両者が両者と対峙する形となった。
「「やられたな」」
瓜二つの顔がほぼ同時に同じ言葉を口にして、鴨兵衛は驚きに目を見開き、おネギは面白がってコロコロ笑った。
それを気にせず爪太郎と牙太郎の野毛兄弟は、互いに顔を見つめ、頷き合うと左右に分かれて前に出た。
これに、迷わず左に出るおネギと、その後に続こうとする鴨兵衛、が立ち止まったおネギに「ほら」と促され、鴨兵衛はやっとっ察して慌てて右へと向かった。
こうして双子と二人、焚火を挟んで両者が両者と対峙する形となった。
双子はそろって鞘より大太刀を引き抜き、正面に構える。常人と比べて頭一つ大きな野毛兄弟であったが、使う大太刀もまた長くて大きいものであった。
柄だけで比べてもそこらの男の顔より長く、弓に沿った刀身合わせれば、大きな兄弟の背丈よりもわずかに長い。その刃は研ぎ澄まされていながら肉厚で、鋭さに重さを乗せた切れ味は抜群であった。
そんな大太刀を双子はそろって軽々と刃を持ち上げ顔の横、切っ先を夜空に向けて突きたて八相に構えた。
これに対峙し、先に動いたのは爪太郎の前に立つおネギであった。
しゅるりと、帯の裏にでも隠していただろう石礫を取り出すや、また器用にお手玉して見せた。その数七つ、上下左右、時に交差し、自在に乱舞した。
その全てを見切るは困難、爪太郎が目線を泳がす間に内の一つが放たれた。
ガキン。
喉を狙った一投は、しかし爪太郎が前へとせり出させた大太刀の腹にて弾かれた。
そして素早く構えを八相に直す爪太郎は、じりりじりりとにじり寄りながらも、目前の幼女への目利きを終えようとしていた。
髪、良し。目鼻、良し。顎、良し。首筋、良し。背筋、良し。爪、良し。歩き方、良し。歳は若すぎるが待てば良いこと。だけども、おネギの評価は最低の下玉であった。
この女は、いずれ災いをもたらす。買った遊郭、選んだ客、下手すれば自分たちにも、いつの日にか疫病神のように、だけども美しく成長して、何もかもを破滅へと巻き込むだろう。この道の長い爪太郎の目利きであった。
それもあってか、生かして帰す気はなかく、油断する気もなかった。
幼女の得物、石礫による投石、児戯とも笑われる攻撃ながら、その実戦場にて最も多くの血を流した攻撃でもあった。
加えて、おネギの投げ方は独特であった。
お手玉で視野を翻弄し、惑わせ、虚を突いて放つ石礫、その狙いは正確無比、今の一投も喉のど真ん中を射貫いており、防がなかったなら喉仏を潰され苦しみもがいていたことだろう。それだけの正確さに、威力もあった。
見ただけでは手首だけで投げているように見えるがその実、足の踏み込みに腰のひねり、全てが駆動し力を与え、その手から石が離れきるギリギリまで指で押して威力を高めていた。
合わせて必殺の石礫、投石術でも習得してるのかと感心するも、しかし爪太郎はその技をすでに見切っていた。
お手玉に目が奪われがちだが、結局石礫が放たれるは手に落ちてから、両手を見据えればいつ来るか必ずわかる。しかもその狙いが正確すぎるが故、確実に急所さえ守れれば、いくら威力があろうとも、爪太郎の技量をもってすれば防ぐのは造作もなかった。
「所詮は女子供の遊び、落ち着いて見ればどうということもない」
それを否定するように、おネギの両手がうねり、次々と石礫を投げつける。喉、右脛、左足、連投に、しかし爪太郎、これら全てをいなして見せた。
ガキン。カン。カン。
一投を太刀で受け、二投は足を上げ避け、三投も残る足も刎ねて飛び交し、無傷でしのいで見せた。そこから生まれる余裕、自然と爪太郎に笑みが浮かんだ。
これに臆したか、おネギの表情が曇った。その手はすでにお手玉を止め、左右の手に石礫一つずつ握るのみ、しかも一向に投げようとしなかった。
どうやらその二つで打ち止めらしい。
ならば待つ必要もないなと爪太郎、ずいりと前に出て間合いを潰すと、その分ネギもずさりと後ろへ引いた。
それが二歩、三歩、爪太郎が進むに合わせておネギも下がる。しかしそこには歩幅の差、間合いは確実につぶれていた。
そしてまた後ろへ後ずさるおネギ、が、何か踏んだ小さな体がぐらりと崩れた。
これを好機と見た爪太郎、一気に踏み込んだ。
対しておネギの反応素早く、身を立て直すや両手を大きく背後に引いて、挟み込むように振り出し、両手の石礫を同時に二つ、狙いは顔面、両の眼、狙い投げうった。
ガガン!
