十話 姉弟子は愛について語る

 あれから数日が経ち、魔法使い黒猫は情報収集に勤しんでいる。

『宝を守護する欲深き竜』と呼ばれている幻想種。

 美しい人の身を手に入れた竜。

 現在は黒猫の手によって翡翠と名付けられた。

 翡翠の願いはかつて彼女が喰らって手に入れた姿の女。その女の想い人に女の死を伝え遺品を渡したいというものだった。


 名前すらわからない女。

 ある程度の特徴は翡翠から聞けたためそこから四方八方手を使い黒猫は情報を手に入れていたがこれといった情報は手に入れていなかった。

 以前に聞いた悲恋譚。

 やはり、これが鍵なのだろうか。

 女の特徴はある程度一致している。

 しかし、それだけだ。

 それでも賭けてみる価値はある。


「ノワール、どう思う?」

 黒猫の陰からどこからともなく黒い狼が現れる。

 ノワールは黒猫の使い魔ファミリアである。


「わからぬなぁ。そもそも人探しなぞ魔法使いの仕事ではなかろうよ。せめて匂いがわかればな。余が探すこともできるが。それもわからぬのでは地道に情報を集めるしかなかろうよ」

「ああ、そうだよな。しかし、あの悲恋譚の情報が手に入りにくいのも困ったことだ」

「あの時の娼婦が口が軽かったことが幸いよなぁ」

 そうなのだ。

 どうも、あの悲恋譚は娼館を営んでいる者の間で箝口令が敷かれているらしく情報が全然手に入らなかった。

 このことから以前、出会った娼婦であるアウラのとても口が軽かったことが判明したがどうにもならない話だった。

 悲恋譚以上の情報は手に入っていない。

 足踏みしている状況だ。


 何処の町の店にいたのかがわかれば、彼女の客か誰かに翡翠さんの姿を見せて悲恋譚の娼婦ルーナと同じ姿かがわかれば一歩前進だろうか。


「ところで主殿。翡翠は何をしているのだ?朝から姿が見かけておらぬが」

「ああ、翡翠さんはヒトのことが知りたいと言い出して王立図書館に籠ってるよ。お目付け役としてサクラが一緒にいるはずだ」

かしましそうよな」

「流石にそうはならんだろう。サクラは真面目な魔法使いだし」

「騒ぎすぎて図書館を追い出されたりしておらぬなら儲けと思うが」

「大丈夫だろう」

「ならよいが」


 ノワールはどうも楽しそうだ。

 挑発というか、黒猫の不安を煽っている。

「……そろそろ夕刻だからな。迎えに行くか」

「やはり心配しておったのだろう」

「違うからな?」


 使い魔ファミリアは嗤う。

「口調がやや強くなっておるぞ」

 黒猫はため息をし、足取りを王立図書館の方向に向けた。


 王立図書館。大国エアリスでもっとも大きく蔵書が多い図書館だ。

 そこで翡翠と呼ばれる幻想種はヒトについての書籍をいくつも読み漁っている。

 隣でお目付け役をしているサクラは彼女がとても楽しそうだと感じていた。


「あのサクラさま?教えていただきたいことがございます」

「なに?翡翠」

 サクラと翡翠は親しそうに会話している。

 二人はこの随分仲良くなった。

 一緒に昼食を食べたり、お茶を楽しんだりと。

 親しくなる時間は充分にあった。


「サクラさまは確かご結婚をされていたと」

「そうよ。どうしたの?」

「はい。妖精や幻想種の婚礼とヒトの婚礼がどのように違うのか知りたいのです」

 サクラは翡翠から見ても少し狼狽しているように見えた。

「難しいわね……どう話したら…それに話す資格があるかどうか…むしろそんな資格無いわ」

 翡翠は首を傾げる。


「どうして資格がないのですか?」

 落ち着いてサクラは息を吐く。

 丁寧に呼吸をして悲しそうな悲壮な瞳で翡翠を見つめた。


「そういうことを語る資格なんてないのよ。きっと。翡翠が言いたいことはヒトとそれ以外の妖精や幻想種の愛に違いがあるのかどうか知りたいのでしょう?」


「その通りです。私の愛とは大切なものを宝箱に入れること。集めた黄金と同じように。大切に仕舞い込んで保管する。それが以前の私の愛し方だったのだと思います。偶然、無機物ばかりでしたが、他の妖精や幻想種、ヒトを愛しても同じだったと思うのです。でも……今は、ヒトが混ざった今ならその感情のありかたも変わっている気がします。だから、これから私がどうなっていくのかどう変わっていくのか知っておきたいのです」


