第49話 群雄伝12 大介対策

第四部の七月ごろの話を読んでからお読みください。


×××


 プロ入り初年度、ドラフト二位で巨神タイタンズに入団した岩崎は、まずこの伝統ある球団の規模と伝統にびびりはしたが、圧倒されながらも自分を貫くことには慣れている。

 同じく一位で入団した井口とは面識もあり、神奈川県の川崎にあるタイタンズ寮では、どちらかの部屋に行くことが多い。

 新人キャンプではそれ以外にも同期入団と顔を合わせたのだが、この年の巨神は高卒をドラフトで取ったのは、岩崎と井口だけであった。

 あとは全て育成枠だ。

 タイタンズはFAや外国人などで戦力を補強することが多く、ドラフト上位でもそう簡単に試合に出られるわけではない。

 ただ自球団の生え抜きを育てることにも拘りがあり、三年ほどをかけてじっくり戦力にしていこうという方針である。


 二月からは球団のキャンプが始まるが、岩崎は打たれまくった。

 井口は空振りばかりで、特にプロの変化球には翻弄された。

「やっぱプロってすげえな」

「ピッチャーが全員、高校ではエース級で当たり前なんだもんな」

 高校野球の上澄みに、大学野球の上澄み、そして社会人の頂点と、海外の戦力。

 それが集まった中では現在の二人の実力は、まだ成長途上である。それに外国人戦力は、まだ来日前なのだ。


 正直なところ岩崎は、入団するまではかなり迷ったのだ。

 自分の力がプロで通用するのか、自信が持てなかった。

 プロ志望届を出した後も、念のために進学の準備はしていた。

 関東圏の球団でなかったら、大学という選択肢も自分で考えた。


 だが全てが自分の思ったとおりに、希望通り過ぎる選択となった。

 大学という逃げ道が、全くない状況になったのである。




 そんな二人も、キャンプが本格的に始まって、オープン戦で試合が行われる頃になると、プロの空気にも慣れてくる。

 岩崎の場合、ペース配分を考えずに最初から全力で投げれば、クリーンナップ以外はそれなりに抑えられるのが分かった。

 ただ岩崎の場合は一軍帯同と言っても、バッティングピッチャーの役割をある程度期待されていたりする。

 井口は何度か試合の中でチャンスをもらったが、それでも開幕一軍の目はなさそうだ。


 ドラフト下位指名の大卒の方が、即戦力としては先に一軍に上がりそうだ。

 ポテンシャルを期待して獲得されたのだろうが、二軍の選手の中でも、タイタンズの層は厚い。


 選手への待遇なども良いタイタンズであるのだが、その中でのポジション争いは激しい。

 はっきり言ってしまうと、まだピッチャーなどは枚数が必要なだけ、一軍にいられる可能性は高いのだ。

 もっともローテーションピッチャーかクローザー以外は、扱いが悪くなるのが中継ぎである。


 こんな層の中で、争うのは厳しいと岩崎が思うのは、二軍の中に本多がいるからだ。

 本多勝。帝都一の元四番でピッチャー。

 帝都一ほどの強豪校であると、ピッチャーが打力にも優れていても、エースと四番を任されることなどは少ない。

 それが任されていたのだから、同世代の中でも最高レベルの素質だったと言えよう。

 高卒とは言えそれなりの成果は期待され、一年目から一軍で投げることも多かった。

 しかし成績は上下幅が大きく、二軍にすぐに戻ってきては、二軍で無双してまた一軍へ上がったり。


 そんな本多が、二軍スタートなのである。

 確かに高卒150km右腕などと言われても、パッとせずに消えていくドラフト一位などはいる。

 しかし本多はメンタル的な強さも含めて、トップレベルの才能だと言われていたのだ。


 プロの世界は甘くない。

 だがその甘くないプロの世界で、オープン戦の後半から、大介が打ち出した。

 ホームランをぽこぽこ打って、開幕から一軍のスタメン。しかも高校時代と同じ三番である。


 いくらなんでも甘くはないぞと思った岩崎であるが、大介を甘く見ていたのは彼の方であった。

 タイタンズの絶対エース加納をボコボコにし、立ち直るまでにはかなりの時間が必要となった。

 ライガースの大躍進は、間違いなく大介の力によった。

 タイタンズは相性が悪く、そして他のチームとの成績も上手く伸びず、補強や外国人の故障などによる戦線離脱で、三位を広島と争うことになったのである。




