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 皆さん注射を受ける時って刺さるところを見るタイプですか?それとも見ないタイプですか?

 オレは見るタイプなんですよ。本当は見たくないんだけど、どうしてもその瞬間は見ちゃうんですよね。その瞬間まではずうっと目を閉じたり背けたりしてるんだけど、いざ!っていう時が来るとどうしても顔が向いちゃうし目も開いちゃう。

 今も同じ。もうどうにもならんな、って思って目を閉じたけど、あ、今これから轢かれるぞ、って思ったら、目が開いちゃうんだな。


 そして。目を開けると。


 緑色の景色。

 野原があった。

 淡く黄緑の空と、青々と茂る芝生。

 その中空に身体は投げ出されていて、ゆっくりと柔らかな地面に受け止められる。


 訳も分からぬままに体を起こして辺りを見回すと、女性がいた。

「ここは」

 そう言えたか分からないくらいで、女性が話を始めた。

「上手かったですか?私のヒトの真似。」

「上手かったですよね。私、狐のヒト役者の中で一番の自負あるんですよ。」

 は?とも何を言っているのか?とも言えないまま、女性は捲し立てた。


 いや、もはや言う必要も無かった。女性の体躯には、今やヒトには存在し得ない耳と尾が備わっていたからだ。人間離れして奇麗な肌や瞳の理由が分かった気がした。

 しかしそれでも、何故だか心は落ち着いていた。


「何が目的で、こんなことをした?」

 問い詰めるとか、責め立てる気持ちは無かった。ただ純粋に、自分に求められたことをやってやろう、それくらいやぶさかではないし、その後元に戻れるだろうとなんとなく思っていた。


「……。私は、今言った通り、ヒト役で売れている女優で、たまに監督もやります。貴方は知らないでしょうが、今この世界では、”相当役”と言って、作品の役柄にできるだけ近い人物を役者に採用するべき、とくに生物種においてはなおさらであるという風潮があるのですよ。私的にはこんな風潮は嫌いで、ヒトの役を手ずからやりたいのですけど、面倒なことになるのはもっと嫌ですから、こうして本物のヒトである貴方を連れてきたという訳です。」


 騙すようで悪かった。でも密かに進めたかった故なのだと謝罪して、どうかヒト役を演ってくれないかと女性は頼んできた。


「成る程。良いですけど、一つだけ条件があります。」


 答えは決まっていた。

 だって。


「今度のオレの映画で人に化ける狐の役をお願いできますか?」

 

 オレも同じ境遇なのだから。

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通勤の朝 @mountainbird

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