梅雨色ピンク

結羽

梅雨色ピンク

「ごめん。俺、梅雨の頃に引っ越すんだ」


 申し訳無さそうに彼が言う。

少し戸惑ったその表情をみて、私は彼に告白したことを後悔したのだった。


去年から片思いしていた彼と同じクラスになって1ヶ月。

席が近かったのもあってよく話すようになり、少なくとも女子の中では1番仲が良いと思っていた。


 思い切って告白した。

結果は冒頭に戻る。


「本当にごめん」


 呆然とした私に彼は心底申し訳無さそうに謝る。

それが私を余計に惨めにさせることに気づかずに。


「いいの。気持ち伝えたかっただけだから」


 自分の気持ちを押し隠して、いつもの笑顔を見せた。

精一杯の強がり。


「あのさ、みんなにはまだ黙ってて欲しいんだ。転校すること」


 私のことが嫌いなのなら仕方ないけど、転校するからなんて理由になってないよ。

ずるい。


 だけど、そんなこといえなかった。


「わかった」


 そして、梅雨入りを迎えた。

窓の外はシトシト雨が降っていて、ジメジメした空気に包まれている。


「 大変よ。彼、引っ越すんだって」


 私の親友が教室に駆けこんできて言った。

とうとう、この時が来たのだ。

どこからか彼が引っ越すことが漏れてしまった。


「どーすんのよ。早く告んなきゃ、会えなくなっちゃうよ」


 私はあの日のことを親友にも言えないでいた。

曖昧に笑って誤魔化す。


「仕方ないよ。離れちゃうなら。遠距離なんて出来ないもん」


 あの日から何度となく言い聞かせてきた言葉を口に出す。

じわり、にじむ涙を押し殺した。


「あ、これにしな。このピンクのマニキュアがいい」


 親友がマニキュアが入った私のポーチから1本を抜き出す。

それは紫陽花の色のようなピンクのマニキュア。

ハート型のボトルのそれは塗ると恋がうまくいくというおまじないがあった。

断りきれずに左手を塗り終わった頃、親友が突然立ち上がった。


「あ、数学の課題出すの忘れてた!」


「何やってんの。あれ、今日までだったよね」


 親友は課題のノートを持って教室を飛び出していく。

その刹那、教室の入り口で振り向く。


「頑張ってね」

 

 私が顔を上げた時にはもう彼女はいなかった。


「何……?」


 意味がよくわからないままボトルを置いた。

塗り終わった左手のピンクを見つめる。

彼に告白した日も同じマニキュアを塗ってたんだ。

おまじないなんて効かない。


「あれ? 何やってんの?」


 教室に入ってきたのは彼だった。


「メール貰ったんだけど、どうしたの?」


 きょとんとした彼を見て、さっきの親友の言葉を思い出す。

どうやら私たちを二人きりにしようとしたみたいだ。

彼がもうすぐ転校してしまうのを知って、チャンスを作ろうとしてくれた。

もうふられてたなんて言ったらどんな顔をするだろう。


「何かあったの?」


 それよりもこの状況をどうしよう。

慌てて立ち上がった。

ガタンと椅子が大きな音を響かせた。

彼と目が合うと私は動けなくなる。

言葉に出せない想いが涙となって頬をつたった。


「ちょっ! 何で泣くの? 俺何かしたっ?」


 彼は慌てた様子で私に駆け寄った。

心底心配そうな表情。

もう困らせたくはなかった。

だけど、押さえられない。


「だって……転校するなんて理由になってないっ! ずるいよ。こんなに好きなのに! ずっと近くにいたいのに……!」


 溢れた言葉は最後まで言えなかった。

彼の腕に抱きしめられたから。

ただ強く強く抱きしめたまま、彼は私の耳元の髪をかきあげて呟く。

耳にかかった吐息にゾクリと背中が震えた。


「ほんとはずっと好きだったんだ」


 吐き出すように呟く。

ずっと聞きたかった言葉。


「遠距離になるのわかってたから言えなかった。でも、お前となら大丈夫かな」


「当たり前よ」


 私は即答する。

だって、本当にそう思うから。

少し離れたってこの思いは揺るがない。


ずっと見つめてた後ろ姿。

これからは隣で見つめていきたいんだ――。

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梅雨色ピンク 結羽 @yu_uy0315

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