第七話: 賭け/ Aposta

強い香りを放つその先には、一人の女性が立っていた。


第七話

賭け/Aposta


その女性は眩しいくらいに輝く、くせっ毛の金色の髪。その髪色に負けないキラキラした金色の目を持っていた。


見た目の派手さとは裏腹ではなく、シンプルかつ露出度の高い真っ黒なワンピースを着こなすその女性は、アソル国では見かけない容姿だった。


少なくとも、こんなに美人なら気付かないわけがない。


金髪美女は黒いワンピースと肩まである髪をサラサラ揺らしながら、ゆっくりとお妃様と王様がいる中央部まで近づいてきた。


その女性が歩く度に、その豊満な胸はまるでゆりかごのように揺れ....


「こら、女の子がそんなこと言っては駄目でしょう?」


その胸をガン見する幼い私を見ながら、お妃様は私の目を見て注意した。


…はい。すいません...


お妃様に、怒られてしまった。(心の中でが)


この状況であれば、彼女はパーティーの参加者とも見て取れるだろう。ただ、パーティーにいた皆の表情が少し曇っていた。


ーー何と言うかおかしい。


彼女の髪はまるで今起きたようなボサボサの髪で、ワンピースも黒くて見にくいが少しばかり茶色く、土で汚れているように見えた。


金髪美女がゆっくりと歩く度に、裸足の跡でピカピカに磨かれていた床に黒い足跡をつけていく。


「あっれー?パーティーなんてやってるぃのぉ?私呼ばれてないんだけどぉ」


まるで金髪美女はお酒でも飲んだかのように呂律が回っておらず、ふらふらと足場も不安定だった。


「あ」


バランスを崩した女性は、足を滑らせ背中を向けて床へ落ちそうになる。


[おいあんた!落ちるぞ!]


