第48話 群雄伝11・卒業した選手たち
3.5の12話を読み終えた後にお読みください。
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プロ就職組に対して、大学進学組はまた違う苦労があった。
大学ではなくプロに入った選手によっては、それが嫌だからプロに来たのだ、という者もいる。
高校では大スターであっても、大学では一年生。
もちろんプロでもプロ一年目という事実はあるのだが、プロはそれで飯を食っている。だからプロなのだ。
野球の技術の向上と、チーム全体の成績、あとはファンサービスだけをやっていればいい。チーム全体のことは、選手ではなく首脳陣が実際なのだが。
それに比べると大学野球は陰湿である場合が多い。
特に下手な伝統などがあると、それはもうめんどくさいことになる。
上級生と下級生の関係が絶対で、野球とは関係のないところまで、まるで家来扱いをしたりする。
「六大なんかよく聞くけどな」
「うちはそうでもないけどな。むしろ東亜大とかの方が無茶苦茶だって聞くぞ。あと早稲谷は?」
そう言って西郷の方を見るわけであるが、身長190cmオーバーで体重も100kgオーバーのこの男を、下級生という理由で軽く扱える人間がいるだろうか。
高校時代にはほぼ一年の対外試合禁止期間があったにもかかわらず、70本以上のホームランを打ったのだ。
「俺いにはなかが」
やはり一年の春から圧倒的な実力でスタメンに入っている西郷はともかく、他の一年は色々とやらされているらしい。
もっともこんなことをやっていたら、野球を続けていこうという者など、どんどん減っていくだろう。
後にプロで三度も三冠王を取る選手も、高校大学とそういった理不尽さが嫌で、退部と復帰を繰り返したり、大学まで辞めてしまったりしていたのだ。
おそらくこの理不尽さを、どうにか正当化したいひねくれた人間がいるのだろう。
それで精神力が磨かれるとでも思っているのかもしれないが、それと同じぐらいには嫌気がさして、野球を離れていく人間もいるはずだ。
そして今ではそれで残った人間ばかりがいるから、野球の環境は改善しないのだろう。
高校野球の現場でも、はるかに理不尽なことは減ったはずだが、大学ではむしろそういった改革が遅れていたりするのかもしれない。
いや、大学ともなればその卒業生も大量にいるだろうし、既に高校とは違って篩にかけられているから、理不尽さは残したい人間が多いのだろう。
あの大学の野球部出身なら、精神的に強いはずだと思われて、営業に回される人間は多かったりする。
上司からの理不尽な命令でも、それに慣れていれば耐えられるということか。
「そがんことやっても、野球部以外には通じん」
過酷なトレーニングで有名な桜島実業出身の西郷がそう言うのは、はっきり言って意外であった。
「あれは薩摩ん兵児が耐えられるが、そがんこと全員に求めるんは間違っとう」
つまり鹿児島の中でも、薩摩で鍛えられたからこそ大丈夫なわけで、他の者では無理ということだ。
「そもそも買い物ぐらい、ええ男子が自分で出来んはずもなか」
どうやら自分に厳しく出来ない人間が、他人に厳しくするのには反対らしい。
精神修養や人格形成は、大学教育の中でも、わざわざ野球部でするようなことではない。
西郷の主張としてはそういうものであるらしい。
そもそも薩摩人は子供の頃からそうやって鍛えられ、わざわざ大学に入ってまでそれをやらせるのは、子供の遊びに見えるそうな。
「佐藤が来年入るらしいけど、どうなるんだろうな」
それを聞くと、西郷の表情が沈痛なものになる。
西郷がプロ入りの意思を撤回し、大学に進学したのは、直史との対決を再度実現するためであった。
いざ入学してから、直史も同じ大学に入ると聞いて、愕然としたものである。
はっきり言って西郷のレベルからすると、プロに入れる人間もそれなりにいるだろうが、甲子園で単に出場しただけのレベルの選手が混じっている大学のリーグは温い。
高校時代でも本多や玉縄のように、150kmを投げる人間はいたのだ。
もちろん大学でもプロ入り即戦力と言われるような選手は何人かいるが、それなら高卒でプロに入って、更なる上澄みの中で勝負をすれば良かったのだ。大学で花開いた選手もそれはそれでいるだろうが。
大学でも野球をやるというのは、あくまでもアマチュアでやるという意味のはずだ。
それなのに薩摩でもやらない腐った上級生の威張る人間関係など、西郷にとっては笑止、分かりやすい俗っぽさである。
