そしてクラムは自分が何か大きな事に巻き込まれたと知る

「とりあえず連れ込んでしまったんだけど、これからどうしよう」


寝具に鎧の人を横にし、クラムは自分の考えなしの行動を振り返り始めた。

困っている人がいるとつい手を伸べてしまう、アイリスにもその事でよく言われたことがあったことを思い出すが、それでもクラムは止められないものだと思った。


「なあクラム、こいつ危ないかもしれんぞ、だんだんと生気が弱くなっている。このままだと死ぬな」


そんなクラムに、アストルは神妙そうな雰囲気でそういってきた。

アストルの声を聞いてクラムがもう一度覗き込んでみる。

鎧で全身は見えないが、ところどころ裂けている鎧の隙間からは血色の悪い肌が見えた。


「どうしよう、回復魔法なんかは自分じゃ使えないし」

「そこは私に任せろ、これでも竜だからな、一通りの魔法くらいは使える。ただそのためにはこの鎧がちょっと邪魔でな」

「鎧の上から魔法って使えないのか」

「いや、どうも材質が特殊な物のようで、魔法を遮るようなんだ」


そういってアストルが手をかざして魔法を使っているようだったが、形を成さずに消えていくのがクラムにも見えた。


「こういうことってよくあるのかアストル」

「さあ、私は人間とはあまりかかわらないようにしてたからな、その辺りはよくわからない、それよりこのままでは治すこともできない」

「わかった、それでどうしたらいいんだ」

「そういう時の君だよ、今のクラムならたぶんこの鎧くらい壊せるだろう。自分の身体能力やらが伸びてるのはすでに感じているだろう」



日々身体を鍛えてはいたが、それでも人一人と鎧の重さを軽々と持ち上げることができたとは思えなかった。

今はアストルと契約も結んでいる、その力がどういったものかも全くわからないいま、試してみろと言われると少しだけわくわくしてくる。


クラムの瞳を、アストルはじっと見つめていた。

それがまるで、なにも言わずにやってみろと言っているかのように見えた。

そうしてクラムが鎧に手をかけたとき、クラムはおかしなことに気づいた。

鎧には、留め具のようなものがない。どこから外せばいいのかわからなかった。

だが鎧の中の人が段々と弱っていくのはクラムにも何となく感じられた。


疑問に思うことはたくさんあった、どうしてこの人は息も絶え絶えに倒れていたのか。

どうしてこの人は自分を捕まえようとしたのか。

だがそんなすべてのことを、その一瞬はどうでもいいとさえ思った。

いまはこの人を救うことを最優先に考えなければと。


鎧の穴は人間にとって肩のあたりに開いていた。そこから少し裂けている部分に手を突っ込む。

材質は何かわからないが、そんな簡単に壊れるはずがないと、クラムは力を込めて引き裂こうとした。


勢いをつけすぎたか、鎧は飴のようにひしゃげる。

力を籠めすぎてクラムは盛大に尻もちをついた。

まるで鎧ではなく、粘土をちぎったかのような錯覚にさえなっていた。


そして打ち付けた尻をさすりながら、クラムは鎧の中の人を一目見ようと立ち上がった。


「どういうことだ」


砕けた鎧から出てきたのは中世的な雰囲気だが、女の子だった。年のほどもクラムに近いくらいに見えた。

クラムはその姿を見た瞬間に固まった、人間違いではないかと考えた。

だがその鎧は、追跡を命令していた人物のものと同じにしか見えない、違いを見つけることができなかった。

だとすれば、この女の子が大の大人たちに指示を出していたということになる。

いったいどうして、そして何故自分を追いかけてきたのか。

それがいま横たわり息も絶え絶えな姿がより不可思議な物へとしていく。


「言っただろ、私の力をもっと信じてくれよ」


そんな自信満々なアストルの声でクラムは正気に戻った。

アストルの力も知った、いまクラムは、自分が人間を明らかに超えた能力を手にしているのだと分かったのだ。

自分が手にした力の強大さを体感し、そして今の状況も相まって、自分は何か今までとは違う世界に入り込んでしまったのではないのだろうかと。


「それでクラム、彼女を治すってことでいいのかい」


アストルがそう言ってくるのを聞いた、アストルは事情をよく知らないので、クラムにすべてを任せるつもりなのだろう。

クラムも少女が味方ではないのだろうとなんとなく察していた。

何かしらの目的があって自分を追いかけてきたのだというのもなんとなくわかる。

だがそれ以外は何もわからない。


「頼む、自分にできることがあれば何か言ってくれ、なんでも手伝う」


それでもその言葉は詰まることなく出ていた。

困っている人を見ると助けてしまう、そんなクラムの根にある性分は何一つ変わっていなかった。


ふとアストルの顔を見てみると、その表情はにこにこしていた。

少し前までの神妙そうな顔はどこかへと消えている。


「何がそんなにうれしいんだ」

「いや、気にしないでくれ」


クラムは聞いてみたが、アストルは答えてくれなかった。

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