 井口は七月からは一軍へ行き、代打から外野の七番あたりで使われることが多くなった。

 打率もホームランもそれほどではなかったが、とにかく選球眼をよくして、出塁率は高くなったのだ。

 本多はまた一軍と二軍を行き来して、勝ち星も負け星も上げて、ホールドポイントなども上げた。


 そんな本多と岩崎が、本拠地ドームに呼ばれたのである。

 なぜこの二人で、とお互いに顔を見合わせる。

 簡単と言えば簡単なことで、交流戦を終えてからも全く勢いの衰えないライガース、その中で怪物的な数字を叩き出している大介の、弱点を見抜くために呼ばれたのである。


 本多は高校時代は、意外と大介との対決は多くない。

 ただ練習試合と、ワールドカップでのチームメイトとの経験で、何かをつかんでいないかと思ったのだ。

「本格派よりは、技巧派か軟投派の方が打ちにくいみたいでしたね。特に技巧派」

 台湾戦を思い出すと、本多は大介でも打ちにくいピッチャーはいるのだな、と思ったものだ。


 そして岩崎は、もっとはっきりと言えた。

「真田を取ったらいいですよ」

 場外ホームランを打たれた相手という印象が強いが、通算成績で見てみると、あれだけ大介とちゃんと勝負して、それなりに打たれなかったのは真田だけである。


 大阪光陰の真田は、特にこの時点ではやはり既に評価は高かった。

 首脳陣としては、スライドする変化球を持つ、左のピッチャーに期待することになる。

 ただドラフトの指名については、首脳陣とフロントが、考えが同じであるとは限らない。

 特に今はフロントも首脳陣も、キャッチャーが必要ということで一致しているのだ。




 キャッチャーというポジションは、高校野球までと違い、プロではピッチャーよりも大切なポジションとなる。

 なぜならプロのピッチャーは、ローテーションで回すために、エース以外にも中継ぎやクローザーがいるからだ。

 それに対してキャッチャーは、かなり特殊な相性がない限り、一人で回していく。

 専門性が高いため、他のポジションへコンバートすることはあっても、他のコンポジションからコンバートされることはまずない。


 タイタンズはキャッチャーの年齢による劣化があり、ここをFAやトレードなどで強化しようとしても、FAは成立せず、トレードで獲得した者もいまいち伸びない。

 なのでリードと肩に定評のある大卒キャッチャーを、一本釣りで狙いにいくのだ。

 岩崎としては、それならば他には何も言えない。

 そもそもタイタンズの投手であっても、左の荒川などはかなり抑えているのだ。


 やはり左か、というのが首脳陣の結論である。

 今更かよ、というのが呼び出された岩崎の感想である。


 大介を抑えられるピッチャー、高校時代に抑えたピッチャーは、公式戦においては真田と坂本が挙げられる。

 あとは、直史が本気になれば、大介もかなりの確率で抑えられると思うのだ。

 上杉のようなピッチャーは、そうそう出てくるものではない。

「大介用の左のワンポイント、どっかから獲ってきたらいいと思うんすけどねえ」

「単に左ってだけじゃダメなんだよな?」

「左ってだけで封じられるなら、楽なもんですよ。荒川さんがかなり通用してるんだから、それを考えればいいのに」

「でも荒川さん、関東から出ないからなあ」

 荒川の特殊な事情については、二人も既に知っている。


 ただ、岩崎はやはり、真田を取るべきだと思うのだ。

 高校時代にはさんざん凄いエースを見てきたが、真田は本多と同じく、五本の指に入る。

 そう思うとこの人が、いまいちブレイクしきれないのも謎なのだが。


 ともあれ、自分がすべきは、一軍への定着である。

 リリーフとしてでもいいから出場し、とにかく一勝したい。

 早く稼げるようになって、一軍に固定し、寮も出てしまいたいのだ。




 そんなことを思っているのは、岩崎だけではなく本多も同じである。

 なおこの年、二人がブレイクして一軍に定着することはなかった。

 しかし翌年、多くの球団で新陳代謝が加速し、若手の起用が多くなっていく。

 そしてそれは、タイタンズでも同じことが言えるのである。

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