IQ

『この問題が解けちゃうあなたのIQは200!それではいきましょう!問題!』

 デデン!とド派手な効果音とともに問題が出される。今話題のクイズ番組だ。

 僕は何気なく見ていたテレビに目を留め、問題を考える。

『これはある規則性を見抜けば、答えはすぐそこです』

 あ、そういうことか。

 とりあえず解けたので、またスマホのネットサーフィンに戻る。一人暮らしのなんでもない時間だ。そう、なんでもない時間なのだ。


    *   *   *


 朝、僕はいつものように出勤する。

 自分のデスクに座ると、仕事の準備を始める。とりあえずメールのチェックまで終わらせとくか。と思いつつパソコンを開くと、背後から女性社員が近づいてくる。

「おはようございます、矢野さん。突然ですけど、コレの答え分かります?」

 見せられたのはクイズ本のある1ページである。

「あぁ、このくらいなら僕でもわかるよ。これはね───」

 僕は答えとその理由をさらさらと説明していく。女性社員の目から鱗がおちたのが見えるかのような驚きかただ。

「あ、ありがとうございます。すごいですね、矢野さん」

 おい、若干引き気味で礼を言うなよ。聞いてきたのはそっちだからな。

 女性社員が半ば逃げるように去っていくと、フゥと一息つき仕事を始める。特にトラブル無く、順調に仕事を終えて定時に帰る。繁忙期でなければ楽な仕事である。

 満員電車さえなければ、という条件つきだが。


    *   *   *


 帰ってネットサーフィンにいそしむ。

 と、あるバナー広告に目が止まる。


『君も高IQ団体に入って変わろう!

 IQ連合はあなたの真の能力を引き出す!』


 うさんくさ。こんなのに引っかかる人がいるんだろうか?

 リモコンを手に取りテレビのチャンネルを替える。一巡して特に観たいものもなかったからベッドに寝っ転がる。

 少しして、またネットを見る。

 ちょっと調べるだけ、調べるだけだ。

 IQ連合と入力して出てきた記事を読み始めた。

 

 次の日の朝、電車のなかで夜更かしを後悔していた。

「くそっ、アタマ痛ぇ」

 頭を抱え下を向くと、ある文字に目が止まる。

 目の前で座る女子高生の開いている問題集の端だ。


『これが解ければ、IQ120』


 マジか。高校生の問題集にもIQがあるのか。

 いや、もしかしたらこの子が持っている問題集がたまたまそういうのだったのかもしれん。

 駅から出て会社近くの書店へ向かう。

「なんてこった……」

 ありとあらゆる問題集。小学生向けの漢字ドリルから大学受験の赤本まで、IQが設定されていた。本を持つ手が震え始める。

 遅れていたのは僕だったのか⁉︎

 昨日、会社で問題を解いた記憶がふと脳裏によぎる。

「そうだな……」

 暇だし、入ってみようかな、IQ連合。


    *   *   *


「主に各出版社から送られてくる問題集の問題にIQを振り分けたり、テレビ局に提供する問題を作ったりしています」

「結構、手広くやっているんですね」

「いつかは学校の教科に“IQ”を加えるのが夢なんですよ」

 僕を案内してくれてる男はニカッと眩しい笑みを浮かべて語る。

 まさか自分が知らないところでこんなにもIQが浸透してるとは思ってもみなかった。

 しかしそれにしても───。

「なんでこんなにもIQが広まったんでしょうね。もはや社会現象にもなってるし」

「矢野さん。IQとは本来、知能指数のことで、中央値を100として高ければ難しく、低ければ簡単になっていきます」

 説明が長くなりそうなので聞き流す。それくらいは事前に調べてきている。

 自分が知りたいのは……。

「なによりも、身近にあるんですよ。だから尺度として使いやすい」

 男の話がやっと本筋に戻った。そう、僕が聞きたいのはそれである。

「この問題は○○さんレベルとか○○大学レベルとか言われてもピンとくる人とこない人がいるでしょ?でもIQ120と言われれば難しいほうなのかとわかる」

「IQを知らない方はどうすれば?」

「数値として高ければ難しい、低ければ簡単。この物差しさえ分かっていればいいんですよ」

 ……なるほど。

「ひと昔前までは、その物差しがクイズ番組や一部の事柄にしか当てはめられなかった。しかし今は、『知能指数』としてさらに生活に溶け込ませることができているわけだ」

「さすが矢野さん!理解が早くて助かりますよ!」

 理解が早いのではない。ノッてやったのだ。

「矢野さんがそこまでのレベルで理解しているのなら大丈夫ですね。では活動のほうを行なっていきましょう」

 そこから先は毎日が不思議な光景だった。

 自分が決めたIQが設定された本が出版され、時にはクイズを考えたりする。仕事のない日は活動に没頭することも多かった。

 意外にも楽しかった。

 クイズを出し合ったり、難易度を考えたり。なによりもみんなでワイワイするのが楽しかったのだ。

 

 確かに楽しかったのだ。あくまで遊び、趣味感覚だったあの頃はまだ───。


    *   *   *


 ある休日、IQ連合の緊急集会が行われた。

「これより選別を行う」

 その放送にホール内の人々はざわめく。

 その人混みに紛れている僕だが、なんか嫌な予感がする。

 

 ホールから出よう。


 そう思って出入り口に向かうが多数の黒服が出入り口の前に立ち塞がる。

 予感がしたのは僕だけじゃないのか、黒服と揉めてる奴もいる。

 次第にホール内の人々がうねりとなって黒服を押し倒す。その意思があるような流れに乗って、ホールを出ると一目散に帰った。


    *   *   *


 IQ連合からメールが鳴りっぱなしである。

 ネットニュースによると退会者があとをたたず困り果てているそうだ。例によって自分もその一人なのだが。

 団体内でのカースト制度を作ろうとしていたのだろうが、そんなことをすれば人が減るのは当たり前。それでは会社と何も変わらないからだ。

 

    *   *   *


 今日も今日とて平和だ。

 IQは一気に崩れ去り、日常が戻ってきた。

 頭の良さを一つの物差しで見るなど到底出来やしない。人によって得意、不得意があり数値では測れない良さだって持ち合わせてるのだから。

「物差し……ね」

 ネットサーフィンを終えて、今日もテレビをつける。いつものように。


『挑戦者はタレントの○○さんです!どうぞこちらへ!』

 

 しかしながら、思うのだ。


『では最初に賞金300円の問題から!第一問目!』


 この世には物差しを当てたがる人が、あまりにも多すぎる。

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少し不思議で気ままなショートショート 堀北 薫 @2229

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