そしてクラムは謎の少女と邂逅する

少女はその肌に血の気を戻していた。真っ青で、いまにも消え入りそうな雰囲気をまとっていた少女。クラムは分からないことが多かった。

華奢な体つきは、最初に会った時の男たちとの関係性も分からなくしていく。

そもそもなぜ少女はこんな鎧を着こんでいたのかということも。

継ぎ目のない鎧は脱ぐことを想定していない、そして見たことのない材質も。

いかに力が強くなっているクラムとはいえ、特殊な材質でできているであろうことは触れたときに分かった。

この少女は一体何者だろうか、そういう考えがクラムを支配するのは当然のことでもあった。


「んん」


そんな声が聞こえたのは、アストルが魔法で治療し始めて少ししてからだった。

か細く、まだ完全には治っていないのか弱弱しい声をあげつつ、少女は目を開いていた。

少女は突然顔を手で覆い、目をつむる。

クラムは最初その行動の意味が分からなかったが、継ぎ目のない鎧から見えるのが目の部分からだったのだと気づいた。

光に慣れていないのか、瞼も小さく開かれただけで、一瞬見えた瞳の色は、見覚えがあるものだった。


「大丈夫、何もしないよ」

「違うんです、顔を見られてはいけないんです。あの、鎧は……鎧を返してもらえませんか」


丁寧な物言いに、やはり最初に出会ったときとは印象が異なる。

男たちに命令をして、クラムを追いかけさせていた少女と、いま目の前にいる少女は全くの別人のようでもあった。

だが特徴的な鎧、そして追いかけられたことでクラムははっきりと記憶していた、自分を追いかけるように命令をしたのは、間違いなくこの子だったと。

鎧の先に見えた瞳の色も同じだったとも。


少女に言われてクラムは寝具の横を見た、そこには溶けたかのようにひしゃげている鎧があった。

それが大事なものだとは知らなかったクラムは本当に申し訳ない気持ちで言った。


「ごめん、緊急事態だったから壊しちゃった」

「え、あれが壊れるわけ」


慌てていた様子が止まり、その小さな手の隙間から様子を眺めているのか、クラムが眺めている方向へと少女も目線を向けていた。

静かな時間が流れる、動きも固まった。


「あの、もしやあなた様は」


その口調が丁寧な物に変わった。

クラムはその声に怯えのようなものを感じた、すぐにクラムは自分が誰か別の人と間違われていると分かった。


「違うよ、ただの通りすがり。というか、見覚えないかな僕に」


そういうと少女はゆっくりと手を下ろし、クラムの顔を見た。

小顔で、体つきも華奢で、薄い布切れを身にまとっているだけの少女は、その雰囲気からしてクラムにはおかしなものに見える。

アイリスより少しばかり幼いくらいだろうか、そう思ったが、語らない少女のことをクラムは何もわからない。

それでも少女もクラムのことに見覚えはあったようだった。


「あなたはあの時の」

「そう、突然追いかけられた人。びっくりしたよ、あんながかいのいい男たちに追われたらびっくりしちゃったよ」

「あれ、でもいまは……本当に同じ人」


少女は何かに戸惑っていた。

手足を眺めている、そこには何か紋章のようなものが肌に描かれていた。

クラムには見たことのない紋章で、その行動の意味もクラムにはわからない。


「ほら、後ろから近寄って行ったら、急に君が振り返ってさ。すごかったよ、物音を立てたわけでもなかったし、気配を殺し切れてなかったのかな、まだまだ僕も未熟だったかなあ」


