祈らずにはいられなかった。

 それからの村は忙しかった。


 撃滅された野毛兄弟とその一団のため、お役人が飛んできて、お千や村人にあれやこれやと事情を話させた。


 次いで撃滅の噂は尾ひれがついて宿場に広がり、そこから物見遊山の村は忙しかった。


 しかし、一命をとりとめたとはいえ、未だうどんを打てるほど回復しきれてない弦五郎、出せるうどんはなかった。


 そこで『ドクダミ屋』は、当分の間、うどんの代わりにすいとんを出すこととなった。


 水で練った小麦粉の生地を耳ほどの大きさと厚さに千切って、程よく湯で茹で、沢の水で引き締めたものにわさびと醤油をつけてモチのように食す。これはこれで美味いと飛脚たちにも好評であったが、急いで飲み込みのどに詰まらせるものが続出して、やはりうどんが一番だと笑い話にもなった。


 それでも茶屋に立つのはお千一人、そこで手伝いに名乗り出たのは、おネギに感化された子供らだった。


 比べるとどうしても幼さの残る彼らだったが、その分を数で補い、なんとか店を回していくことができた。


 ……そうして半月、いよいよ夏が本番を迎えようとしたころ、また茶屋を訪ねる異様な客の一団がやって来た。


 人数は十と三人、みな揃いの着物、頭に笠、そして腰には立派な刀が大小の揃った、侍の一団であった。


 物腰静かで無駄口叩かず、だというのにその身に纏う空気は恐ろしく、仕事に慣れてきたはずの子供らは、何かされたわけでもないのに怯えて近づくことができなかった。


 それで一人で接客するお千、感じたのは子供らと同じ恐ろしさ、そして連想させるはもう思い出したくないあの地獄の光景であった。


「もし」


 それでも顔色変えずドクダミ茶を出し、注文を受けてすいとんを出すお千へ、どんぶりを受け取った内の一人が声をかけた。


 驚いたことに、笠に隠れたその者は、若い女性であった。


「我らは人を探して旅をしているのだが、この辺りで小さな女の子を連れた大男を見はしなかったか?」


 おネギ、それに鴨兵衛、お千にはすぐに思い当たった。


「さぁ、最近はこの茶屋を訪ねるお客さんも増えてきたんで、そんなようなお客さんもいたようないなかったような」


「目立つ二人だ。特に男の方、熊のように大きく、不器用で、すぐに何かしらを壊す。それに腰には黒鞘だけをぶら下げている」


 ここまでくれば、間違いなかった。


 しかし、お千は話すつもりはなかった。


「それとおんなじ人かは知りませんが、この先の荒れ寺で刃傷沙汰があったそうで、なんでも女衒の一味が仲間割れしたとか、その頭が二人組で、ともかく大きな大男だったとか。詳しいことは知りませんがこの先の宿場じゃその噂でもちきりだそうですよ?」


 下手に作り話するよりも、似たようなもので微妙にずれてる話に挿げ替えて、お千はあらぬ方向へと誘導していた。


「そうか」


 そう答え、女は納得したのかお千からどんぶりと箸を受け取った。


「時に、この長椅子はかなり不格好なようだ。足は不ぞろいでガタガタ、淵も削りが甘く、触れると指に棘が触れる。にもかかわらず、縛る荒縄はぎちぎちで、その力だけで形を保ってる。いかな剛力で作ったものだろうな」


 女の言葉にドキリとし、だけども顔に出さぬようお千努めた。


 それが上手く行ったか行かないか、侍の一団はその後無言ですいとんを平らげると、銭を払って足早に出立していった。


 その背を見てお千は思う。おネギは、これが敵討ちの旅だと言っていた。しかし敵討ちの旅は討つためだけではない、打たれぬため、逃げるための旅もあるのだ。


 鴨兵衛とおネギ、あの二人が、過去に何をしてきたかは知る由もない。ただ、荒れ寺を地獄に変えてまで助けに来てくれた二人に、お礼の一言も言えなかったことが、お千には心残りであった。


 侍の一団が立ち去った後、お千は鴨兵衛が残していった、不格好な長椅子を撫でながら、心の内で二人の無事を祈らずにはいられなかった。

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