近くにいた王様が咄嗟に助けようとするが、それよりも速く、細い腕が彼女の腰を支えた。


「大丈夫ですか。お怪我は?」


お妃様が間一髪の所で彼女の腰に手を回し、その女性は身長が高いにも関わらず軽々とお妃様は彼女を持ち上げ、お姫様抱っこした。


その背景にはキラキラ花が散りばめられ、まるで少女マンガに出てくる王子様とお姫様のようだ。


「あら、ありがとぅ」


そう言うと金髪美女は目をにやりとさせ、お妃様の首に手を回し頬っぺたにキスをした。


「キャーーー!!!」


まるでBLを好む腐女子の如く(?)その場に女性陣の黄色い歓声が城中に響き渡った。


その光景を見ていた王様や男性陣は石のように硬直し、動かない。


「お...王の俺ですら、ジュセリーナの頬っぺたにチューしたことないのに」


王様はぶつぶつと王にそぐわない発言をしている。ちなみにジュセリーナはお妃様の名前である。


「あ、あの?」


お妃様は何が起こったのか把握できずに、戸惑っている。


すると彼女はお妃様の首に顔を近づけ


「良く見ると貴方美人ね。それに...」


すると彼女はお妃様の首に顔を近づけ


「甘くて美味しそうな香りもする」


と、囁くようにお妃様に言った。


…何だか見てはいけないものを見ている気がするのだがあまりの衝撃的映像により誰も一歩も動かない。いや、動けなくなっていた。


「私、貴方の事気に入っちゃった。1万モエダでどう?それで今夜は私の事...好きにして」


一時の沈黙の後、お妃様は満面の笑みで


「じゃあ100万モエダで良いかしら?」


「100万モエダ!?」


皆が声を揃えて、驚く。


100万モエダは現実の日本円に換算するとおよそ10万円に値する金額だ。金持ちにとってはした金かもしれないが、少なくとも私にとっては大金である。


「お、おい。100万モエダなんて」


王様は慌てながら、黒ワンピ美人がお妃様にひっついたままにも関わらず、話し始める。


ーー誰もこの状態に突っ込む人はいないのか。


「大丈夫よ。こんな時のためにコツコツ貯めたへそくりがあるから。だから今日はここにいる皆と一緒にパーティーを楽しんでくださいな。そう言えば貴方、お名前は?」


「あ、アリオルです」


金髪美女は...アリオルさんは豆鉄砲を食らったような顔をしていた。まさかこんな返答をされるとは夢にも思っていなかったのだろう。


「ちょっといいかしら?申し訳ないんだけど、その服装はいただけないわね」


その場にいた、ネカさんはクランをあやしながら彼女に近づいた。


「別に服の指定が定められている訳ではないけど、こんなに美人なんだからもっと美しくさせたいじゃない?」


そう言うと


「あの...化粧に少し自信があります。私にアリオルさんの化粧をさせてくれませんか?こんな美人なのに厚化粧はもったいないかと」


ヴェルメーヨさんも乗り気で「アリオルさんビフォーアフター作戦」に参戦した。


「じゃあそうと決まれば、衣装替えね。じゃあ行きましょう」


お妃様は何だか嬉しそうに、アリオルさんを連れていこうとすると


「あら、楽しそう。じゃあ私も是非参加させて」


と、まさかの私の母、ナジャまでもが参加することになった。


「じゃあ、貴方少しの間よろしく」


そう言うと、ナジャとネカとヴェルメーヨさんは自分達の赤子を各々の夫達に一時的に預からせた。


「じゃあ王様、この子と少し席を外しますのでパーティーをよろしくね」


そう言うと、三人は呆気に取られた王様さまと他の皆(父ガロウとルンクさんも含む)を残してその場を後にした。


実を言うと、アリオルさんはこの時まだお妃様にお姫様抱っこされたままだ。


因みに、ソーニャは王様の腕の中で何が起きてるかも露知らず楽しんでいた。


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五分とも立たない内に、彼女達は帰ってきた。


先程のアリオルさんと見違える程より一層その美貌を輝かせていた。


最初の濃いメイクとは違い、スッキリとした化粧のおかげで彼女の綺麗さがより一層引き出され、乱暴に乱されていた髪もきちんと編みこまれており、ドレスも先程のワンピースと同じ黒色だが良い意味で大人びていてとても似合っている。


流石オシャレ代表ネカさん、メイク上手のヴェルメーヨさん、髪を編むのが得意だと知ったお妃様(この頃私はまだ赤ん坊だったけど)3人かかれば、どんな女性でもちょちょいのちょいで大変身させてくれる。


「何か、良い匂いがするな」


王様はソーニャをあやしながら、不思議な香りに気付いた。


先程まであった、痛々しい強い香りではなくまるで包み込むようなそんな優しい香りだ。


「この香りは、アモーラだな」


「良く分かりましたねルンクさん。実は」


母ナジャは小瓶に揺れる濃い紫色の液体を見せた。


「アモーラの実を粉末状にして、自家製の液体に付けて香水にしたんです。甘い匂いが特徴的ですが、フワッとした香りなので女性に好まれるんですよ」


長い説明は控えるが、母のナジャは薬剤師の資格を持っており家では様々な植物を育て調合している。


「ん?君はアノイテ国の民なのか」


王様は先程の髪で隠れていた彼女の首筋に、月で覆われた太陽の紋章に目を向ける。


「先程の甘ったるい吐き気がするような香りに覚えがあったからな」


「あら王様、アイノテ国に行ったことあるの?」


…お妃様の目は笑っていなかった。


「ちちち違う。仕事関係で一度行っただけだ」


慌てた王様は、不倫を隠す男性の如くお妃様に言いわk…説明する。


…アイノテ国というのは朝が来ない国。眠らない国とも呼ばれ、夜の大人な店が立ち並ぶそんな国だ。


その後ろには、アリオルさんが


「どうしよう、こんな薄い化粧したことないから恥ずかしいわ。というか私...一体ここで何やってるの?」


酔いが覚めたのか、彼女は今自分に置かれている状況を把握できずにいた。 王様が事の発端を説明すると。


彼女は顔を真っ青にし


「...ごめんなさい!! 色々とあって酒を必要以上に飲んでしまって...気付いたらここまで」


と頭を下げて、謝罪をした。


「謝らないで」


お妃様はそう言うと、彼女に顎クイをして


「ほら、顔を上げて、今日は目一杯楽しんで」


と甘い笑顔をアリオルさんに向けた。


彼女は顔を赤らめながら


「仰せのままに」


と恋する乙女のような表情をしていた。


「...そうだな」


あまり乗り気ではなかった王様も頭を搔きながら、しょうがないというような顔をした。


そしてアリオルさんもパーティーに参加することになったのだ。


……….