桜島と言うより西郷の周辺は、そういった腐った連中は、上級生になる前に消えている。
本当に耐えたからこそ得られる強さを、下級生にも伝えるのだ。
ワールドカップで共に戦った仲間であるだけに、このメンバーは直史のことを良く知っている。
それに加えて樋口も同じ大学に来るのだという。
「あいつらが普通に大学でやるわけねえ……」
初柴の言葉に全員が同意する。
佐藤直史はゴーイングマイウェイの人物である。
ワールドカップの舞台にも勉強道具を持ってきて、将来の資格試験に向けた勉強をしていた。
春の合宿には不参加であったから、普段はどうだったのかは分からないが、とにかく野球の技術向上と関係のないことはやらない人間だった。
関東大会や甲子園でメタメタにやられたメンバーがほとんどだったこともあるが、どこか直史には皆遠慮していた。
だがとりあえず、監督やコーチ陣に対して、全く遠慮しない人間だったのは確かだ。
単純に白富東のコーチ陣が、既にMLB流のやり方でやっていたので、他のやり方をしなかっただけとも言える。
だが直史に樋口が混ざると危険だ。
樋口は一年の時に、あの上杉勝也と対等のバッテリーを組み、試合の中において配球で喧嘩していたのだ。
上杉である。
いまやプロの世界でもスーパースター。日本の至宝と言われる上杉。確かに入学の折には上杉自らが勧誘したとは聞くが、それでもだ。
そんなに気が強く、合理的で、そして別に野球に人生を賭けるつもりもない樋口が、直史とバッテリーを組むのだ。
大学としては黄金バッテリーになるかもしれないが、チームが崩壊する可能性はある。
「まあ俺いの一個上の北村さあが、佐藤の高校の先輩じゃあ言うから、そこはなんとかなるかもしらんが」
へえ、と周囲が新情報に軽く驚いた。
現在の早稲谷大学は、六大学リーグの中では弱くはないが、確実に勝てるほど強くもない。
ドベに東大がいるのでドベには絶対にならないが、最近では一番帝都大学が成績はいいだろう。
この中では堀が帝都の一年で、秋からは既にレギュラーに定着していた。
「酒井もそのまま上に来てくれてたら良かったのに」
「まあ俺は六大よりも入れ替え戦のあるチームで戦いたかったからな」
酒井は帝都一で野球推薦で上に行ける成績を持っていながら、外部受験をした変わり者だ。
「東名大強いからな。来年はどうなることやら」
「つーか佐藤をちゃんと使いこなせる監督、大学にいるんか?」
このあたり一個上の人間たちは、直史の性格をそれなりに把握している。
佐藤直史は、別に極めつけの問題児というわけではない。
むしろ自分に厳しく他人には優しいと言うか、無関心なタイプだ。
だがいわゆる野球強豪校によくいるタイプの人間ではない。
大阪光陰なども、木下監督はかなりいい監督だとは分かっているし、帝都一の松平監督も名将で、名指導者だ。
早稲谷の辺見監督はどうだろうか? 監督が良くても、早稲谷はOB陣などが一番うるさい大学とも聞く。
どの道他のチームだから、とは西郷は言えないのだ。
「まあ今ん二年と一年には、確かに問題の多か人間がごたる」
西郷の頭に浮かぶのは、ドラフト候補とは言われながらも、色々と問題の多い先輩と同級生だ。
野球ばかりしてきたおかげで、その野球の世界の中なら、歪な上下関係が成立してしまう。
はっきり言って粘着質で、西郷の気に食わない。
やはり西郷は高校から直接に、プロに行くべきタイプではあったのだ。
まあこんな愚痴ばかりを口にするわけではない。
大学生にもなれば高校までと違い、それなりに生活の範囲が広くなる。
大学でも野球中心で物事が回ることはあるが、どこか甲子園だけを目指していた高校時代と比べると、温い。
おそらくリーグ戦が年に二度もあり、トーナメント敗退はないからだろう。
特に六大学などでは東大という、野球の実力ではプロの中に高校チームが混じっているような、別格の弱さのチームが存在する。
そして野球の話でも、同じチームで同じポジションを争うチームメイトよりは、実はぶっちゃけた話が出来たりする。
プロ野球選手は、とにかく試合に出なければ給料が上がらない。
試合に出るために重要なのは、ピッチャー以外は特に打てるかどうかだ。
そのポジションでやや下手であったとしても、バッティングが良ければコンバートされる。
それにプロならベンチ入りメンバーが多くて厚いため、代打を使うことは多い。
ただ高校時代はピッチャーで中軸を打っていた人間は、やはりプロにおけるピッチャーの扱いには戸惑う。
