少し不思議で気ままなショートショート

堀北 薫

リモート

「見たまえ、助手君!ワシはまた凄い発明をしてしまった!」

「『また』って常日頃から凄い発明をしてる感じを出さないでください」

「なんじゃ、その言い草は!聞いて驚け、見て笑え!これが今回の発明!『スーパーリモーター』じゃ!これで世のおうち時間は革命的に変化するぞ!」

 助手君と呼ばれている僕は、嬉々とした表情の博士に訊く。

「どんな発明なんですか?」

 博士は部屋の奥からフルフェイスヘルメットを持って来た。ヘルメットの頭頂部からアンテナが出ている。

「説明するより実践したほうが早い。ほれ、被った被った」

 僕は言われるがままに被らされ、立ち尽くす。

「どうすればいいんですか?なんですかこれ?」

「もう起動してある。例えばの──」

 博士はもう一つのヘルメットを被り、僕から5mほど離れる。何が始まるんだ?

「今から助手君のおでこにデコピンするぞ。3、2、1、……ホイっ!」

 そう言って博士は人差し指を弾く。するとその衝撃が僕のおでこに走り。僕は思わずのけ反る。

「うぉお!なにこれ!」

「助手君、今度は手を出して握手をしてみてくれ」

 僕は右手を出すと、そこには何もないはずなのに握られている感触が伝わってくる。なるほど、そういうことか。

「まさか、離れていても触れたりする事ができるヘルメット?」

 博士はヘルメット越しでもわかるドヤ顔を向けた。

「ご名答」

「普通に大発明じゃないですか!博士!これは革命ですよ!」

「ホッホッホ、もっと褒めてもいいんじゃぞ」

 僕はヘルメットを外し訊いた。

「このヘルメットを付けてる人同士で離れていてもいろいろ出来るんですね、どうなってるんです?」

「触れられている感覚などの脳波をヘルメットから出してるんじゃよ」

「あ、じゃあ実際に触っているわけではないんですね」

「しかし、本当に握手してるように感じたじゃろ?それにこれを応用すれば味や匂いも伝えられるぞ」

「それはいい。実にいいですね!おうちにいながらレストランの味を味わったり、遊んだりできますし」

 まだまだいろんな分野に応用ができる。助手を始めて約2年、この博士についてきて良かったと思える発明がやっと出来上がった。

「これで博士も一躍有名人ですよ!」

「ホッホッホ、インタビューの練習でもしとくかのぉ」


      *  *  *


「またか……」

「またですね……」

 二人の刑事は現場を見て真顔になる。

「今日でいくつめだ」

「自分が知ってるだけで五つ目です」

 年上の刑事は頭を掻き、考え込む。若めの刑事は沈黙を貫く。

「三ヶ月前に発売された『ハイパーリモーター』、感覚を遠隔で伝えることができる機械だっけか」

 若めの刑事は応える。

「一年前に出てきた『スーパーリモーター』の進化版です。博士と助手の二人組が発明したやつですよね」

 年上刑事は頷く。

「まさか。まさかこんなことになっちまうとはな」

 若めの刑事はあとのセリフを引き継ぐ。

「発売当初、『革命だ!』『生活様式が超進化するぞ!』なんて言われてましたが、犯罪率が急上昇。販売中止になった代物ですよね。それでもかなりの数が売れてしまった後だった」

「リモート会議だのリモート飲み会だのと言ってた頃はまだ良かったよな。今じゃ遠隔で出来ることの幅が広がりすぎて、てんてこまいだ。リモート殺人、リモート薬物、リモート痴漢にリモートストーカー、その他もろもろありすぎだ。この前テレビでそれらをひっくるめて『リモート犯罪』なんて名前をつけてたぜ」

若めの刑事は「……今に始まった話じゃ」と呟く。

「ん、なにか言ったか?」

「いえ、大したことでは。ただ、発明した博士と助手は大変だろうなと」

「ケッ、今頃どこでなにをしてるんだろうな」

 年上刑事に、返そうとした言葉を飲み込む。


 このリモートの時代に、どこにいようと変わりませんよ。


 二度と吐き出すことのないように、しっかりと飲み込んだ。


      *  *  *


「逃げるぞ!助手君!身支度をせい!」

「博士、無理ですよ!このリモートが普及した時代に逃げることなんて!」

 スーパーリモーターを超小型化したハイパーリモーターを売り出した当初は順調だった。順調だったんだ。しかし、なんでこんなことに。

「逃げるしかないだろう!我々が捕まるのも時間の問題じゃ!」

「無理を承知でやるしかないんじゃ!あやつら、ワシに『リモート犯罪産みの親』のレッテルを貼りおって!この発明でどれだけの経済効果や利便性の向上があったと思っとる!」

 博士は僕に掴みかかる。その涙でぐしゃぐしゃになった顔は怒りに満ちている。

「なにがリモート犯罪だ!リモートストーカーやリモート名誉毀損なんぞ、ひと昔前のSNSでのストーカーや批判、暴言と何が違うんじゃ⁉︎言ってみろ!」

「それを!僕に!言わないで下さいよ!」

 僕は博士の手を剥がすと服のシワを直す。

「ワシは逃げるぞ、助手君はどうする」

「僕は。……この時代に幕を降ろそうと思います」

「幕を。降ろす?」

「逃げるのならそれでもいいです。僕に博士を止める権利はありません。でもついては行きません。もう、疲れた」

 そうか。とだけ言い、そこらへんの物をかき集める。

「助手君。元気でな」

「博士、ありがとうございました」

 あ、そうだ。最後に一言だけ。

「あと、僕の名前は奈良川です」


      *  *  *


「昨夜未明、一軒家から異臭がするとの通報により調査員が捜査したところ。男性の遺体が発見されました。遺体は奈良川義信さんとみられ、調査関係者によると遺体は外傷が全く無い状態で倒れており、死因はハイパーリモートの機能による臓器破裂。事件、事故両方の面で捜査を進める方針とのこと。ハイパーリモートの製造会社はリコールの可能性も視野に入れて───」






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