そうしてクラムは生まれた家に戻る
村にたどり着くころには、クラムは体の疲れを一切感じなくなっていることに気づいた。
いくら軽いといっても人一人分くらいにはなりそうなアストルを抱えての全力疾走、それでもいままでのクラムなら息が切れるくらいはしていた。
自分の体が明らかに強くなっていることにクラムは気づいていたが、強くなりすぎているのを自覚すると、それがまるで自分のものじゃないかのようで少し怖くもあった。
「まだ、来てないのか」
村の様子は何も変わっていなかった、見渡してみればいつものように畑仕事に精を出す人もいる。
どうやら間に合ったようだと少し安心したが、いつ襲ってくるかもわからない脅威でもある、そんな事情を説明しなければと村長のもとへと向かった。
「おお、クラム無事だったか」
村長はクラムの家の前で待っていた。
クラムが気絶をした時に介護してくれたのも村長で、妹と二人で暮らしをしていた時からよく目をかけてもらっていた村長は、クラムの姿を見るとたいそうほっとした様子で寄ってきた。
「まだそんな体で飛び出したものだから、心配したんだぞ、さあ、まずは休むんだ、体が痛むだろう、おや」
クラムはそう言われて初めて、痛みをあまり感じないようになっていたことに気づいた。
見える部分にあった青あざは薄くなり、場所によってはすでに見えないくらいになっている。
「もう体のほうは大丈夫なのか」
「大丈夫ですよ、まあ若いので、このくらいの傷すぐ治っちゃうんですよ」
軽く言って見せたが異常なことには変わりなかった。
だからと言って竜と契約をしたなんて与太話を信じてもらえるとも思っていない。
それにアストルは竜の存在は秘密にされているといっていた。
あまり知られてはいけないことなのだと察したクラムは、それとなくごまかすことにした。
「そ、そうか、いや、平気ならいいんだ」
「村長、そんなことより耳に入れたい話があります」
クラムの真剣な様子に気づいたのか、村長の温和な様子は隠れ、村の長としての顔が出てきた。
それからクラムはアストルの山に入るまでの話をすべて話した。
妹をさらった連中は見つからなかったこと、そして道の途中で物騒な連中に遭遇し、彼らに追われることになったこと。
そして彼らは盗賊団か何かで、この村を襲おうとしている可能性があるのではないかという仮説も話した。
「ひょっとするとそれは、ネクロムかもしれないな、クラムも名前は聞いたことがあるだろう」
村長に言われて、クラムには一つだけ思い当たる節があった。
いつもはあまり気に掛けないが、何度も目に入るものだったからでこそ、ある程度のことを覚えていた。
「はい、街の張り紙の中にあった名前だと思います、お尋ね者として」
「そのネクロムだ、私も実際に見たことはないが、聞いた話だとネクロムは集団で動く盗賊団だという話を聞いたことがある、そして普通の盗賊と違って、練度が非常に高いときく、だから捕まらないのだとも。追われている罪状は国家反逆だったか。王族に害をなす存在として広まっていたはずだ」
出てきた名前は大物であった、懸賞金もかけられた盗賊団であり、クラムもその張り紙を目にすることはあったが、現実味がないと頭からすぐ消すくらい、そのくらいの大物だった。
クラムの村は小さい、村人も村人同士が顔と名前を覚えられるほどの規模であり、何か特別なものがある村だというわけでもない。
村は平和そのもので、警護はおろか、村を守る囲いといったものさえない。
そんな連中と遭遇してはひとたまりもないということくらい、クラムにも分かる。
「だが、そうだな、備えはあったほうがいいかもしれない」
「俺も、しばらく村にとどまって警護します」
「おいクラム、お前それでは妹を探しにいけないのではないのか」
それまで空気になるよう徹していたのか、存在感を出していなかったアストルがそういった。
「ところでクラム、この子は誰なんだ」
村長がアストルを気にしない理由は当然なかった。
妹を探しに出ていった知り合いが、見知らぬ女の子と一緒に帰ってきたのだ、聞かない理由がないことはクラムにも分かる。
だが緊急事態で、クラムの頭からはその言い訳を考える余裕が消えていた。
「あー、それは、その」
「私はクラムの彼女で、アストルという。近くの村に住んでいて、クラムとは仲良くしていた。クラムから妹さんが攫われたのだと聞いて、すぐに付いてきたんだ」
「そ、そうだったか。まあクラムも年ごろの男だし彼女くらい、あれ、でもこの近くに村なんて」
「そんなわけでクラム、君は少しの間この村にとどまるということでいいのだな」
アストルは村長を遮り、余計なことを考えさせまいと口をはさんだ。
「ああ、安全なことがわかればすぐにでもこの村は出ていく」
「クラム、やはりお前この村を出ていくのか」
「はい村長、おれはやっぱりアイリスを無視していけません」
「まあ、それでこそクラムだよな。わかった、私も村の者たちに声をかけて、ネクロムに対する備えをしておこう」
「ありがとうございます、でも、ひょっとしたら思い過ごしかもしれません。もしかしたら自分が遭遇したのは別のやつらなのかもしれない」
「その時はその時さ、何も起こらないのが一番じゃないか。こんなのどかな村に争いなど、ないほうがいいに決まっている。そう思うだろ」
「それも、そうですね」
そうしてクラムとアストルはしばらくの間村にとどまることとなった。
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