クラムはあの時のことも不思議でたまらなかった。

物音を立てたわけでもない、周囲に何かしらの魔法の結界があったわけでもない。

さらに言えば気配は押し殺していた、獣を狩るときと同じように。

何よりも、反応したのは少女だけだった。

男たちは少女に注視し、クラムに気づけるものは誰一人いなかったということ。

だけどそうだからでこそ、この少女が彼らを先導していたのかもしれないとも。



「はい、確かにそうでした。でもあの、確かにあの時の人ですか」

「うん、そうだよ、僕はクラムっていうんだけど、何か変なことでもあったかな」

「いや、でも確かにあの状況で周りに人はいなかったらしいけど、今は反応してないけど」


ぼそぼそとつぶやく少女、その言葉はクラムには聞こえなかった。そして考え込んでいるようでもあった。

少女は横になっていた身体を起こした。


「あ、こら、まだ動いちゃ、まだ身体も辛いだろう」


アストルは魔法を使っている途中だった。

二人の口を挟まずに静観をしつつ、回復魔法を継続していたアストルだった。

顔をしかめた少女に、クラムはまだ身体が治ってはいないということを知った。

クラムにとって一番の謎は、どうしてこの子はあの場所に、あんなにボロボロの状態で倒れていたのかということだった。

敵に襲われたのか、もし襲われたのだとすれば、周りにいた屈強な男たちは一体どこへ行ったのか。


クラムはそう考えていたのだが、その考えは少女の次の行動ですべて吹き飛んでしまった。


「申し訳ありませんでした」


そういうと、寝具の上で少女は膝をつき、頭を下げていた。

少女はクラムに謝罪をしていた。


「ど、どうしたの」

「いえ、何か勘違いのようなものをしていたのかもしれないかと、実は大事な探し人をしていたのですが、その人とあなたを勘違いしてしまったのかもしれません。本当に申し訳ありませんでした」


突然頭を下げる少女に最初はクラムも戸惑った。


「いや、こっちも悪かったよ、急に逃げちゃって。少しくらいは話を聞けばよかったのかな」


少女が間の抜けた顔をしてクラムを見ていた。

その顔を見てクラムも不思議そうな顔をしていた。


「そりゃそうだろうな、何しろ追い回した人間から謝られているのだからな」


ぼそっとアストルがつぶやいた言葉は、二人の耳には届かなかった。

どのくらい沈黙が場を支配していたのか、再び口を開いたのは少女の方だった。


「話を聞いたのですが、あの危険な山に入り込んだとかなんとか」

「ああ、うん、逃げる場所がなかったからね、しょうがなく」

「無事だったのですか、あの山は危険区域に指定されているはずですが」


クラムはアストルのほうを向いた。

アストルは無言で首を横に振る。

その合図が、余計なことは喋るなという合図だとクラムは受け取った。


「実はさ、山に入ってすぐに抜けだしたんだよ、すぐそばに隠れてさ」

「え、そんなはずは」


少女が否定しようとした、アストルのほうを再び見ると首を横に振っていた。

否定しろということだとクラムは思った。


「いやあ、あんな場所に洞穴があるなんて知らなかったよ、そこを通って行ったら出られたんだ、運が良かったよ」


少女が考えこんでいる様子は、クラムの嘘がばれやしないかという不安をあおっていた。

幸い周りにいた男たちも今はいない、確認をとれる相手がいないことで少女は疑いつつも、その言い分を認めたようでもあった。


「そうですか、無事なら何よりでした」



「それより、君は誰なんだ」


クラムは核心に迫ることにした。


「すみません、それを語る許可を私はもっていません」

「そんなバカな話があるか、こうやって怪我まで治してもらっているのだぞ、自分がいかにわがままなことを言っているのか自覚がないのか」


アストルの糾弾が少女に向かった。

その迫力はただの女性というものではない、人間離れした圧力に少女は震えていた。

それを遮るように立ったのは、ほかでもないクラムだった。


「落ち着いてくれ、彼女にも何かわけがあるんだきっと」


クラムに庇われると思っていなかったのか、アストルは驚いたが、すぐにも冷静さを取り戻していた。


「だが、こいつが一体何者かもわかっていないのだぞ」

「僕にも君にも、秘密くらいあるはずだ。まだ喋っていないことの一つや二つくらいあるだろ、それを彼女も持っている、それだけの話なんだよ」

「それは、確かにそうだが」


クラムはこれで話は終わりだと、再び少女のほうを向いていた。


「わかった、じゃあこれだけ教えてほしい、君の名前と、君がどうしてあの場所に倒れていたかの理由だけだ。それくらいだったら教えてくれてもいいんじゃないかな、どうだろう」


少女は考えるそぶりを見せていた、何かしゃべられない理由があるのだろうと察したクラムだったが、あまりに何も知らないのも確かだった。

今は話せそうなものがあるとすれば、このくらいのものかといった提案だった。

そしてそのクラムの考えは当たっていた。


「そのくらいだったら」


そういって少女は語りだす。


「私の名前はサイと言います、周りにいた男の人たちは」


それはクラムが山に逃げ込んでからの話だった。

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竜の涙と真実の旅、妹を探し青年は真実を知る。 @ie_kaze

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