第6話 その後 影の少女たち
精神科医はデスクのパソコンを見つめている。
パソコンの画面の左側半分にはマネ、右側半分にはモネの録画映像がうつっていた。瓜二つの顔かたち、だが左の方は背を曲げた陰険な、右の方ははきはきと明るく可憐な、まったくの別人たち。影の少女たち。
精神科医はまず左側のマネの動画を再生した。
「私には姉がいたんです」
彼女はマネの動画を止め、今度はモネの動画を再生した。
「あたしが生まれる前に病気で死んじゃったらしいけど」
モネの動画を止め、彼女はまたマネの動画を再生した。
精神科医はマネとモネの動画を交互に再生していく。
「初めての子で、両親はかなり悲しんだらしいですよ。親戚から聞いた話です」
「パパとママはあたしをその死んだお姉ちゃんと同じように扱ったんだって。おばさんが言ってた」
「私を姉の名で呼び、姉のおもちゃを与え、姉の好物を食べさせました。私の一番古い記憶は幼稚園に入学して自分のことを知らない名前で呼ばれたことです。ひどく驚きました。それが私の名前だったんです」
「あたしの一番はじめの記憶?うーん、幼稚園の時先生に知らない子の名前で呼ばれてびっくりしたことかな。その名前、あたしの名前だったの」
「はたからみれば両親は私を溺愛していました。でも、私を通して姉を見ていたんです。姉を溺愛していただけなんです。実は私のことはまるっきり無視してたんです。無神経でしょ?無神経ですよね。私自身は両親から一切の愛情を受けていなかったんです。私は両親を憎んでいますよ。この世でもっとも」
「ちょっと変だとは思ってたけど、でも大事に育ててくれたしパパとママは好きだよ」
「私は自分に自信がありませんでした。両親が一度たりとも私を私として愛しても認めてもくれなかったからです。私は誰かに愛してほしかった。なんでもいいから私自身のなにかを認めてもらいたかった。けど、嫌われるのや裏切られるのが人一倍怖くて、人との関わり合いをなるべくさけていました。学校?勉強は好きでした。でも周囲にはなじめず行かなくなりました。引きこもったんです」
「勉強は嫌いだったけど、友だちはたくさんいたから学校は好きだったかな。元々目立つのは苦手だけど歌ったり踊ったりするのは好きで、みんな褒めてくれたし。軽い気持ちでアイドルのオーディション応募したら受かっちゃって、それ以来行けなくなっちゃったのが残念。もっと学校に行きたかったなぁ」
「両親が死んでからも、私は引きこもりました。私はからっぽでした。私にはなにもなかった。せめて想像の世界くらいではと、アイドルになってみんなの注目を集める空想をひたすらしました。それだけをよすがに毎日生きました。両親が死んだ時?せいせいしましたよ、もちろん。私が一度も自分の人生の主役になる機会を作れなかった元凶なんですから」
「しばらくして所属してたグループでまさかのセンターに抜てっきされちゃって。目立つの苦手だったのに。パパもママも死んじゃったしあの時期が一番つらかったな。誰にも会いたくなかったし、外に出たくもなかったもん。部屋を毎日真っ暗にして自分は引きこもりなんだって妄想するのが日課になってたくらいで。まあ今も病むと時々やってるけどね。えへへ、気持ち悪いよね」
「そんな時、モネというアイドルの女の子のことをネットで知りました。人気グループのセンターをしていたんです。その子を知った時驚きました。なぜって姉と同じ名前で、両親が大事に持っていた写真の中の、子供の頃の姉と顔がそっくりだったんですから」
「そういえば、その頃からすごいあたしのこと追いかけてくる人がいたの。前に話したよね、マネっていう人。そう、死んだお姉ちゃんとおんなじ名前でそっくりな顔した人」
「いつも主役できらきら輝いていました。きっと自分が主役なのを疑ったことがない子なんだろうと思いました。モネがうらやましかった。モネになりたくてしかたなかった」
「でもあたし、マネっていう人ちょっとうらやましかったかも。だって大人しくて目立たなさそうだったんだもん。あたしもあんな風に大人しくなれれば目立たずに済むのかなって」
「だからね、私、私を捨ててモネになることにしたんです。見た目も似ているしなりきれると。モネという皮があれば、なにもない私でも現実の世界で主役になれると思ったんです。一度でいいから私が主役になってみたかったんです」
「だからあたし、マネって人が私と変わってくれないかなぁ、なんて思ってたんです。本当に来るとは思ってなかったけど」
「あの時は確かに失敗しました。多分催眠術がうまく効かなかったんです。でも、次こそはかならず……」
「あの時は恥ずかしがって変なこと言ってたのかな。どんな人なんだろう。あんなことはあったけど今は友達になってみたいなぁ。あははははは」
精神科医はぷつりと動画を止めた。
あのステージの左右どちらかの動画は、『マネ』か『モネ』が録画したのだろうか。それとも……。
影の末路 Meg @MegMiki34
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