気持ちを切り替え、 王様とルンクさんは勝負を始めることにした。


「では賭けの説明をするぞ。


先に赤子を笑わせたら勝ち、ただあまり長過ぎると赤子が飽きるだろうから時間制限は30秒でいいな?そして、賭けに負けた方は勝った方の言うことを一つ聞く。異論はあるか?」


「極めてシンプルな説明だなルンク。それでよかろう」


王様は腕を組みながら、真剣な眼差しで彼の説明を聞いていた。


(くそっ、俺だって今夜はジュセリーナに頬っぺたチューしてイチャイチャしてやる)


前言撤回、全然聞いてないなこの王様。つーかまだアリオルさんのこと根に持ってんのか。


アリオルさんはというと、お妃様と母とヴェルメーヨさんそして愛くるしい私達赤子(私とクランとガーナ)と愛しのキーナ姉ちゃん、ロン兄ちゃんに囲まれ楽しそう和気あいあいと会話している。


母はいつの間にか持ってきていた他の数種類ある自家製の香水をアリオルさん以外に、香りに興味を示した他の女性陣にも見せていた。


「ふんっ! お前の悔しがる顔が見えるぞ! だが...」


「誰に時間を数えてもらうかだろう?なら最適な彼が最適だ」


王様はこの状況に慣れているのか、ルンクさんが言い終わる前に城で綺麗な音を奏でていた、音楽隊のいわばボーカル担当であるその男性を呼んだ。


「お、俺ですか?」


王様は男性の肩をぽんと叩き


「君なら正確な秒数を把握している。大丈夫、君なら出来る」


と老若男女の心を撃ち抜く甘いマスクで彼に言った。


「は...はい...頑張ります♡」


少しばかり、ボーカル男性の顔が乙女に見えたが、気のせいではないだろう。


まったくお妃様といい、王様といいファンクラブが出来るのも頷ける。


「では、始めるぞ!」


ルンクさんがそう言うとボーカル男性は、オペラ歌手の様に力強いロングトーンを始めた。彼は自由自在に声を操る事が出来るらしく、声を使って正確な時間を計ることも出来るらしい。