だけどもこれに反応できる爪太郎、八相より刀身倒して二つ同時に弾いて見せた。
これで打ち止め、後は打ち下ろすのみ、邪念も驕りもなく、ただそう思い、大太刀を八相に戻す。と、腹に痛み、冷たい感触、それが強まり激痛となった。
「な!」
驚愕の声を吐くだけで痛みが増す。混乱する爪太郎、構えも忘れて己の腹を見れば、しめ縄よりやや上、へその辺りに、深々と刺さった匕首の柄が見えた。
何故? どこから?
疑問を抱えた爪太郎は大太刀を取りこぼす。そして漏れ出る己の血で下半身を濡らしながらぼんやり視野を向けた先、見えたのは、おネギがまっすぐ爪太郎へ向けて伸ばしている、右足であった。
着物の裾、合わせ目よりしゅるりと飛び出た生足は、まるで白魚のような、あるいは皮をむいたばかりの大根のような、白くなめらかな肌をしていて、きわどい位置まで露になった太ももに、柔らかそうな脹脛、足首からは小さくて、その下にはわらじも何も穿いてない裸足であった。
その、何もない足、底に並ぶわず小さな指、わずかに紅に染まった爪を持つそれらの内、親指と人差し指が、はっきりと広げられていた。
その意味を考え、思い足り、だけども爪太郎は否定した。
あの投擲の刹那、爪太郎の目は石礫を持つ両の手に向いていた。そしてそこから放たれた二投に、大太刀で目を庇っていた。
その手前、踏んで体幹を崩したのは何だったのか?
あれは、誰かが零した匕首ではなかったか?
だとすれば、あの足合わせて考えるに石礫を目くらましとしてできた隙に、この幼い幼女は足の指で匕首掴み、まるで手で投げつけるかのように腹へと蹴り投げた、とでもいうのか?
そんな芸当、できるわけがない。
いやしかし…………そう、頭の中で問答を繰り返す爪太郎、その血の足りぬ頭では、刺された真意どころか、己の体が仰向けに倒れていることにさえ気が付けなかった。
手足が動かなくなり、ただ広がるだけの血だまりに、興味を示さないおネギは、上げた足をまたしゅるりと裾の間より着物の中へ隠すと、黙って隣の死闘へ目をやった。
……焚火の向こう、鴨兵衛を前にして、牙太郎は油断なく構えていた。
目前にて、無手のまま、自然と構えもしない大男に、爪太郎は強者を見ていた。
その大きな体の背後に転がる手下たち、その体に刀傷は無く、血だまりも小さい。加えて焚火の光に照らされた腰の物には柄も鍔もなく、ただ鞘だけに見えた。
ならば獲物は素手、投げたか打ったか走らないが、どちらにしろ間合いを潰して肉弾戦で落とす目論見と、牙太郎は見て取った。
ならば手は一つ、間合いを潰さない、潰させないことであった。
こちらから迂闊に攻めず、適度に距離を詰め、こちらは届くがあちらが届かぬギリギリを持って攻めに転じる。それにはこの長い大太刀はうってつけであった。
如何に相手が巨大であろうと、素早かろうと、所詮は人、駆け寄るよりも一太刀浴びせるが速いは必定、そして切られれば血が出て死ぬのも変わらない。だからみな腰に背に、獲物を持ち歩くのだ。
それをしない鴨兵衛の事情など推察もできないが、少なくとも牙太郎は甘く見ることはしなかった。
……動きがあるとすれば、相手が落ちてる得物を拾う時、それが何であれできた隙を見極め、できれば切る。だめならば次を、と先の先を考える牙太郎の前で鴨兵衛は、ため息を吐き出した。
「……やらねば、ならぬな」
誰に向かっての言葉か独り言、吐き捨てるやそっと、その右手を腰へと伸ばす。そこにあるは刀無しの鞘、掴むと、ずいりと引き抜いた。
立派な鞘であった。黒く塗られた分を差し引いても太く、長く、ご立派で、ただの鞘でありながら何とも言えない威圧感があった。
これだけの鞘、納める獲物はさぞや大物、下手をすればこの大太刀よりも大きなものを納めてたかもしれない、そう想像する牙太郎の前で鴨兵衛はその鞘を両手で握るや、そっと正面、正眼に構えた。
何の冗談かと牙太郎の御塗に言葉が浮かぶ前、本能がその意味を悟った。
鞘に一切のぶれもなく、どっしりとして静か、隙の無い構え、目つき鋭く、呼吸も読めず、そこにいる大男は、紛れもない武士、熟練の剣士であった。
牙太郎がこれまで抱いてきた鴨兵衛の心象が塗り替えられた。
これが、鴨兵衛の本気の姿であった。
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