魔女を拾ったら首になりましたけど、どうすれば社会復帰できますか?

しゅら犬

第1話

 夜の闇を裂くように、影が走る。

 家々の屋根を軽々と飛び越えていく。

 それはあまりにも不可解な光景だった。

 何せその影は、一人の少女だった。

 頭につけているの帽子であり、その身につけているのは薄いワンピースである。背にはリュックを背負い手に持つのは長く捻じれた杖。さながらまるで絵本の中から出てきた様だった。

 そんな姿の人間が――それも童女が――家という家の屋根を飛び渡るのだ。

「――――ッ」

 羽の様に飛ぶの身には一体どんな理屈があるのか……彼女は息を荒くしながら、まるで何かに追われる様に家々を移動する。

 ――そしてその後ろを追う影が、複数。

 ローブに包まれたその人物達の顔は夜の闇もあってみる事はできない。

 しかしながら、それぞれが持つ杖といい、彼女を追いかけている事だけは分かる。

「しつこい……!」

 彼女は裏を確認しながら、いら立ちを含めて呟いた。

「ならこれで……!」

 彼女の手に力がこもり、顔の至る所に青い線が走る。瞳がネコ科のそれになると同時――足元の屋根を壊しながら前に跳ぶ。

「逃がすか!」

 彼女の背後にいる影から声が飛ぶ。そして前からも人が現れ、彼女に向かって杖が向けられるが、それを彼女は鋭い息を吐きながら飛び越えた。

光弾を超え、着地。そのまま後ろを見ずに、前に進む。

裏ではまた男達が追う気配があった。足音が鳴り、こちらへと近づくのがわかる。

「――多いわね」

いつになく、敵が多い。

ここまで数が多いのは、久しぶりだった。

「これは、間違えたかな」

彼女はポツリと呟いた。

この数だ。ならば準備をしてたとみるのが妥当である。ならばこの先は――

「それでも逃げなくちゃ」

想像した予測――それはあまりいいものではないが、だからといってここで諦める訳にはいかない。

捕まれば何をされるか分からない。

死より酷い目にあうなんて事もある。むしろそっちの方が可能性は高いだろう。もし友好的ならばこの様にはなっていないのだから。


だけど――


「私は……」


――一体いつまで逃げればいいのだろう。


   ●


 ゴールデンウィークを過ぎ、学生だけでなく社会人である自分もまた、いつもの日常に戻ってきていた。

 仕事を終わらせて、残業を済ませて電車に揺られて家に向かう。

 周りをみれば家からもれる明かりぐらいであり、大通りから外れれば静かなものだった。

 自分が歩く音と、手にもつコンビニ袋が揺れる音が大きく聞こえるほどである。

 だから――――余計にこの音は響いて聞こえてきた。

 ガンッと何かを蹴るような音が響く。

「……なんだ?」

 音が何処から響いたのかと周りをみる。

 けれど音の原因の様なものは見えない。

「野良猫……もしくはタヌキとか?」

 周りには人影は見えない。となれば可能性があるとすればそれぐらいだろう。

 そう思い、そのまま前を向こうとし――


「どいてぇぇぇぇぇ!」


 パッと声へと顔を向ければ、そこには人。

 ひらりと舞うロングのスカートを片手で抑え、もう片方には長いまるで杖の様なものを持ちながら、頭を押さえている。

 はぁぁぁぁ!?

 それが降ってきている。どういう事だろうか?

 ぶつかる――と思った時にはもう遅かった。


「あ、白――」


 降って来た女性にサーフィンされながら至る所がアスファルトで削れていく。

 この感覚、昔にトラックにひかれた以来だなと頭の隅で考えいた。余裕があるなと思いつつも、実際は凄く痛い。僕は慣れてはいるけれど、だからといってこの扱いは一体なんなのだろうか。普通の人間ならば死んでるだろう。

「あ……ちょっと悪い事したかしら。……し、死んでないわよね。治さなきゃ!」

 ちょっと……? これで……?

 この娘の論理感はどうなってるんだろうか? 口を開くこともできない、血をダクダクと流している僕を見てこれだ。というのも実の所、僕はちょっとした特異体質で良く分からないのだが怪我の治りが異常に早い。トラックに引かれた時も潰れたと思ったら治った。正直自分自身でもこの体質は気持ちが悪いし、どうかしていると思う。なのでこのままほおっていても僕は治るのだが、彼女にはそれは分からないだろう。

 トンっと軽快な音が鳴ると、僕の体から痛みが引いていく。 

「これでよし。はやく逃げなきゃ!」

 こちらの様子を見る事もなく、そのまま去っていく。むりくりと体を起こして、去って行った方向をみるが、既に遠くである。

「なんだったんだろうか……?」

 いきなり空から降って来たと思ったら、去って行った。白……という印象しか残っていない。

「こういうのって通り魔でいいのだろうか」

 ぼんやりとそんな事を考えていると――また上から人が降ってくる。

 降って来たのは数人の男である。なんだ? 流行っているのだろうか。

「――なんだ? お前?」

「え、いや、その……あの……皆様方、どうして私を囲むのでしょうか?」

 どうやら今日は厄日であるらしい。


 ――この不幸。ハローワークにでも行けば解決できるだろうか。 



 男達が去ってから心臓を刺された身体を起こす。ここでやったのはただの死んだふりだ。しかしながら普通ならば死ぬ怪我である。別にそれをほおっておくのは不思議ではなかった。

「……参ったな。服に穴が開いてしまった」

 空いたスーツを見下ろしてぼやく。真っ赤に広がった血の跡がハッキリとついていた。このまま人にあったら避けられる事間違いなしだ。

「あーあ……明日来ていくスーツどうするか」

 現実逃避である。場違いだとは理解しつつもいきなり殺されたのだ。何よりも問題は解決していない。僕を殺した男達はこの道の先にいる。

「……逃げたいな」

 状況だけみればあの僕を踏みつけた彼女はあの男達に追われているんだろう。という事はこのままあの男達が追いつけばそのまま彼女を殺すだろう。

「……ほおっておくことできるけど」

 むしろ自分が行ってどうなるというのか。自分が行ってもまた殺されるだけだ。何せ一度殺されたのだ。ならば僕が行ってどうなるというのか。

 体を起こしながら自分が来た道に踵を返す。これは僕の手に余る。どうもできない。だからこれはどうしようもない――。

「……ああ、クソ。どうしてこうも」

 脚を停めて、頭をガシガシかく。見下ろせば自分の血で塗れたワイシャツが見える。きっと自分が行ってもどうにもならない。せいぜい出来るのは肉の盾ぐらいか。それに僕には彼女を助けようとするだけの理由がない。普通ならば自分の命をかけて見知らぬ誰かを助けるなんて馬鹿げている。

 けれど――

「はぁ……まぁ僕は死んでも生き返るしな」

 逃げるだけの時間は、稼げるだろう。さっきは意味が分からなくて、そのまま死んだふりをしたが。

「よし……行くか」

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