するとルンクはにやりとした顔で手を握りしめ、力を込めた。


「ぺガール•フォーゴ!!」


すると彼の手の平には丸いボール状の火玉が形成され、彼はそれに息を吹きかけた。


その炎は巨大化し、見た目はまるでお父さんが私達兄弟に寝る前に聞かせてくれる、光をも飲み込むソンブラに見えた。


「どーだヨーク。凄いだろう!!」


自慢げな顔のルンクとは反対に神妙な顔つきの王様が


「お前なぁ...」


…周りを見てみると、今にも泣きそうな顔の赤ちゃん達があちらこちらにいた。


「だ、だが、この炎は触れても熱くないぞ?」


「いや、そういうことではないんだがな」


30秒過ぎた頃には、そこはもうカオスと化していた。寝いていた赤子までもが、起き喚き、ルンクの娘のガーナまでもが泣いてしまう始末だった。


ただ唯一、私と赤子ではないが姉であるキーナ姉ちゃんが満面の笑みで炎を見つめていた。


キーナ姉ちゃんが両手をパチパチさせ


「凄い!まるで火の海ね、ユナ」


と無邪気な笑顔にはそぐわない言葉を発した。私はというと、キーナ姉ちゃんに同意するかのようにキャッキャと喜んで真似して両手を叩いたらしい。


ロン兄ちゃんはというと


「そ...ソンブラだ。僕が毎日ベットにおねしょしているから怒って化けたんだ!」


と泣きそうに母の後ろで縋っていた。


「大丈夫よロン、貴方のせいじゃないわ。ねぇ...アナタ」


今にも息の根を止めようとしている母の視線に耐えられなくなったのか


「お、俺ちょっとトイレ」


父はすぐさまその場を離れた。


「...はぁ」


と王様はため息をつくと、親指と人差し指をくっつけ、口に近づけた。


「ピィィィィ!!」


すると、その場にあった影という影が一斉に一ヶ所に集まった。先程アリオルさんがつけた足跡もその影達の一部になっていく。


その黒い物体は、床を駆け抜け、壁を駆け抜け姿を露にした。


一色の光をも飲み込むほどに巨大な影の鯨だった。


その鯨はまるで生きているかのように、壁を泳いでいく。そして水しぶきをあげたかと思えば、その影は各々の主の元へと戻っていった。


勿論、あの足跡も彼女の影へとなって戻っていった。


それはボーカルの男性が歌い始めてから終えるまでの30秒ピッタリに起きた出来事だ。


「す...凄ぇえええええ!!!」


「こんな魔法見たことない!さすが王様!!!」


と大人達が一斉になって、歓声を上げた。


そして先程まで泣きわめいていた赤ん坊は目が飛び出すんではないかというほど、ビックリした顔で何が起きたか把握していない様子だった。


「ほら見ろ、泣き止んだだろう?ルンクよ」


「何か、 趣旨が変わってないか?」


ルンクも王様もルールである「赤子を笑わせる」ことは出来なかったため、引き分けという形でこのやばい勝負は一旦幕を閉じた。


………


そしてツネッティさんとニーハさんの料理勝負の結果は、僅か数票の差でニーハさんが勝利を勝ち取った。


「あぁ、また負けた!」


ツネッティさんは少年のように悔しがった。


「ツネッティ、君はまた腕をあげたな。君の料理を食べさせてもらったが、じつに美味だったよ」


そう言われて嬉しかったのかツネッティさんは



「貴方ほどではないですけどね。ニーハさんのはどれも美味しかったですよ」


めっちゃ嬉しいくせに、まるで素直になれないツンデレヒロインだ。


「まあ、確かに私の方が一枚上手じゃが」


とニーハさんは釘を刺した。するとニーハさんは彼の手を取り、クリーム状の液体が入った小さな小瓶を渡した。


「あと、このクリームを毎晩寝る前に塗りなさい。荒れた手を保湿してくれるクリームだ。ネカさんにも渡しておくれ、それに...ほれ感じなさいこのすべすべな私の手、あんたもちゃんとしないと禿げるぞ」


「頭は関係ないだろ!それに....次は絶対に勝ちに行きますから」


「ふふ、そうかい。気長に待ってるかのう」


とニーハさんは少しばかり嬉しそうな表情をした。まるでお互い素直じゃない母と息子のような会話だ。


「でもツネッティさんの料理も大変美味しかったですよ。ね?神父さん」


「確かに、特にマークジャーのソース和えとても気に入りました。」


そこには料理に舌鼓をうっている神父さんとシスターのチーアさんがいた。


というか、今の今までこの二人の存在を忘れていた。


「あ、それは」


と、ツネッティさんは少し口を開けると、照れながら


「マークジャーのソース和えはネカ...最初に私の妻に振る舞った料理なんです...そういえば、ネカを見かけませんでしたか?彼女の姿を感じなくて...」


「確か、あちら側に行かれたのを見かけましたけど」


「ありがとうシスターチーア。探してみます」


そう言うと、ツネッティさんはそばにあった杖を手に取りネカさんの元へと行った。


「え?ですが」


ーーとシスターが言いかけると、ニーハさんはシスターの肩に手を置いた。


「あの子は大丈夫。この場所を熟知しておるし、それにあの二人の邪魔をするのは可愛そうだしのう...私はもう厨房に戻りますが、皆さん方は引き続きパーティーを楽しんでください」


と言うと、ニーハさんはシスターの肩から手を遠ざけ、厨房に戻っていった。


「上手く説明出来ませんが、とても凛とした女性ですね。シスター」


神父が言うと


「確かに、私も見とれてしまいました。ですが...」


「どうしましたか? シスター」


「神父さん。私ネカさんがどちらに行かれたのか説明もまだでしたのに、どうして分かったのかしら?」


…….


