エピローグ 幸あれ
玄関の扉が開く音がした。雨晴が帰ってきた。作りかけの生クリームをカウンターの上に置き移して、石鹸を手に取った。
予定より少し早めに帰宅をした雨晴は、キッチンへ直行し、今日あった出来事を楽しげに話して、普段よりも声高くして笑っていた。
わたしは急いで石鹸の泡を落として、水滴を拭き取り、
「おりこうさんね」
小さな頭を撫でた。
雨晴はその場で足踏みをしながら「おやつ、まだ?」と尋ねてきたので、食器棚から小皿を取り出して、
「そうだ、さいごにもりつけを、してもらおうかなぁ」
と言った。
今度は両手をパタパタさせながら、三つ編みを揺らし、くしゃくしゃの笑顔をわたしに見せた。
「もりつけ、したい!」
今はこんなに小さい雨晴でも、あっという間に大人になって、わたしのもとから離れてしまうのだろうか。嬉しいけれど、やっぱり、なんだか寂しい気もする。
(えー、続いてのコーナーです)
夕方のテレビでは、気象キャスターが天気に関するクイズをやっていた。この時間帯はいつも、こうしておやつを作ったり夕食の準備をしたりと、なにかと忙しくしているから、直視はできないけれど、キッチン越しに毎日見ている。まあ簡単に言うと、ラジオを聞いている感じだ。
(いまからおよそ百年以上も前です。一八八四年 六月一日。日本で一番最初の天気予報が発表されました。その予報とは何だったでしょうか)
もう何年も聞いているから、ちょっぴり天気に詳しくなって、たまに出演者よりもさきに答えてしまうときがあるのだ。テレビだからわざと間違えているのかもしれないが、それがまた、単純に嬉しかったりもする。
シフォンケーキが入ったオーブンを覗きながら、わたしは若い気象キャスターと一緒に、声をそろえて言った。
〝 風の向きは定まりなし
天気は変わり易し
但し、雨天勝ち 〟
風の向きは定まりなし 珀 ーすいー @Rin-You
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