二手に別れることとなった。

 眩い光、遠くの喧騒、そして鶏の朝の一声に、鴨兵衛は目を覚ました。


 身を起し見回せばやはり変わらずのぼろ宿、けば立つ畳に立ち並ぶ光の柱は幻想的に見えて、実際は天井に開いた穴より差し込む日の光という、ぼろさの証であった。


 改めて見てやはり酷い部屋に、雑魚寝する一同、足元方面には米丸と梶朗と名乗った二人が手足を広げていびきをかいていた。


 その傍らには昨日の晩飯の残り、芯が残っていては消化に悪いと、みそ汁の残りに投げ入れて粥にして煮直した玄米だったベトベトがへばりつい散る鍋やら何やらが残さされたままであった。


 一方頭上方面には八吉、こちらに背を向け腕枕、寝てるかどうかはうかがい知れなかった。


 傍らには昨晩、鴨兵衛が開けてしまった畳の穴がぽっかりと開いていた。


 夢ではない現実、逃れられない因果、朝より不景気なため息を吐きながら鴨兵衛が立ち上がろうと手をつくと、その指先に気配を感じた。


 見れば手を突いた少し先、つかず離れずの距離におネギが小さく丸まっていた。


 このような酷い中でもすやすやと眠るその小さな顔に危うく手をつくところであった鴨兵衛が冷や汗たらりと垂らすのを感じ取ったか、ぱちりとおネギは目を開けた。


「おはようございます兄上」


「うむ」


 ハキハキしたおネギの声、そしてすくりと起きて、伸びも欠伸もせずに、まるでずっと起きてかのような振る舞いに、なれているのは特段驚きも見せない鴨兵衛と、それを一瞥もせずに起き上がる八吉、全く気が付かずに眠り続ける米丸と梶朗、ここにいなくなってた一人がどたどたと戻ってきた。


「ささささ! 朝だよ朝だよ!」


 騒々しく現れたリン、さっぱりとした顔に昨日と少し異なる髪の結び、早起きして水浴びしたものとわかった。


 そして元気一杯、声を張る。


「それじゃあどこから始めようか!」


 ドン、と畳の上に突いて立てたのは、右手の箒、それも外掃きようの硬い竹を束ねた竹箒であった。


 始まりは遠いとおネギと鴨兵衛、目を見開いた。


 ◇


 便所、水浴び、昨日の残りをもう一度煮直した朝飯を終え、二人と四人、話し合いが行われ、そして二手に別れることとなった。


 いつも通りの日常を内に残るリンと米丸にはおネギがつき、外を巡る八吉と梶朗に鴨兵衛が付いて回り、問題を洗い出す。


 昼飯時にもう一度集合と別れた二組の内、鴨兵衛が最初に案内されたのは宿の裏側にひっそりと建っていた倉であった。


 石造り漆喰塗、鉄の扉とかなり立派なもの、思えばここらは街道、ならば重要な荷物を代わりに保管するためにこんな場所もあるのか、と感心する鴨兵衛を八吉は中へと促す。


 中は薄暗くてひんやりと冷えていて心地よく、だけどもがらりとした板間には何も置かれていなかった。


 その上に八郎、指をさす。


「その腰の物、ここに置いてけ」


 一言は、実のところかなり際どい一言であった。


「これから回るのは客たちだ。そこに腰に刃物刺して回ったら商売にならねぇ。ここなら人気もないし、盗まれることもねぇだろ」


 もっともらしい理論、だけれども武士よりその魂である刀を置いていてというのは下手をすれば侮辱に当たる発言、無礼打ちにあってもおかしくはなかった。


「まぁ、鞘だけなら、ガキでもない限り盗りゃしないか」


 その一言に鴨兵衛、右眉を上げるも、怒ることも嫌がることもせず、黙って腰の鞘を引き抜き、板間の上にそっと置いた。


 それを見届け背を向ける八吉に続く鴨兵衛、二人が出るのを待ってから梶朗が鉄扉を閉めた。


 ……その刹那、鴨兵衛は扉の鍵が打ち壊され、その断面に錆が浮いているのを見逃さなかった。


 ◇


 多くの旅人が一泊する宿場町は、それだけ多くのものを消費した。


 水、場所、食料、そして薪、これらはいくらあっても足りず、故に相応の値段で取引されていて、専用に商うものも少なからず存在していた。


 その中に三人、籠を背負って混じる。


 木々に張り付く蝉の鳴き声を頭から浴びながらさして深くない山へと分け入り、落ちてる枝を拾い集めていく。


 時折出くわす他業者たちは、合わせて山菜やキノコも集めていた。


「やらないのか」と尋ねる鴨兵衛に「どれが食えるかわからねぇ」と答える八吉、続けて「わかるっすか?」と問うてくる梶朗に鴨兵衛は「おネギならば」と返すのが精いっぱいであった。

 

 その後、巨大すぎて誰も動かせない巨木をひょいと拾い上げた鴨兵衛を、それは目印だから動かすなと八吉が叱ったのと、ならばと小枝を拾うたびに砕く鴨兵衛の代わりにその背の籠に次々と枝を頬りこむ梶朗、目立つもめ事もなく三人、山を下りた。


 湿度の高い季節である。拾った枝はまだ水々しく、茂る葉も緑、このままでは薪にはならないと流石の二人も知っていた。


 なので乾かすべく、宿の裏庭にて葉を毟り、並べて天日にかざして乾かす。


 それを三往復、戻る度に枝をひっくり返してまんべんなく乾かして、そして裏庭がいっぱいになると、やることが無くなった。


「後は、畑の収穫手伝ったり他の宿屋で荷物運びやったりっすね。でもその時は向こうから呼びに来るんで、それが無いってことは今日はないっす」


「それで、良く生活できてるな」


 思わず出た鴨兵衛の言葉に梶朗はアハハと笑う。


「いやきついっすよ。お客さんも鴨兵衛さんらが二週間ぶりっすもん」


「それは、銭はもらえたのか?」


「もらえたっすよ。アニキが頑張って、なんていうか、お願いしたっすよ。そしたら相手のお客さん頭下げて、お金は払うから勘弁してくれって」


 アハハと笑い、そして笑えなくなる。


「改めて見ると、やっぱ不味いっすよね」


「まぁ、そうだな」


 二人の会話に耐えられなくなったのか、最後の枝をひっくり返した八吉がガバリと足り上がる。


「あ、アニキ、今日も行くんすか?」


「あぁ当然だろ。二人増えちまったしな」


 そう言って庭を出ようとする八吉に自然と梶朗もついていく。


「どこへ行くのだ?」


 数歩遅れて続く鴨兵衛へ、振り返りながら梶朗は応える。


「明後日のご飯を取りに行くっす」


 返事する梶朗は笑顔に戻っていた。

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