針が夜の二十ニ時に差し掛かる前に人々はパーティーを後にしていた。赤ん坊がいることもあり、あまり遅くならないように皆早めに帰っていった。


「そうだわ、お金...ねぇ貴方達」


お妃様はその場にいた城に仕える侍女達にお金を用意させようと思ったのだろう。パーティーの後片付けをしていた彼女達に声をかけようとすると


「あ...お妃様」


アリオルさんはお妃様の言葉を慌てて遮った。


「お金は頂けません。メイクやこんなに素敵なドレスまで頂いて...それに...あの...


そして今日は大変失礼な行動申し訳ございませんでした。綺麗な床に足跡も付けてしまって...」


「だけれど、あの魔法アリオルさんとても気に入ってくれたでしょう?あの足跡がなければ思いつかなかったわ」


「確かにそうだな! まるで子供のようにキラキラした目だったぞ」


二人がそう言うと、アリオルさんの顔は恥ずかしさのせいか顔が真っ赤になっていた。


「気付かれていたとはお恥ずかしいです。ですが本当に素晴らしい魔法でした。


その....おこがましいお願いなのですが...また、遊びに来てもよろしいでしょうか?」


少し照れた様子でお妃様に伝えた。さっきまであんなに大人びていた表情が、その時は幼い顔をしていた。


お妃様は、少し考えた様子だったが、すぐに優しい笑みで彼女の耳元に寄り添い


「勿論。待っているわ」


彼女だけに聞こえる声でお妃様はそう伝え、抱きしめた。


「...はい」


ーー消えそうな声で彼女もお妃様を強く抱きしめた。


「...今日は本当にありがとうございます。ではまた」


彼女はそれだけ言うと月が照らす夜へと城を後にした。姿が消えるまで、お妃様と王様はずっと手を振っていた。


「今日は慌ただしい一日だったな」


酷く疲れた顔の王様は、すやすやと彼の腕の中で眠るソーニャを抱き寄せながら、消えていく彼女の姿を見つめていた。


「確かに今日は楽しかったですね。毎日こうだったらいいのに」


そう言うと、王様は口角を上げただけの作り笑いを浮かべながら


「勘弁してくれ」


と言うと、お妃様は


「ふふふ、冗談よ」


と返した。


だが、アリオルはこの日を境に二度と二人の前に姿を現さなかった。


…….


「今日のパーティーはどうでしたか?」


パーティーへの帰り道、エクアが質問する。


「と~っても楽しかったわ!パーティーの途中にね、大きなソンブラの火の海を見たのよ!ね?ロン!」


「す...凄く怖かった...夢に出てきたらどうしよう」


興奮気味のキーナ姉ちゃんと青ざめた表情のロン兄ちゃんにエクアは


「ソンブラ?火の海?」


どゆこと?というような表情でエクアは母に答えを求めるも


「あんまり聞かないでちょうだい」


と母は疲れたような顔で答える気力も無かった。


「で...でも、パーティーは楽しかったよ。色んな食べ物があって...凄く綺麗だった」


「ん~?確かにお妃様やアリオルさん凄く綺麗だったもんね?」


「ち...違うもん!パーティーの食べ物が凄かったんだもん」


後にキーナ姉ちゃんに聞いたところ、ロン兄ちゃんはアリオルさんの美貌に釘付けで見つめていたそう。正直、パーティーにいた他の「大きなお兄さん達」も彼女を見ていたに違いない。