「だから、教えてくださると助かります。対価も差し上げますので」

 それはどこか悲痛な叫びに聞こえた。


 透き通った淡々とした声。しかし、それはとても切実でどこか怯えているようだ。

 世界の覇者と言っても過言ではない幻想種。

 それでも、自身が理解できないものには恐怖を感じるのだろうか。

 妖精と比べてもヒトの影響を受けやすいとされている。

 サクラは考える。

 翡翠はまだ、ヒトのことをほとんど知らないも同然なのだ。

 少しでも不安を取り除くべきだろう。それに、自分もこのことを話す機会が欲しかったのかもしれない。


 サクラは、翡翠の手を両手で握る。

「これから話すことは私自身の事よ。これくらいしか話せないからそこからは翡翠自身で考えてほしい。黒猫に相談してもいいと思うの」

「サクラさま、ありがとうございます」

 翡翠の手をサクラは放す。

 そして、サクラ・オリヴィエは語りだす。

 自分のことを。


「愛とは何って言われても答えはきっとひとつじゃない。それはヒトの中でも沢山の答えがあるはずよ。私は、黒猫がアレイスターの弟子になる以前に婚姻を結んだの」

 それが始まりだった。

 最初、ニコルと出会ったのは彼が20歳ぐらいの時だっただろうか。

 彼がサクラ・オリヴィエに恋をして何度も口説かれて十年口説かれサクラが根負けして婚姻を結んだことを翡翠に伝えた。


 翡翠は目を丸くしている

「驚いたかしら?」

「驚きました。夫婦生活ってどのようなものなのでしょう?」

 サクラは少し目を見開き、照れ臭そうだが、咳をして話し出す

「そうね。曖昧にしか答えられないけど幸せだったの。何もかもが満ち足りていて輝いていた。でも、そう長くは続かなかったけど」


「それはどうしてでしょうか?」

「私の夫であるニコルは魔法使いでも魔術師でもない普通のヒトだったから。だから、婚姻を結んで30年ぐらいで死んでしまった。それがヒトとしては当たり前のことだから仕方ないと思う。当然のように子供もいた。孫も出来たしさらに曾孫も。…………誰もかれも私より先に年老いて死んでいくの。わかっていたのよ。それに耐えれなくて家を出てしまったの。こんなに愛しているのからこそ失いたくはない。でも、ヒトの命はとても短くて魔法使いの命はとても長い」


 翡翠はサクラ・オリヴィエの手を両手で優しくそして少し強く握った。

 そして、淡々と質問をする。

「あのサクラさま、今はその……ご後裔の方とお会いになったりはしていないのですか?」

「会っていないわ。でも、祈ってる。それだけよ。」

 翡翠は想う。サクラ・オリヴィエを。

 黒猫の姉弟子という。それだけで好感はあった。

 何処か気弱そうだけど芯のある魔法使い。

 身を割くような話をさせてしまっていることに後悔している。

 それでも訊かねばならないこともあった。


「祈りですか。何を祈られているのですか?」

「あの子たちが幸福でいられますようにって。毎朝祈っているの」

「素敵な祈りですね。その祈りは届くと思います」

「だといいけど。」

 サクラはまた、息を吐いた。


「この祈りが多分、私にとっての愛だと思うの。家族から逃げてしまった私が出来る唯一の事。こればっかりはどんなところにいても出来るから。ただ、祈るの」

 語り続けるサクラ・オリヴィエの表情が寂しそうで翡翠は出来ることは何か無いかと思案する。このままでは何かいけない気がした。


「これで終わりよ。愛についてと言われても話せることはこれくらい」

 握っていた桜の手を、手のひらを翡翠は自分の頬に触れさせた。

「なにこれ。翡翠、急に何?」

 サクラは慌ててして少し大きな声を出してしまった。


「お静かにです。その、図書館ではお静かにと司書の方が言っておりました。これは、そのご自身のことを話すサクラさまのお顔があまりすぐれないようでしたので、これでご気分が回復すればと思いまして」

「えぇ。これ回復効果あるのかしら?でも、ありがとう」


 サクラは少し照れ臭かった。この話をしたのは翡翠を気遣って話したはずなのに自分が気遣われてしまっている。

 こういうところは黒猫と同じだ。あいつもこっちが気遣っていると逆に気遣われたことが何度かあった。

 まったく変なところが似ている。


 ふと、サクラが時計を見るともうすぐ閉館時間だ。

「そろそろ出ましょ。もしかしたら、近くまで黒猫が来てるかもだし」

「まぁ、黒猫さまが。それはとても嬉しく思います」

 二人は王立図書館を後にする。


「どっかでご飯食べたいわ。それに黒猫にもさっきの話しないとね」

 サクラはようやく決心する

 弟弟子にさっきのことを話すことを。

 あいつはどんな顔をするだろか。

 なんとなくの想像は出来る。

 でも、自身が前に進むために話さなければいけないこともあるのだから。








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魔法使い黒猫とドラゴン娘翡翠さん ふみなし @fuminasi

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