「あ」


 小さな声と共に、背後からその袖掴んで助けようと伸ばしたおネギの小さな手を、しかして鴨兵衛は払うように避けた。


 ドム。


 何とか踏みとどまった鴨兵衛の足音に、みながビクリと跳ねて振り返り、正体見つけて眉を吊り上げる。


「いい加減にしやがれコンチキショー!」


「やめろ。ほんと。やめて」


「あーおいこの」


 各々の安堵と雑言を受けて平謝りする鴨兵衛、それが収まる辺りでチラリ振り返ると、おネギの、寂しそうな悲しそうな顔が見えた。


 今の事、些細な事、されどまたやらかしたと自覚する鴨兵衛であったが、それを咄嗟に繕えるほど器用ではなかった。


「ここでの百物語のやり方を話しておきましょう」


 そんな鴨兵衛とおネギへ、気を使ったわけではないだろうが、村長息子が説明を始めた。


「怪談は、先の部屋でします。一人一つ、語り終わったなら、その語り手は一人でこの部屋までやって来て、ろうそくを一本、左手側から消していきます。そうやって全部が消えたら百物語は終わりなのですが」


「おい」


 話を遮るのは前の男、これに村長息子、泡って持ってきていた籠より真新しいろうそくを取り出し渡す。


 気が付けば入口より反対側、部屋の一番奥、ろうそくの半分が灯し終わったあたりであった。


「……ここまでのろうそくは、語り終わって消されてるんです。けど半ば辺りで毎回人が消えて、それでそのまま残りが燃え尽きちまって、それでこうして新しいのを加えてるんですよ」


 説明続けながら次々と新しいろうそくを取り出し、まとめて灯して、前へと送って次々と立てていく。


 手慣れた様子、残り半分を灯すのにさほどの時間はかからなかった。


「俺はもう、怪談話は今夜限りだ」


 男ら各々愚痴りながら部屋を出ていく、その最後に続く鴨兵衛は、ふと足を止めて振り返る。


 そこにはおネギの後ろ姿、視線が見つめるは百のろうそくがともり昼間の如く明るくなった大部屋、その何もない中心の畳を、じっと見つめていた。


「どうした?」


 呼ばれて振り返ったおネギは、首を横に振ると、トトトとやってきて、共に部屋を出た。


 そうして来た道戻り、一度の角を逆に曲がって元の部屋へ、板間に敷かれた畳の上に次々と座っていく。


 どうやら来た順ではなく、各々指定の位置があるようであった。


「こちらへ」


 その中で比較的顔なじみではあるが、思えばまだ名前も知らない村長息子に呼ばれて、空いてる畳一枚に鴨兵衛、おネギ、並んで座る。


「ほらよ」


 そこへ横から回されてきたのは、塗りの禿げた椀であった。


 乱雑に扱われてきたであろうその椀は漆が剥げてみすぼらしい見た目、しかし手に取ると無事の塗りは見事であり、何よりも薄く、軽かった。


 その見事な造りに鴨兵衛は驚く。こうなっても見え隠れする高い技術、これが完全な形であったならば、さぞや見事なものだったことだろう。値打ちで言えば、下手な刀よりこの一杯が上回るかもしれない。


 ひょっとするとこの屋敷に残されていたものを、その価値を知らずに用いてるだけかも、と思いながら中を覗けば、七分目ほどの量、透明な液体が注がれてあった。


 これはと思い顔を近づけるも、特に臭いはなく、軽く啜れば何のことはない、ただの水であった。


「話しっぱなしだと喉が渇く。だが酒だと酔っちまうからな。寝ちまう分には叩き起こせばいいが、怪異を見ても酔ったせいにされちまうのもシャクだろ?」


 まぁ確かに、と納得の鴨兵衛、今度はしっかりと口に含み、ぬるい水でのどを潤した。


「じゃあ全員に行き渡ったな。始めるぞ」


「最初はどこからだ」


「前は北東北北村のやつが最後だったから次は北北西南村からだろ」


「まて、これまで最初に話したやつから消えてった。だから俺は嫌だ」


「それは前とその前だけだ。最初の二人は違ってたはずだろ」


「いや待ってくれ」


「じゃあいい、今回は俺から話してやる。代わりに次はお前んとこがろうそく用意しろ」


 気が付いた鴨兵衛が声を上げるも流れに流され聞き流される。


「ふざけるな! そんな足元見るやり方!」


「じゃあ順番守れよ。おら」


「やめろお前ら。だったら俺から先に話してやる。それで全部終われば次もない。いいな」


「いやすまないが」


「お侍さん、便所なら出てすぐそこ、あの見えてる扉だ。言っとくが戻ってくるまで話は進まないからな」


「いやそうではなくて」


 話し下手なのか要領が悪いのか、言いたいことも言えないこんな鴨兵衛に頼らず、おネギはスッとその白くて小さな手を上げた。


「すみません。まだあたしの」


 ダダン!


「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 今宵、最初の悲鳴が響き渡った。


 それが誰のものか定かではないがしかし、叫ばなかったものもただ悲鳴が喉に引っ掛かっただけで表情はみな同じ、恐怖で歪んでいたのであった。


 違いはその原因、鴨兵衛とおネギ、それと村長息子は悲鳴自体に驚いていた。


 一方で残る男らは、おネギに驚いていた。


「おい北北西北村!」


「なんでここに女のガキがいるんだ!」


「ふざけるな! 十八未満禁止はお前らが言い出したんだろ!


 続く罵詈の雑言、驚く鴨兵衛とおネギと、村長息子、そして要約の見込める。


 どうやら彼らは、今の今までおネギの存在に気が付けてなかったようであった。


 無理もない、わけでもなかった。


 一応は、普段から女子供抜きで行ってきており、そこへ余所者の参加、しかも大きな鴨兵衛に隠れて目立たなかった、とは言える。


 だとしても、おネギ自身、少なくとも今のところは、その気配を隠そうともせず、色々と見ようとちょこまかかを覗かせており、鴨兵衛の影に隠れることもなかった。


 そもそも人が消えるという異常事態、周囲に気を張り警戒するのが当然であり、その過程でおネギのようなわかりやすい異変に、ここまで気が付けなかったのは迂闊としか言いようがなかった。


 言い分、正論、真正面から口にすれば喧嘩を売るようなもの、そうしないだけの器用さは鴨兵衛にもあった。


 けれども、顔に出さないほどには、器用ではなかった。

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