1-4 キマイラと異世界人 後編
第六呪い王子 日記帳抜粋
『でもまあ、良い奴等ではある……のか?』
上空を駆け抜けた巨大な影。
その影が何なのか、アインが理解する間もなく、影から何かの塊が落下。
彼の真後ろの地面へと、草花を抉り飛ばしながら激突する。
塊は何度もバウンドを繰り返し、勢いを失いながらも回転を続行。
最終的に木にぶつかって、ようやくその動きを止めた。
「はっはっはあ! ええぞ獅子の! 中々良い落ち具合じゃったぞ!」
その成り行きを、ただ茫然と見る事しか出来かったアインの背後に、高笑いを上げながら何かが地響きを立て着地する。
「な、何が……!?」
恐る恐る振り向いた視界に入ったのは、一言で言えば『竜人』であった。
背丈はアインのニ、三倍近くあるだろうか。
その顔はまさに緑色のトカゲに角や牙を生やし、更に凶悪化したような面構えではあるが、縦に伸びる金色の瞳に宿っているのは、いたずらを成功させた子供のような無邪気さだ。
背後には巨大な翼があり、ゆっくりと畳まれ始めている。
人の肉体をそのまま爬虫類に置き換えたようなその体には、何重にも渡って重ねられた鱗を鎧として着込んでおり、触れただけで人の皮膚など、容易く切り裂けそうな刺々しさを持っている。
唖然と見上げるアインに、竜人はからからと笑いながら、彼に軽く手を上げる。
「ようアイン! 今日は一段と驚いてくれて何よりじゃわい!」
「は、はあ……」
「『咆哮する竜』。まずは名を。今の王子は何も知らない無垢な美少年なのですから、懇切丁寧にあらゆる事を教えねばならぬのです。もちろん、アレな事は私がみっちり教えるのですが」
「いや教えなくていいから!」
「フィリア、いつも道理じゃのうお主は……ま、ええわ」
背後から伸びる尻尾で地面を一度叩いてから、人懐っこい笑みを浮かべ、牙だらけの口を開く。
「わしは『咆哮する竜』隊長、ボルト=D=デリックじゃ。竜の真似事が出来るのと、呪いせいで酒が主食になっとる。ま、よろしく頼むよ」
「よ、よろしく……」
差し伸べられた巨大な鱗の手を、恐る恐る握り返す。
竜人の手は、見た目の刺々しさとは打って変わって、まるで陶器を触っているかのような、つるりとした触感と冷たさを持っていた。
「ま、記憶がないんじゃ色々と困る事もあろう? 酒さえくれれば、今日は我儘も聞いてやるから何でも言うんじゃぞ」
「いつも言っていますが、お酒の支給は私を通して下さい」
ぴしゃりと言い放つフィリアに、ボルトはおどけた様子で、ただでさえ尖っている口を更に尖らせる。
「え~だって、お主通すと露骨に減らされるじゃん」
「十分な量は支給している筈です」
「ワシ大食漢じゃし。ちゃんとした食事が、良質な仕事を生み出すんじゃぞ?」
「量が多すぎるんです。首都の酒を全て飲み干すつもりですか?」
「あ~あ~聞こえな~い聞こえな~い」
どこに耳があるのかわからないが、頭を両手で押さえつつ頭を振る。
「あ、そうじゃ。おい、獅子の! お主、いつまでそうしておるつもりじゃ? さっさと起きんかい!」
話題を変えるように地面を揺らし歩み寄るのは、先ほどアインの頭上を通り越した塊。
竜人に摘まみ上げられたのは、元々は豪奢なマントであったであろう、ボロ布に包まれた塊と槍であった。
布は元々、雄々しい金色の獅子が描かれ、汚れ一つない純白だったのだろう。
だが今では獅子はほつれ、見る影もなくなっており、砂埃などで布地は随分と汚れている。
匂いも凄そうだが、周囲にそこまで感じられるほどの匂いはまき散らしてはいない。
マントは、どうやら短時間でここまでボロボロになってしまったようだ。
そのマントに突き刺さる様にしてセットになっているのは、金属の槍だ。
こちらは棒の先端に、矢じりのような刃物がついただけで、何の装飾すらされていない。
実用性を重視していると言うよりは、適当に組み合わせて作られた様な、乱雑さを感じる代物である。
「Zzz……」
塊は寝ているようで、もぞもぞと蠢きはするものの、反応を返す事はない。
「王子。彼はラギウス王国近衛軍、『キマイラ』の『眠れる獅子』隊長、レス=L=ラスです」」
「彼って……あれがそうなの?」
「ええ。彼は平時では常に睡魔に襲われているので、基本あんな感じです。が、この国に……いえ、大陸を見渡しても、近接戦闘において『眠れる獅子』の右に出る者はそうはいないでしょうね」
「ま、今日は下手に触らん方がいいぞ。扱い方を間違うと……やばいからの」
「わ、分かった」
目を細め、静かに呟くボルト。
その声に込められた圧に、アインはただただ頷きを返す。
「さて、これでキマイラ各員揃いました。王子。テーブルの方に」
「あ、ああ」
フィリアに手を引かれながら、個性豊かすきる面々を引き連れて、アインは草花とカボチャに彩られた道を進む。
進んだ先で彼等を待っていたのは、無数のカボチャ料理を中心とし、色とりどりの料理達が並べられている、大きな丸テーブルだ。
軽く十人以上一緒に食事出来るほどの大きさがあり、幾つもの椅子が並べられている。
その内の一つに座っているのは、先ほどのカボチャの幼女、ククルと思しき人物であった。
その胸元に抱えるようにして、膝に乗っているのは、カボチャをくり抜いて作られた器である。
「あ、みんな~。先食べてるよ~」
「あれは……」
「少々姿は違われていますが、ククル王女です」
