第2話 11時のやり直し①
頭が割れそうな程にガンガン……してない? 昨日あれほど飲んだというのに、体はすこぶる調子が良い。というか、いつもよりも体が軽いくらいだ。窓のカーテンを開けて外を見ると、雲一つない快晴が広がっていた。
今日は日曜日だから、昼過ぎまでベッドでゴロゴロしようと思ったのに、ぐうたら計画がパアである。だが、彼氏に振られた私にとっては、家に引きこもっているよりも外に出て気分転換をしたい気分だった。
昨日お婆さんにたくさん愚痴を言ったからか、思ったよりも気分は晴れやかだった。大きく伸びをしてベッドから出ようとしたとき、左手には見慣れない腕時計が。
「そういえば、お婆さんから貰った腕時計を付けたまま寝ちゃったんだっけ」
昨日見たときは12時を指していたと思ったけど、今は11時を指したまま止まっている。酔いすぎて見間違えたのかな? 電池が切れているみたいだし、デザインも可愛いから修理に出してこよう。
腕時計では時間が分からず、生憎と私の家には壁掛け時計がない。ケータイで確認しようにも、昨日充電をしないまま寝てしまったため、臍を曲げたようにうんともすんとも言わない。ひとまず充電器にさしておこう。
目を覚ますためにも、コーヒーメーカーで朝用のコーヒーを用意している間に、テレビをつけた。テレビでは綺麗で若いキャスターが天気やニュースを読み上げている。
『ただいまの時刻は7:30を回りました。今日は超大型連休のゴールデンウィーク1日目の4月27日です。すでに帰省ラッシュや渋滞が発生し始めていますので、十分に余裕を持って行動して下さい』
「うわぁ~、せっかくのゴールデンウィークに帰省渋滞とかかわいそう。4年前にも高速道路で玉突き事故があったせいで物凄い渋滞があったらしいけど、って……ゴールデンウィーク?」
今なんて言った? 4月27日? 4月3日の間違いじゃなくて? 私が25日間も眠り続けたという可能性も0じゃない――いや0かだけど、現実的に考えてあり得ない。だとすると、このテレビが適当なことを言っている? いや、冷静になれ。
携帯で色々調べようにも、まだ充電されてないせいで動かない。テレビも……
ちょうど淹れ終わったコーヒーを飲みながらソファーへと腰かけた。テレビは何気ないニュースを読み上げるだけで、特にドッキリのネタばらしをする気配はない。
「聞き間違い……なわけないよね。一体何が――」
『緊急速報が入りました!! ただいま入った情報によりますと、帰省ラッシュの渋滞に加え、高速道路で10台以上の車両が激突する玉突き事故が発生した模様です。すでに車線規制が行われているため、現在の渋滞距離は15kmにも及んでいるとのこと。今後の見込みとして渋滞は40kmに及ぶことが想定されます。発生した事故の死傷者は――……』
「うそ……。私、このニュース見たことある。4年前の事故だ……」
ニュース番組で報道された玉突き事故の映像は、確かに昔見たことのある映像だった。内容が内容だけに、とても驚いたのをよく覚えている。
ニュースでたまたま過去の映像が流れているだけ? いや、そうとは考えにくい。となると、突拍子もない話だが、私が過去に戻ってきている……ということになる。
意味が分からない。昨日は間違いなく4月2日だったはずなのに、起きたら4年前の4月27日になっているんだから。しかも超大型連休って言うと、4月27日から5月6日までの10連休にも及ぶものだったはず。
「でも、なんで過去に……」
意味が分からな過ぎて頭がパンクしそうになっていると、昨日お婆さんにもらった小箱と小さな手紙が目に入った。
「……いやいや、まさかね?」
あり得ないとは思いながらも手紙を読んでいく。そこには綺麗な字でこう書かれていた。
『人生はやり直せるって言う人もいるけどね、普通はそんなことできっこないのさ。だって流時間は巻き戻せないのだから。でもね、何事にも例外はあるのさ。これは私にはもう必要のないものだからお前さんに譲るよ。同封した腕時計は見た目こそシンプルな時計だが、そんじょそこらの計じゃないよ。ズバリ言うとね、それを付けて眠れば過去に跳べるのさ。それも、装着者にとって分岐点と言える重要な時点に跳べる安心設計だ。その時計が使えるのは全部で12回。1回跳ぶことに針が遡っていくから注意しな』
「…………は?」
