ヤカンの精

 ただいつものようにヤカンを洗っていただけだった。そしたら出てきたのだ。変な男が。

「お前の願いをなんでも3つ叶えてやろう」

 普通、こういうのってランプじゃないのか。ランプとの出会いは話によって違うが、大抵ランプじゃないのか?

「では一つ目の願いだ」

「なんでも言うがよい」

「願いを叶える数を3つから100に増やしてくれ」

「わかった。100に増やそう」

 自称、ヤカンの魔神は指を立てて一振り。

「増やしたぞ」

「次は俺を神にしてくれ」

「了解だ」

 ヤカンの魔神はまた、指を一振りする。

「よし、これでお前は神の如き力を手に入れた。天変地異でもなんでも起こすことができる。全てが思いのままだ」

「ありがとう。次の願いが決まったら呼ぶからヤカンの中で待機していてくれ」

「分かった。また呼ぶ時はヤカンを磨け」

 そう言ってヤカンの中に消えていった。


     *   *   *


 ヤカンが磨かれ、ヤカンの魔神が煙とともに出てくる。

 前と同じ男であった。

「願いを言え。お前の場合、あと98回願いを叶えることができる」

「全て元に戻してくれ」

「全て……か。あれからどのくらいの月日が経った?」

「21年ほどだ」

「元に戻すとなると勿論お前は人間に戻るわけだが、そうなるとこれまでの月日に身体が帳尻を合わせようとする。結論から言うと───」

 ヤカンの精は目を細め続ける。

「人間に戻った途端に死んでしまう可能性もあるぞ。いいのか?」

「別にいい。戻してくれ」

「神になってそりゃ最初は楽しかったが、もうダメだ。日がな1日一人で暮らすんだ。神だから欲しいものはなんでもすぐに手に入ると思っていたが周りの目を気にしながらの生活は異常に疲れる」

「神だから怪我も瞬時に治る。老いもしない。死ぬに死ねない。だから頼む、元に戻してくれ」

「了解した。残り97の願いは?」

「破棄で頼む」

「分かった。では戻すぞ」

 戻した途端、男は風化したように塵になり消えていった。

「なぜ人間は揃いも揃ってみんな願いの最後には死にたがるのか。ほんの数十年先も生きるのに、やれ年金が少ないだの介護が大変だのと騒いでおるではないか。しかし、不老不死どころか長生きを願うことさえもままならんとは不憫な生き物だ」

 ヤカンの精は頭を掻く。

「ま、願い事が楽になるからいいか」






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