当たり前ではあるが、ピッチャーは投げるのが仕事であり、特にパ・リーグではDH制で打つことは全く求められない。
本多などは気晴らしにバッティング練習をすると、ぽこぽこ柵越えがあるので、本職の野手に呆れられたりもする。
「そういや上杉さん、今年もホームラン打ってたよな」
「あの人、肩を故障とかしても、バッター転向でやっていけそうだよな」
上杉は高校入学以来どころかシニア時代でも、怪我知らずの選手である。
そして当然のごとく四番でエースだったのだ。最後の夏に四番を一年生に譲ったのは、かなり驚きであった。
本多の制球問題については、深刻に考えてくれたりもする。
「そういや年明けって自主トレとかどうなってるんだ?」
「先輩らは最初の一年が終わったんだから、とりあえず休めって言うけどな」
「あ~、それって罠らしいぞ。ぶっちゃけ一ヶ月も休んでたら、体が鈍るだろ」
「やっぱりか」
「うちは一緒にやらないかってベテランの人に誘われる」
「ベテランの人ってか、絶対にスタメン外されない人だな」
「チーム力を高めたいんだろうな」
なお実城と玉縄は、母校である神奈川湘南のグラウンドの片隅を借りて調整するそうだ。
そもそも高校時代でさえあれだけ練習していたのに、それよりもレベルの高いプロの世界で、長い休みを入れたら下手になるに決まっている。
大学の方は元旦以外は、すぐに練習というチームもあったりする。
より競争が激しく、これで飯を食っていかないといけないプロの人間が、二ヶ月も休んでいたりするわけがない。
本気で休んでしまって下手になる者もいるのかもしれないが。
ただプロに進んだ者が思うのは、練習は思ったよりも楽だ、ということである。
正確には合同練習が楽なのであり、球団によっては練習量が全く違うし、自主練の量も全く違う。
自己責任。プロの選手はそれで飯を食っていくのだから、高校や大学のように、強制されてやる練習に慣れている人間は、落ちこぼれていく。
「平ちゃん、俺らも松平監督のとこ行ってみるか?」
「俺は先輩に誘われてるからそっち行く。ちょっとでも一軍で試合に出たお前とは違うし」
「俺の制球、どうなってんだろな」
「それこそ高校時代の映像とか借りて比べてみればいいんじゃないか?」
プロにドラ一で進んでも、高校時代の恩師には頭が上がらない。
もっとも本多などは、高校時代から監督のことを親分扱いしていたのだが。
高校のことを言うと、今年の高校野球について話し合うことがある。
白富東がようやく負けた。
投打の要に頭脳であるキャッチャーまでいなくなって、ようやく神宮の決勝で負けたのだ。
「佐藤の次男がえげつないけどな」
「左で二年の秋に156kmって、何考えてんだって話だよな」
元大阪光陰組としては、やはりあれを止めたのは真田であったか、という感じはする。
世界シニア選手権の優勝投手で、玉縄と実城は最後の甲子園を、真田に封じられて終えたのだ。
来年はまたワールドカップが行われるが、サウスポーの強力なピッチャーが二人いれば、また優勝出来る可能性は高い。
「ただ佐藤の次男は、完璧に先発完投型だろ」
「決勝戦、普通なら勝ってる内容だもんな」
西郷も三年の最後の夏に、武史とは勝負した。
ホームランも打ったが、三振で抑えられもした。
なんというか本気とそれ以外で、全く性能の変わるピッチャーであった。
同じ県なのである程度詳しく知っている吉村は、武史はむしろ高校野球ではなく、プロで通用するタイプのピッチャーだと思う。それもローテーションを任せられるような。
ダメな時はあっさりとダメであるが、良いときは相手を完全に封じ、そして長いイニングを投げられる。
平均して毎年15勝ぐらいを投げられそうな、計算出来るエースだ。
上にいるのは化物揃いのプロであり、下からもどんどん化け物が上がってくる。
プロの世界は輝かしく見えるのかもしれないが、中に入った実態は、生き抜くのも必死な競争社会。
分かっていたつもりでも、実際にその一員となれば別である。
もっともプロの球団も鬼ではない。戦力外通知を受けた選手の中でも何人かは、球団職員として第二の人生を送っていたりする。
ただ、もちろん目指すのは、人生を野球で食べていくこと。
プロになるのはアガリではなく、そこがスタートなのだ。
大学生たちがいかに理不尽な上下関係に悩まされていようと、少し羨ましくなるプロ組であった。
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