ロン兄ちゃんの動揺ぶりに母とキーナ姉ちゃんは互いに目を見合せ笑った。


帰り道はいつもエクアに乗ってではなく、エクアの隣を歩くように家に帰る。


こうやって何をしたのか、何があったのか話ながら帰るのが皆好きだからだ。


そしてもうすぐ夜の二十二時にはとある、景色が見られるからでもある。


「あ! ほら皆見て!」


そうキーナ姉ちゃんが言うと、辺り一面には先程まで暗闇だった場所が青い光を輝かせる花達に囲まれていた。


この花の名前はアズールと呼ばれ、二十二時になると花を咲かせ、夜が明ける前に花はまた眠るように閉じる。


「わ~、綺麗だね」


「本当にいつ見てもお見事でございます。奥様」


「私が子供の頃からこの辺りはいつも、この時間になるとアズールで溢れかえるのよ」


と皆見とれるようにその美しさに感動していた。


「お母さん。ユナ寝ちゃってるね」


ロン兄ちゃんは母の胸で眠る私を見上げるように見つめる。


「もう遅いからね。二人も家に帰ったら早く寝なさい」


「うん!!」


キーナ姉ちゃんとロン兄ちゃんは息をピッタリにして頷く。


「あれ...そういえば」


「どうかなさいましたか?奥様?」


母が少しばかり、歩く速度を緩めた。


まるで考え事をしているかのようだった。


「何か大事なことを忘れているような気がして...まあいいわ、明日になれば思い出すでしょう」


そう言うと、母はまた歩く速度を早めた。


そして私は母の胸で眠りながら、この慌ただしい1日を終えたのだった。


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外伝:


ネカさんとツネッティさん。


「ネカ?」


師匠との料理対決の後、ネカの姿を感じなかった俺は、彼女の気配を探していた。


シスターチーアの助言で、俺は彼女がいるであろう場所に向かっていた。


「ソーワン•ハリナ•インテーゼェ」


近くから聞き覚えのある歌声が聞こえる。力強くてだけど優しい、間違えようのないネカの声だ。今日奏でていたどんな音よりも綺麗だ。


子守唄を歌っているということはクランはもう眠りについているのだろう。クランはネカの子守唄を聞くと直ぐに寝てしまうのだ。


だけどその声はなんだか...


ネカは杖の音に気付いたのだろう、彼女の子守唄は止まっていた。


「ネカ。ここにいたんだね」


「あら、ツネッティ。もう終わったの?」


彼女がいたその場所はお城にあるベランダ、まだ騎士団員だった頃に初めてネカとあった場所だ。城内の場所は熟知しているが、この場所は杖すらなくても余裕でこれる自信があるくらいだ。


