1-5 今日の終わりの日記帳
第六呪い王子 日記帳抜粋
『ま、明日も頑張ろうかな……』
雲一つない夜。
頭上には太陽が昼の眩き光を抑え、柔らかな青白い光を地面に降り注がせる白陽へと、その姿を変えている。
とどめの箱庭もまた、昼の喧騒などどこへやら、薄暗闇の中、虫の声が草花の合間で響くのみだ。
そんな箱庭の一角で、アインは自身の寝室の前で椅子に座り、カボチャのランタンが置かれた小さな机に向かっていた。
机には一冊の本が置かれており、彼はそれに羽根ペンを走らせている。
「お疲れ様です。日記は書けましたか?」
そんな彼の斜め後ろに、フィリアが湯気を上げるコップ持って出現する。
「うん。もう少し……と」
現れた彼女に目を向ける事なくペンを走らせ、やがて、一息付いたのか日記を閉じ、吐息を吐く。
「ありがとう。フィリア。今日もお疲れ様」
「いえ。役得でした。あれほど乱れる王子など、久しく見ておりませんでしたので」
言葉に、コップを受け取りながら苦笑を返す。
「覚えてる分、結構来るものがあるねこの呪いは……」
「……もう、全部思い出されましたか?」
「このホットミルクが、美味しいって事ぐらいはね」
コップから一口すすり、ほうっと吐息を吐く。
「うん、いいね。やっぱりこの味だ」
「私のミルクで喜んで貰えてなによりです」
「今日は色々疲れてるから何も言わないからね」
「分かりました。放置プレイと言う奴ですね」
「ずれないな君は……知ってるけど」
飲んだコップを机に置いて立ち上がり、扉の開いた寝室へと歩み寄る。
光一つ無い、暗闇だけが広がる部屋を前に、彼は一度立ち止まる。
言葉を作らず、呼吸を一つ。
立ち尽くす彼の背後、彼女はその背にゆっくりと手を置いた。
「王子。大丈夫です。我らは……私は、明日も明後日も、そのまた先も先も、あなた様のお力となります。ですから……」
「……ありがとう」
感謝を送り、顔を向ける事無く部屋の中へ。
「それじゃおやすみ。フィリア」
「はい。おやすみなさいませ。良き眠りを……アイン」
頭を下げた彼女の呟きが、最後まで聞こえたのか否か。
扉が閉まると共に、寝室は周囲のカボチャから這い出た蔦によって、あっと言う間に包み込まれ、四角い植物のオブジェと化した。
頭を下げたまま、しばし動きを止めていた彼女であったが、やがて顔を上げ、いつもの無表情のまま、けれども優しき声音で呟いた。
「せめて、せめてしばしの安らぎを……」
願うような祈るような、静かなる呟きは、夜の闇に溶け、やがて彼女の姿と共に、消えていった……。
呪いの国の日記帳 濵田 雅之 @hammerkun
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