そうしてクラムは村の外で出会う
夜も近いと、暗く深い闇に包まれる森は危険なことをクラムは知っている。
村長に提案されたこともあって、その日をクラムの家で一日を過ごした。
起き抜けにクラムは準備を始め、村の周囲を巡回し始める。
村長は手はずよく指示を出していたのか、村の入口には普段いない村人がいて、多少なりとも装備を整えていた。
男はもともと猟師だったことを知っていたクラムは、その男が立っていることに少しだけ安心もしていた。
「おはようございます」
「おお、クラムか。んん、もう体のほうは大丈夫なのか」
背伸びをしながら、寝ずの番をしていたのか男の目には少しだけクマが現れていた。
男にいわれてクラムは体のあちこちに触れてみたが、痛みはすでになかった。
昨晩もクラムは着替えているときに自分の体を眺めてみたが、青あざ一つない体になっていた。
アストルに聞いた話では、これもまた竜の力だと聞いている。
人間の能力を限界まで高めるというらしい。
「はい、もう大丈夫です、それよりも何か異常はありませんでしたか」
「いや、何もなかったよ、急に村長に警護を頼むって言われたときはびっくりしたけどね、何もないならそれに越したことはないさ」
事情は聴いているといわんバリの男は、そう言って胸を手でたたいていた。
もともと狩りの仕方を教わることもあった人で、クラムにとって信用するには十分な人でもある。
「わかりました、それじゃ自分も村の周りを巡回してみることにします」
「ああ、気を付けろよクラム、確かに誰も見かけてはいないが、なんか森が騒がしいような気がするんだ」
「それは猟師の勘ってやつですか」
「いや、現実だな」
猟師をやっている男がそこまでいう、その言葉にクラムの気持ちも引き締まった。
村は手が二つあれば事足りるくらいの人間で構成されている。
その分村の大きさ自体がそこまで大きいわけではない。
だが森に囲まれた村は死角も多く、入り口だけを守っていればいいというわけではなかった。
人が歩き、人の目で見なければ見つからないものも当然のようにあった。
「クラムは人気者だな」
そんな巡回を楽しく思うわけでもないのか、アストルは唐突にそんなことを言い出した。
「そんなことはないよ、村が小さいからね、一人一人が顔と名前を覚えられるような村だってことだけだよ、自分が助けてもらっているように、自分も彼らを助けてる、ただそれだけのことだよ」
「そういうことを言っているわけではないんだがな」
アストルの言葉に首をかしげるクラム。
助けられたから助け返す、ただそれだけのことだと思っていたからでこそ、アストルのその続きを聞きたいと思っていた。
そんなクラムを、自然の色には溶け込みそうにもない銀色の光が止めた。
少し離れた場所から照り返す光は、明らかに不自然な物であり、そこに何かがいるというのがわかった。
まだ草木が視線を遮っていて、何があるのかはっきりとはわからない。
だが盗賊団に備えて巡回しているのだという状況を考えると、楽観視してはいけないとも思った。
慎重に、慎重に、腰に下げていた剣をその手に持って、光の放つほうへとにじり寄っていく。
そして前を遮っていた草木をゆっくりと横に除けた。
そこにあったのは鎧だった。
クラムの記憶にも新しい鎧は、山に入る前に見たものと全く同じだったが、ところどころが壊れて、中の人の肌が少し見えている。
頑強そうだった鎧にはいたるところにへこんだ痕があり、森の奥からは引きずったような跡も残っていた。
クラムは中にまだ入っていることにすぐに気づいた。
中の人物は気絶でもしているのかピクリとも動かなかった。
「おい、こいつはまさか例の」
クラムもすぐに理解した、これはあの時の男たちの仲間だと。
正確には中心にいた人物だったので、その中のリーダーなのかもしれない。
手傷がひどいのか、体を動かせないほど衰弱しているのか、近寄ってみてもよくは分からなかった。
歩み寄ったクラムはその人物のそばに腰を下ろし、その様子をうかがった。
自分を追いかけてきた連中のリーダーが一体どうしてこの場に倒れているのか、そもそもこの連中は一体何者なのか。
クラムの頭の中でいろんなことが浮かんでいた。
クラムは鎧の下に手を入れて持ち上げてみた。本当はとんでもなく重い鎧なのかもしれないが、クラムは難なく持ち上げていた。
鎧の材質は頑強で、ちょっとやそっとでは壊れそうにないことも、触るとなんとなくわかる。
そして鎧の中から息遣いも聞こえてきた、弱弱しく、消え入りそうなくらいの小さな息遣いが。
「なあアストル、周りに人はいるか」
「いや、いないが、まさかお前」
「ああ、ちょっと聞きたいこともあるんだ、これはきっといい機会でもあると思うんだ」
「だがクラムよ、こんな場所を誰かに見つかりでもすれば」
「大丈夫だよ、村長たちは盗賊団を探してるんだ、人が一人倒れていたから介護した、そういえばこの人が疑われることもない」
「そ、それでも危ない連中かもしれないだろ、目を覚ました途端に暴れだすかもしれない、もしくはこれ自体が作戦かもしれない、気絶しているふりで、中に入ろうとしているのかもしれない」
アストルの言うことにも一理あるとクラムは考えていた。
それでもこの人にはいろいろと聞いてみたいこともたくさんある。
それにクラムには、この腕の中の人物が悪者だとは思えなかった。
村長に話をしたのは自分でもあったが、彼らから悪意のようなものは感じていなかったからだった。
「大丈夫だよ、それにこの人たち、正直悪い人たちには見えなかったんだ。彼らが自分を追いかけてくるとき、捕まえろって言った、殺せとか、口封じとかそういう言葉じゃなかった」
「だ、だが……ええい、もういい、お前が正しいと思うならそうすればいいんだ、私はついていくことしかできない」
アストルはクラムのことがだんだんとわかってきた、優しく、困っている人を見ると放っておけなくて、そして何よりも強情なのだと。
一度決めたことを曲げることがないと、その心にアストルはとうとう折れていた。
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