いろいろと思うところはあるけれど、ひとまず腕時計の盤面を見る。やはりそこには11時で止まったままの盤面。
「わ、私、もしかして本当に、過去に巻き戻ってる~~~~~~~?!」
※ ※ ※
「ふぅ、少し落ち着いた」
困惑する頭を整理させるためにシャワーを浴び、朝淹れたまま飲み残したコーヒーを胃へと運ぶ。まだ春先だというのに気温が温かいせいで、家の中では専ら薄着だ。エアコンをつけてシャワーで火照った体を鎮める。コーヒーのおかげかシャワーのおかげか分からないが、とにかく頭は冴えた。
シャワーを浴びている間に携帯が復活したので、大手検索エンジンで今日の日付を調べたら、間違いなく四年前のゴールデンウィークと出た。手の込んだいたずらの可能性も考えたのだが、その考えはシャワーを浴びたときに消え去った。
30手前になり、ハリのあった肌も艶のあった髪もちょっとずつ劣化していた。四年前とは比べるべくもないほどに。それでも、美容には気を使っていたし最大限の努力はしていたと思っている。
だが、全然違った。
短期間で見れば変化には気づかないだろう。それでも、四年前の肌と比べたら天と地ほどの差があった。四年前の私は25歳。まだまだ若いと言えるくらいだった。そのころの肌は物凄い。
「時間って残酷だな……乙女の最大の敵だ……」
女性は賞味期限が切れるのが早いとはよく言ったものだ。まぁ、もう乙女と言うには少々時間が過ぎている気もするけれど。でも、せっかく過去に戻ったのだから、卓也にフられないようにしたい。
「でも、なんで四年前のゴールデンウィークなんだろう……」
四年前の行動を事細かに覚えているはずがない。この時に戻ったということは、きっと意味があるはずなんだ。分岐点となる出来事があるはずなんだけど……だめだ、全く思い出せない。
「あっ、手帳になにか書いてあるかもっ」
30直前の今と違って、この頃は手帳を使っていたからきっと予定があるなら書いてあるはず。手帳の後ろのほうにある余白には、日記を書いているときもあった。
……あれ、でもなんで手帳使わなくなったんだっけ? って、あったあった!
変に悩みかけたとき、丁度今日の日付のページを見つけることが出来た。
「えーっと……『18時 合コン 新橋』…………あっ!」
思い出した! 職場の女友達が合コンするからって呼ばれたんだ! 数合わせでお金は出さなくていいって言われて、のこのこ付いて行ったんだ。しかも、事前情報では相手は大手IT会社の社員ばかりで、有望株な上にイケメンが多かった。
「思い出してきた、思い出してきたぞ~」
それで、念のために勝負下着つけて一番高くて清楚に見える服を着て、美容院でばっちりめかし込んで新橋に行ったんだ。そう、そこまでは良かった。
問題はここからだ。
「たしか、イケメンにばっかり色目使ってたんだ……」
その場にいた一人が卓也だった。見た目はそこまでイケメンじゃない。服装もおそらく安物だろう。他のイケメンに比べれても全てにおいて劣っていた。努めている会社も中小企業だった。なぜこの場にいるか不思議なくらいだったのは今でも覚えている。
その時の私は即座にイケメンをロックオンしてアプローチしていた気がする。自分で言うのもあれだけど、私は化粧映えする顔だと思っている。スッピンはあまり見せられたものではないけど、化粧をすればそれなりだと思う。髪もばっちり決めていたからそれなりの自信はあった。
まぁ、そのせいで卓也に対してはちょっとおざなりになっていたような気もするけど……
「そこからはお酒も結構飲んだから詳しくは覚えてないなぁ……なにかあったような気がするんだけど、なんだったっけ……」
いくら考えても覚えていない。まぁ、四年も前だしここまで思い出せただけでも良いほうだろう。とにかく、過去をやり直すにしても、まずは卓也と出会わなければ何も始まらない。
「そうと決まれば、とりあえず準備しなきゃ!」
携帯を見れば時間は11時を過ぎている。美容院に行くにしても、あまり時間はない。財布の中にお金はある程度あったからひとまず今日はなんとかなるだろう。
待ってなさいよ卓也。必ず私をフらないようにしてやるんだから!
明日彼氏にフられます。 咲く桜 @sakura1124
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