間隔
高橋映画
第1話
細い路地に入ると、雨に打たれたスナックの看板が水溜りに反射して華やかだった。
急に降り出した雨は土砂降りで、自転車はネオンは跳ね飛ばしてぐんぐん進んだ。
裏の扉を少しあけて中の様子を見る。雨の金曜日、店は繁盛していた。母と目が合う。『おかえり』と言ってるような気がした。
外の階段を上がって家に帰ると、テーブルの上にはラップがかけられたたくさんの料理。今夜のお通しの残りだろう。
空の弁当箱を水に浸して、風呂にお湯をためる。母が歌う十戒が聞こえた。
深夜2時、突然目が覚めた。冷えたコーラが飲みたくて店に降りる。静かになった店には、常連の清水さんと、もう長いことうちで働いているかすみちゃんが居た。
『学校はどうだった?』
冷蔵庫を開けた音に気づいたかすみちゃんが話しかけてくる。
『まぁまぁですよ』
明日は休みだし、もう一度寝つける気もしなくてカウンターに腰かけた。
『まだ2週間だもん、なにがなんだかわかんないよね〜。私にもそんな時代があったな〜。』
『俺にもそんな時があったな〜』
おつまみのチョコレートを食べながらウイスキーをロックで飲む清水さん。
チョコレートに酒が合うのかどうか、理解できるのはまだ当分先のこと。
『あんたの学校の制服、むかしは可愛かったんだよね〜。私もあれ着たかったんだ。絶対似合ったもん!』
『そうなんですか。』
カラオケのモニターに映るどこかわからない海を見ながら、いつかはこんなところで暮らしたいと思った。
『あの制服きて駅前で遊んでる女子たちがうらやましかったな〜。頭いい学校だから私は入れなかったけど。』
4月に入学した高校は県内トップの進学校だ。
『そういえば、変な噂があった!』
『学生は好きだよな、噂話』
『でも、ほんとにみんな信じてたんだよ、当時は。今じゃ笑っちゃうけど。』
『どんな話ですか?』
純粋に興味があった。
『あれ?司くん、そういう話興味あるんだ?』
『まぁ』
小さいころからこのての話を聞くのが好きだった。
将来は、伊藤潤二みたいになりたいと思っている。絵をかくのは苦手だけど。
『私が高校生のころ、よく駅前にS高の制服きためちゃくちゃ可愛い子がいるって有名だったの。黒髪ロングにぱっちりおめめで、いかにも美少女って感じの見た目。あんまり可愛いもんだから、サラリーマンのおじさんとか声かけちゃうでしょ?その子は声かけられると、絶対について行っちゃうんだって。援交?してるんだってみんな噂してた。でもね、一緒に居たはずのおじさん、次の日になるとみんなその子のこと忘れてるの。覚えていても、話したがらない人もいたみたい。そういう人たちは大抵、こわいものでもみたような顔をしてたんだって。』
『それ、あたしよ』
振り向くと、母が立っていた。
『S高の美少女といえば、薫ママだよな~。昔から頭がよくて美人だって有名だったから。』
清水さんが真剣な顔でうなずく。
『冗談、冗談。私は知らない男の人についていったりしないもの。健全なのよ、今も昔も。』
母は笑いながら、飲みかけの焼酎に氷を入れた。
『でも、確かにそんな噂があったわ。わたし、同じ高校だし、気になってその子のことを調べたことがあるのよ。』
『え~、どうだったんですか?』
かすみちゃんはカウンターから身を乗り出して興味深々だ。
『聞きたい??』
『いいね~。この時間のそういう話、最高だね~。』
そう言って、清水さんは小さいチョコレートの包みをきれいにたたみながら、こっち向いた。
静かにうなずく。
楽しそうな母を見てちょっと嬉しくなった。
間隔 高橋映画 @X1201X
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