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「さーてご注目!今からこの雲一つない晴天に、雨を降らせてご覧にいれましょう」


黄汰の言葉通り、頭上の空は晴れ渡っていて、雨の気配すら感じられない。そこに雨を降らせるとはどういう事だろう。

晴が首を傾げていると、少し離れた場所で水夙が首から下げていたらしいオカリナを服の下から引っ張り出した。


「見てて」


そう言うと、徐に何かのメロディを奏で始めた。

ポゥ……と柔らかい音色が紡ぎ出される。

ゆっくりと優しく寄せては返す波のような不思議な音色。

かと思えば時折鋭く透き通る音を響かせる。

それは異国の音楽を思わせる旋律だった。

なのにどこか懐かしくもある。


すると今度はオカリナの音色に重なるように、黄汰が歌を乗せていく。

初めて会った時に聴いたメロディとはまた違う歌だった。

引き込まれるように聴いているうち、周りの空気が動く気配を感じた。

見上げると、さっきまで青一色だった空に薄らと靄が出来始め、瞬く間に広まって辺り一面を覆い尽くしていく。

そのまま様子を見ていると、不意に一筋の雫が空から落ちてきた。


ぽつり、ぽつり。

小さな雫が生まれたばかりの雨雲から次々と落ちてくる。滴の数は見る間に増えていき、見慣れたものへと変化していく。

雲は晴たちがいる場所だけを器用に避けて、畑の奥の方まで広がっていき、優しい音を奏でながら柔らかい雨を降らせ始めた。

まるで魔法だ。目の前で起こっている奇跡のような出来事に目を奪われる。

その光景を見ているうち、晴の脳裡に浮かんでくるメロディがあった。


ずっと昔にどこかで聴いたような、歌っていた事があるような気がする。

記憶をなぞるように小さくそのメロディを口ずさんでみると、不思議と二人の奏でる音に溶け合って馴染んだ。


「うわっ、やばい!水夙ストップストップ!」


不意に、黄汰が慌てた声を上げた。

それとほぼ同じくして、急に雨の音が強くなった。いや、音だけではない。実際に強く降り出して土砂降りへと変わっている。


「もー、いきなり何で!水夙、何かした?」

「ボクじゃないよ」

「だよね。あ、ちなみにオレでもないよ!というかいつも通りやったはずなのになんでだろ。それよりこれ、下にも影響出ちゃうよね」

「通り雨になってるかも」

「うわ、今日は雨降らせる予定はなかったのに」

「通り雨ってそんなものでしょ」

「それはそうなんだけど」

「すぐに止むから大丈夫」


二人が話している間にも雨の勢いは徐々に弱まっていき、土の表面がしっとりとした色に塗り変わった頃、あれほど強く降っていたのが嘘みたいに、広がっていた雲は空気に溶けるように小さくなって、雨上がりの匂いだけを残して綺麗に消え去った。


「……すごいです!今の、雨が降る事わかってたんですか?」

「うーん、まぁそうだね」

「本当にタイミングピッタリで、しかも私たちのいる場所だけ濡れないなんて、もしかしたらお二人が降らせたのかも、なんて思っちゃいました」

「そうだよ」

「え?」

「今の雨はオレたちが降らせたんだよ」


その目に浮かぶ光にからかいの色が見えなくて、晴はどう答えたものかと迷う。


「まだオレたちの事、ちゃんと話してなかったね。オレたちの仕事は気流や地上の様子を見て、必要があれば雨を降らせたり、雲を遠ざけたりする事。一言で言うなら天気の管理!」

「天気の、管理?」

「最初にここへ来る時も不思議に思わなかった?晴ちゃんもオレたちと一緒に風に乗って来たでしょう。あれはね、オレが風を操って高速移動してたんだよ」

「あの時は、混乱していたのもありますけど、何かすごい仕掛けでもあるのかと……。そうでなければ夢か思い違いだと」

「あはは、仕掛けだなんてそんなの全然ないよ。それにあれは仕掛けで何とかなる範囲越えてると思うけど。そもそもオレ、人を騙せるほど器用じゃないし」


昨日からの事を思い返しながら、まさかという思いと、どこか納得する気持ちが綯い交ぜになる。


「帰りの事も含めて、この後ちゃんと説明するよ。その前に改めて歓迎するね。ようこそ空の上の天気番の家へ!」




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明日の天気の作りかた 柚城佳歩 @kahon

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