器に突っ込んでいたスプーンを掲げ、二人にぶんぶんと振る幼女王女ククルは、フィリアが言う通り、先ほどとは少し、いや、かなり姿が違っていた。
最初に目を引くのは、頭に乗っている小さな小さな金の冠付きの、オレンジ色のカボチャだ。
カボチャには二つの丸と半円が刻まれており、まるで笑みを浮かべているようである。
と言うか、まるで生きているかのように二つの円と一つの半円は、刻一刻とその形を変化させている。
その下にある幼く、可愛らしい容姿は変わらないのだが、その瞳の色と髪の色は、鮮やかで活発的な印象を持たせる、見事なオレンジ色に染まっている。
その小さな体が着込んでいるのは、二の腕や太ももから先が露出し、かなり軽装な印象を受ける、これまたオレンジ色のドレスだ。
ドレスや体には蔦や花が動きを阻害しない程度に這い、咲いており、全体的に非常に華やかな印象を受ける。
声質が全く同じ事を除けば、双子か何かだと言った方がしっくりと来るだろう。
そんな幼女の可愛らしい口元には、器の内容物らしき、カボチャの切れ端がくっついている。
「フィリちゃん! 今日もカボチャがおいしいよ!」
「それは、良き事ですね」
「良き事! 良き事!」
屈託のない、ご満悦の笑顔を見せるカボチャ幼女を眺めるアインの顔は、どこか困惑げだ。
「あれって、自分を食べてるんじゃ……」
「ホント、今日も私は美味しいな!」
「……食べてるんだね」
「あーんま深く考えない方がいいぞ。それよりもはよ食べるぞ」
「それは……いいんだけど……」
続々と椅子に収まるキマイラ達を見渡しながら、アインは頭に手をやり、不思議そうに首を傾げる。
それはまるで、忘れていた何かを思い出そうとしているかのよう。
「誰か、忘れてない?」
「今の王子は記憶喪失。紹介した者以外は知りよう筈がありません。忘れていいのは、昨日の熱い、あの事だけです」
「多分何もなかったでしょそれ……いやそうじゃなくて、ほら、あいつもだよあいつ……」
若干急かすように言うフィリアの言葉通り、現在の彼は、『呪い王子』としての記憶を失っている。
「確か……あいつの名前は……」
だと言うのに、彼の頭の片隅には、何故か一人の男の名前が浮かび上がっていた。
「クグラ、トキミチ」
『俺を呼んだかあ! 友よお!』
箱庭全域に響き渡る大声。
それと同時に噴水から水柱が吹き上がり、巨大な影が飛び出して来た。
ボルトと同等の大きさを誇る巨影は、そのまま重力に沿って地面へと急速落下。
ポヨン♪ と言う、その大きさからは想像も出来ない、何ともファンシーな音を立てて着地した。
地面に直立する、水を滴らせた物体。それは一言で言えば、巨大な円柱であった。
どこかの神殿の柱を金属化したような、傷一つない見事な光沢を放つ柱には、黒く、荒々しい筆跡で『W5』と書き殴られている。
筒の下側には、透明度の高い、半固体の球体がゆっくりと伸縮を繰り返しており、どうやら先ほどの着地の際、衝撃を全てそれが吸収した結果、あのような音が鳴ったようだ。
『王子、目覚メ認識。今朝、天気晴レ』
下部の球体を明滅させながら、無機質に声を発する柱。
「W5(ダブルファイブ)…」
明らかに異常な柱に対し、見上げるアインには今までのような困惑した様子はない。
むしろ、その表情は嬉しげですらある。
「おっはよう! 友よ!」
と、その柱、W5上部が開いたと思った瞬間、いきなり一人の男がその中から顔を出して来た。
無造作に伸ばされた黒髪を、後ろで色取り取りの紐で纏め、開いた額には黒眼鏡がかかっている。
力強く開かれた大きな瞳と口元には、喜色満面と言わんばかりの笑顔が構成され、底抜けの明るさをまき散らしていた。
日焼けし、体格の良いその身を包んでいるのは、背面に『時』と書かれた薄い布着と、青で染められた長ズボンである。
だが、アインは知っていた。
上着はTシャツ、長ズボンはジーンズと呼ばれる、異世界の服装だと言う事を。
男は眼下のアインに、口角を上げながら気さくに手を上げる。
「よう。話は聞かせて貰ったぜ、アイン。その様子だと、どうやら俺の事は忘れてねえみてえだな」
「ああ、覚えてるさ。クグラトキミチ。アホな異世界人で、自分を天才とか称する変な吟遊詩人で……」
「ひでえ言いようだなオイ! 後、吟遊詩人じゃなくて音楽家な!」
言いながらも笑みを絶やさない男に、釣られたように笑みを返す。
「そして、僕の友達だ。だろ?」
「はっはっはあ! ちげえねえ! んじゃま、今日も一曲行ってみようか!」
言葉と共にW5の横からギターが突き出し、トキミチはそれを握り締めた。
「おおええぞええぞ!」
「ええぞ~♪」
「やれやれ……食事位、静かに食べれば良いものを……」
「Zzzz……」
「私にはあんな笑顔見せないと言うのに……! 王子のいけず……!」
かき鳴らされるギターの音色に、様々な反応を占めす異形達と、何か崩れ落ちているフィリアを見ながら、アインは思う。
こんな連中を纏め上げ、国を切り盛りする呪い王子の自分とは、如何なる人物なのだろうか?
「……まあ、凄い苦労はしてそうだなあ……」
「……そうだ王子! 今なら私を踏み、ドSとしての格を上げられますが、いかがですか!」
「いややらないよ!」
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