「クランは俺が持つよ。重かっただろう?」


「全然。可愛すぎてずっと握りしめていたいくらい」


囁くようなその声はさっきまでいた賑やかな場所とは違い、声が響くように聞こえる。


「少し座ろうか」


「あら、良くこの場所にベンチがあるって分かったわね」


「城のことは手に取るように把握してるからね」


その場に座ると、ネカがクランを自分の懐に優しく置いた。その暖かい温もりが愛しさと安心感を与えてくれる。


「やっとお父さんらしくなったわね。最初は凄い怖がっていたのに」


始めてクランを抱いた日は、ガチガチに緊張して、その脆い身体を落としてしまうんじゃないかと思った。


「今でも怖いよ、つーか慣れる気がしない」


俺の不安そうな顔を見て、ネカはクスッと笑い声を溢した。


そしてネカも隣に腰を下ろす。


「ネカ、もう少しここにいようか。疲れてるんだろう?」


「やっぱり、貴方には分かっちゃうのね」


ネカは緊張から解き放たれるように、大きなため息をついた。


「いやー、楽しかったんだけどね?年なのか、直ぐに疲れちゃって」


「あー、分かるわ。というか今日は酔っぱらいの女性に三人で着飾ったんだって?見てみたかったな」


「駄目よ。凄い美人さんだったんだから、惚れちゃうわ」


お互い見合って、苦笑する。


正直、師匠みたいに現役バリバリでなんならつい最近俺たちと同じように赤ん坊が生まれたというのに一体何処からエネルギーが出てくるのかが不明だ。


…一分、二分何ともない。俺達はただ無言に時を待った。俺達は周りに人がいれば分け隔てなく話すが、お互い一緒の時はこうやって無言のまま過ごす時もある。


でもそれは俺にとって...俺等にとって大事な一時だ。


ひんやりとした夜の香り、クランの寝息とネカから僅かに感じる肌の温もりがとても愛しい。


目が...見えなくなって辛いことが無いといったら嘘になる。自分の愛する息子の姿も今夜誰よりも人一倍綺麗であろうネカのドレス姿もこの真っ暗な目には映らない。


でも、それ以上に視界を失って得たものがある。


この出来事があって、沢山の人が離れた。


哀れんで、軽蔑する人だっていた。


でもそれ以上に大事な人達がいることに気付いた。


「...そんなことないよ。お前が一番綺麗だ。ありがとなネカ。いつも愛してる」


ふっと溢れたその言葉は、風を舞って彼女に届く。目が見えてた時に恥ずかしくて言えなかった愛してるは、今は大事に伝えることが出来るんだ。


「あら、照れちゃうわね。私も愛してるわ」


そっと囁くように、彼女は言う。


(あぁ、俺は)


この言葉を聞くだけで俺は、世界一幸せな男だと思えるんだ。


「もう帰りましょうか。これ以上遅くなると城に閉じ込められちゃう」


「そうだな。悪いネカ、クランを頼む」


俺は眠るクランを起こさぬようにと、そっとネカがいるであろう所にクランを両手で伸ばした。


暖かいその重みは、直ぐにネカの元へ行ったことを確認して俺は近くに置いていた杖に手を伸ばす。


その時だった。微かに足音が聞こえた。


「誰か来てる?」


カツカツカツ...


「あいつ...が来る」


「あいつ?」


その足音はこちらに近づいてきていることを知らせていた。俺は咄嗟に守る形でネカとクランの前を空いていた片手を広げた。まあ本当に「あいつ」なら心配はないんだが、だけどあいつは...


「ふあぁ...あれ?お前達何やってんだ?」


「ガ、ガウロさん!?」


そこには、ガロウが目の前にいた。見えなくても分かる。どうせ頭を搔きながら、ボサボサ髪のだらしない寝起きみたいな姿でいるんだろう。


俺は一安心して、広げた手を緩めた。


(つーかガウロの奴、この時間まで何してんだ)


「ガウロ!お前ナジャさん達と帰ったんじゃないのかよ!」


「そういえば、いつの間にかガウロさんの姿が見えなかったような...まさか」


「...まさかお前、今まで他の女性と」


俺とネカは何かを悟ったように、冷ややかな目線をガウロに送った。


「いやいやいやいやいや!!違うんだ!トイレに行ったら急に眠くなって、気付いたらパーティーも終わってて」


ガウロの説明口調が動揺のせいであまりにも嘘臭く感じたが、こいつが嘘をつけないことくらい知っているので本当なのだろう。


「というか、ナジャ達のやつ皆帰ったのか?俺の事もしかして」


「忘れたな」


俺とネカは夫婦漫才のように息ぴったりに言った。


「よし帰るかネカ。カバーロに遅いって怒られるからな」


「そうね。遅くなるとクランが可哀相だし」


「え?俺は?」


「いや、帰れよ。俺達帰る方向が違うだろ」


「いやいやいや! 同じ方向まで一緒に帰ってくれよ!忘れられて一人寂しく帰るのがどんなに虚しいか知らないだろう」


– これが初めてじゃないことに俺は少しばかりガウロに引け目を感じた。


「あ~もう分かったよ。これ以上長いと読者様に悪いからな」


「読者様?良く分からんがありがとなツネッティ!じゃあ帰るか!ハハハ!」


…何事も無かったかのようにガウロ笑いながら先陣を切って歩き始めた。


俺は心底呆れた様子で、彼の足音を聞きながらネカとその胸に眠るクランとその場を後にした。

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O DOIS MUNDOS / 二つの世界 Noah92 @Noah92

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